原左都子エッセイ集

時事等の社会問題から何気ない日常の出来事まで幅広くテーマを取り上げ、自己のオピニオンを綴り公開します。

菅さん、四国の住民には人権がないとでもお考えですか?

2011年02月01日 | 時事論評
 今現在(2月1日)NHKテレビにて放映されている通常国会中継を、集中しつつ見聞している原左都子である。
 
 午後からは自民党議員であられる野田毅氏、塩崎氏、そして今現在は甘利明氏が短い持ち時間の中で、その専門性に基づいた内容の濃い質疑を展開している最中である。

 この質疑答弁を見聞していて、経済財政面においては自民党議員の三者に軍配を挙げたい思いである。
 後日「原左都子エッセイ集」においてその詳細を述べたいと思っている。


 本日は時間がとれないため、今回表題に掲げたテーマについてにのみ手短に語ることにしよう。

 菅総理は野田毅氏が掲げた建設国債に関する答弁において、本日午後2時前に「四国に架けた3ルートの橋は無駄だった」と明確に言い切った。
 原左都子とて、もちろん同様に考察している。 本四架橋は経済効果をもたらさなかったという意味では確かに無駄であったということは、その地の出身者としても菅総理に今さらながら指摘されなくとも重々認識している。


 そして、さらに菅総理は自民党甘利氏の質疑に応えて再び以下の発言をしたのだ。
 前総理である鳩山氏が“内需”こそが成長戦略としたことを取り上げて、内需拡大よりも外需こそが経済成長戦略として有効ではないかと迫った甘利氏に対し、菅総理は以下のように答弁したのだ。

 介護分野の労働力需要にお金をつぎ込むことは、四国から本土へ橋を3本繋げたことよりも有意義である、と。
 それも分かるよ、菅さん。 その通りかもしれないと原左都子も思うよ。


 だが、菅さん、国会中継とは全国の国民がテレビ放映により視聴していることも一国の総理として視野に入れてはどうなのかと原左都子は言いたくもなるのだ。
 まさに“言葉のあや”の問題の範囲内ではあろう。

 その上で、四国とて日本の一部なのである。


 そんな日本における“過疎地”の四国に生まれた私は、高校生の時に母の仕事の関係で「鳴門大橋架けよう連」という阿波踊りの連で、本四架橋の実現を祈ろうとの“阿波踊り”に参加したのだ。
 当時まだ十代だった私は、島国である地元の住民が切望する連絡橋の建設により本州と“陸続き”になる感激や、今後の地元の経済発展に思いを巡らせたものである。

 その思いが浅はかだったことには、もちろん原左都子とてその後直ぐに気付いたものでもある。
 国政の失策により“無駄”な橋を過疎地の四国に架けた“過ち”など、その当時から当然ながら理解できているのだ。


 それでも、菅総理に言いたいことがある。
 何故に国会答弁において、幾度も幾度も“無駄”な「本四架橋」建設という国の過ちを口に出すのか??。
 その総理の発言によって、傷付く地元住民に思いが馳せられないのであろうか?
 過疎地の島国を結ぶ3ルートの橋が架かったことにより、やっと本土と繋がったことを喜ぶ四国の住民の純粋かつ単純な思いが少しでも理解できているならば、過去における“建設国債”の失策に答弁が及ぶ時にも、もう少し四国住民の心情を察して言葉を選んでもらえたならば、原左都子も受容できるというものであるのに…。


 後日、本日(2月1日)の通常国会答弁に関する私論の続報を「原左都子エッセイ集」にて綴る予定でおります。
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