原左都子エッセイ集

時事等の社会問題から何気ない日常の出来事まで幅広くテーマを取り上げ、自己のオピニオンを綴り公開します。

男性の皆さん、チョコもらえましたか?

2011年02月14日 | 人間関係
 我が家は COOP(生協)の宅配便を利用しているのだが、 毎週月曜がその配達日である。
 先程その宅配が届いたのであるが、我が家担当の“生協のおにいさん”(我が家ではこう呼ばせていただいています)の帰り際の表情やしぐさに、“そこはかとない名残惜しさ” のような空気が漂っている気配を私は感じた。
 (何か伝え忘れただろうか? あるいは…) と考えて、私ははたと気付いたのである!
 今日は“バレンタインデー”ではないか!  と!

 何年か前の「原左都子エッセイ集」において、バレンタインデー関連の記事を綴った事がある。 (今となってはいつ公開したのか、またその記事の題名すら忘却していて自分でもバックナンバーが探し出せないのだが…)
 その記事においてもおそらく記述したと思うのだが、原左都子は中高生頃の未熟な時期を除いて、日本の商業主義に操られて世間が騒ぐ“バレンタインデー”の軽薄かつ歪んだ慣習を肯定的に捉えていない。
 ただそんな私も、これにかこつけて日頃お世話になっている男性達に“ちょこ”っとチョコなど手渡してもいいのか、程度の範囲内でこの歪んだ慣習を利用しようと狙っているのだ。
 そういう意味では、もう3年来毎週お世話になっている 真面目で実直な“生協のおにいさん”にチョコのひとつでも手渡すべきだったと反省しきりの今現在なのである。

 昔組織に所属していた時期には、当然ながら周囲の女性達も水面下で誰にチョコを配るかと大騒ぎしていることであるし、私もそれに便乗して“義理チョコ”を配った事もある。
 その最たるものが「原左都子エッセイ集」上記のバックナンバーで綴った、今尚忘れもしない職場の男性から“強制された”30個を超える義理チョコであったのだ! 職場の男性陣が30人以上であるのに対して女性はたったの2人…。 この義理チョコを購入するための費用がアルバイトの身分にして莫大だったのに辟易としつつも義理チョコを配ったら これがな・な・なんと 「海老で鯛を釣った!」 結果となったことをバックナンバーで披露している。 (1ヶ月後の3月14日のホワイトデーに届いた“お返し”たるや、“交際申し込み”も含めて絢爛豪華だったことに関しては「原左都子エッセイ集」のバレンタインデー関連のバックナンバーを探されてご参照下さいますように。)


 原左都子が、日本においては単に商業主義論理で根付いている2月14日の“バレンタインデー”を肯定的には捉えていないとは言えども、年頃の娘を抱える母の身として毎年これに係わらざるを得ないのである。
 我が娘も母である私の影響を受けつつ育っていることもあり、商業主義に流されてチョコを配ることに関して抵抗感があるようだ。 それ故に毎年私に相談に来るのである。 「学校の先生達に配るべきか?」どうかと……

 娘の説明によると、娘が中学から通っている中高私立女子校ではバレンタインデーに生徒が教員にチョコを配ることを容認しているとのことである。 それ故に大抵の女子生徒は担任はもちろんのこと、校長、教頭も含めた男性教員にチョコを配る風景が毎年職員室内で華やかに展開されるとのことである。  特に校長のホワイトデーの生徒へのお返しが、なんと! ブランド品だと言うではないか!!?  
 この一私学の教育現場で繰り広げられているバレンタインデーの実態を一保護者として如何に捉えるべきかと、  う~~ん  と首を傾げつつも、娘には「自分の好きにすればいい」との指導しか出来ない原左都子である。 (冗談で「校長にチョコを渡して、あなたもブランド品のお返しを貰ったら??」とアドバイスした私であるが、一瞬にして娘に蔑まれてしまった…)
 結局、今年もどなたの先生にもチョコを配らない選択決断をした我が娘は、校長をはじめとする男性教員から邪険に扱われ学校で居心地が悪い思いを強いられるのであろうか??  と、余計な心配を余儀なくされる原左都子であるのが実情だ…
 (だって、人間っていくら理想論を掲げたところで所詮単純な生き物であることが否めないでしょ!?!)


 このバレンタインデーという日本特有の“歪んだ”習慣に、毎年胃を痛めている男性陣も日本国内に多いことであろう。
 たかが取るに足りない慣習とは思ってみても、学校で、職場で、あるいは家庭で一個のチョコも届かない男性の“寂しさ”や“疎外感”を察して余りある原左都子なのである。

 日本におけるバレンタインデーは、戦後の高度経済成長期に日本のお菓子業界が売り上げ増を目指して始めたことには間違いないのであろうが、これは今となっては 「いじめ」 のニュアンスも感じられる程に男性達にとって過酷な試練と私は受け止めるのだ。 “ホワイトデー”という男性からのお返し慣習も後にお菓子業界は根付かせたようだが、これは女性陣が先行して男性にチョコを配るバレンタインデーとはその質をまったく異にする“お返し儀礼”でしかない。
 バレンタインデーと同様の慣習がたとえ商業主義とはいえ女性対象として根付かないのは、これはある意味では“男尊女卑思想”に基づいているのではないかと考察する私である。 女だって特定日に男から届く贈り物の数によって、その“人気度合い”を測られてもいいはずである。

 結局、商業主義とは言えどもその種の記念日を女性対象に設けようとしない日本商業界の趣旨とは、まだ女性が“競争”という過酷な世界に慣れていないことへの配慮であると、好意的に解釈しておくことにしよう。


 それにしても、男性の皆さん、どうでしょう?
 もしかして、一つもチョコが届かなかった男性は世間から見放された感覚ですか?
 あるいは本日女性からチョコをもらった男性にとって、そのチョコは本当に美味しいのでしょうか?

 如何なる方面から考察しても日本の商業主義に基づく“バレンタインデー”とは、(貰う側においては他人事と言える)女性である原左都子にとっても、至って後味が悪いだけの悪習の感覚しかないのだが…… 
          
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子が親を捨てる決断をする時

2011年02月12日 | 人間関係
 「原左都子エッセイ集」バックナンバーにおいて、私は「家を出て、親を捨てよう」と題するエッセイを綴り公開している。(2010年3月のバックナンバーをご参照下さい。)

 この記事は、まだ未成年者である女子高校生が大学の学科学部選択に際し親から自分勝手な希望を押付けられた新聞相談を読み、私自身も親から同様の身勝手な希望を強要された過去を振り返って、私なりの結論として「家を出て、親を捨てよう」とのテーマで私論を展開したものである。

 少しその内容を振り返ることにしよう。(以下、「原左都子エッセイ集」バックナンバーより要約引用。) 
 さて、当時の我が親の思いが現在の私の生き様に如何なる影響力を及ぼしているのかについて、少し考察してみよう。
 結局、その後大人になった私は親の希望通り専門性の高い職業分野の国家資格を取得した後に上京して自立し、その分野で活躍することとなる。 ある程度の経済力も身に付け(親の希望通り一人で生き抜く覚悟と共に)長~~い独身貴族を堪能してきたとも言える。
 今は親となっている私であるが、上記のごとく我が親の勝手な思い込みに高校生時代を翻弄された我が身の反省から、我が子には自分の夢を叶える事を最優先するべく進路指導をしている。
 相談女子高生の場合大学進学まで後1年間の猶予がある間に、親と十分に話し合う機会を持ってはどうか。 それにより、既に具体的な進路を見定めている女子高生の未来に関する親子での合意が整うことを私は期待したい。 それでも尚この期に及んで娘の描く夢よりも保証のない「安定性」を愚かな親が優先しようとするならば、そんな時代錯誤の親はとっとと切り捨てて思い切って家を出よう。
 親とは実に勝手な生き物で、その分野で近い将来頭角を現し始めるあなたを見たならば、遅ればせながらあなたの背中を押し始めるかもしれないよ。 それが証拠に我が愚かな親など、自分自身が定年まで歩んだ公務員という道のひと昔前の時代の「安定性」にどっぷりと浸ったが故に、娘にまで無責任にその道を強要して結局は娘に愛想を尽かされる結果となったのだ。 そのくせ、そんな親に反発して郷里を出て上京以来大人に成長して自分が信じる道を自らの専門力により培い、経済力というバックグラウンドも伴って歩み続けている娘である私に、何十年来精神面でぞっこんおんぶし続けているのだから、親とは何とも身勝手なものよ…
 (以上、「原左都子エッセイ集」バックナンバーより要約引用)


 実はつい先だって、原左都子は郷里の母親に電話で大喧嘩を売って出たばかりである。 
 そのきっかけとは(母にとっては孫にあたる)我が娘の教育及び進路に関する感覚の行き違いであった。
 上記のごとく私の進路決定に関して身勝手な希望を押付けた親になど、一切我が娘の教育に関して口出しして欲しくない思いが強靭な私である。 (我が娘の場合、若干の事情を持って生まれてきているため、指導する側にある程度の専門性と力量がないことには太刀打ちできない要素もあるのだが。)
 それ故に娘幼少の頃より、たとえ祖母と言えども孫娘に対して“上から目線”は元より無責任な指導的発言を一切しないよう、我が母をも“指導”してきている私である。 これが功を奏して、母は孫である我が子に対しては直接無責任な発言はしないのであるが、私に対しては相変わらず好き放題自分の希望を押付けてくるのだ。

 我が母は高齢にして田舎で一人暮らしであるし、原左都子とて普段貴重な時間を割き大抵は我慢して電話での“年寄りの独りよがりのくだらない話”に耳を傾けている。
 ところが、こと娘の教育方針に関する話になると、我が高校生時代に身勝手な希望を押し付けられたことが脳裏によみがえってしまうのだ。 (あんたは高校生だった私に対して勝手な思い込みで本人が希望してもいない進路を強要したくせに!)との恨みつらみの思いが頭に渦巻いて怒り心頭なのである! この種の感情とは一生消え失せないものであることを今さらながら実感させられる思いだが…。 
 そして、ついに母に対して「しばらく電話を掛けてくるな!」との捨てゼリフを残して電話を切った私である。

 しかも我が母は定年まで公務員としてのフルタイムの仕事を全うすることを優先する人生を歩み、私(及び姉)の育児教育を祖母に任せ切りだったため、母親として日々我が子と接するという貴重な実態の重みが我が事として理解できていないのが事実である。 そんな母が年老いた今、娘である私に幾度も言う口癖がある。 
 「あんたは現在専業主婦でいい身分だね」
 この言葉の馬鹿さ加減にもうんざりの私なのだ。 (あなたが専業主婦をやりたかったならば、そうすりゃよかったんじゃないの? 結局それが嫌だったから子供をおばあちゃんに任せ切ってフルタイムの仕事に逃げてただけだろうが!) と母を捕まえて言いたい私であるが、それはもはや高齢であることを配慮して今さらやめておくのがせめてもの親孝行というものであろう… 


 ここで今回の「原左都子エッセイ集」の表題である「子が親を捨てる決断をする時」の議論に戻ろう。

 実は今回のテーマも朝日新聞「be」3週間程前の“悩みのるつぼ”を参照させていただいた。 その相談内容の詳細を記述していると今回の記事の文字数が容量オーバーになってしまいそうなので、ごく簡単に説明することにしよう。

 40代の女性相談者は幼き頃より家庭内における父親の暴力やそれをかばわなかった母親の態度に傷つきつつ成長し、今では夫と娘2人と共に仲良く暮らしている。 過去において自分に暴力を振るった父親に癌が見つかり現在闘病中だが、その父親に暴力を振るわれた自分は自ずと家族に対する愛情は薄い。 今後は親よりも自分が築き上げた今の家族や友人関係を大事にしたいが、私が今すべき事は一体何なのだろうか?

 この相談の回答者であられる経済学者の金子勝氏の回答の末尾に、原左都子も思いを同じくするのだ。 
 相談者はとりあえず親と向き合い本音を話してはどうか、と示唆する金子氏の相談回答の結論は以下の通りだ。「ふるわれた暴力の程度にもよるが、それが児童虐待に近いものだったら親子の縁を切ることも社会的に許容されるはずです。」  このご意見に大いに賛同する原左都子なのである。
 そしてさらに金子氏は付け加えている。
 「今後相談者が後悔しないためには、自分の親に感じた理不尽さの分まで自分の娘達の人格を大切にしてやればよいのです。」

 まさに子供を虐待した親が、その虐待した子に自らの病弱後や老後の介護を期待するなど、もっての他!! と憤慨する原左都子である。 
 そんな親どもが、老後の面倒を子供に見てもらえる道理など一切ないのだ!


 原左都子の個人的事情に照らした場合、過去においてこの相談者程の虐待を受けているとは判断し得ないのであるが、それでも子が親を必要とする時期の子育てを“おばあちゃん”に一任した親の責任を問うて当然とも考察可能であろう。
 しかも自分が普段放ったらかしている娘の思春期に、自分の身勝手な進路希望を娘に突きつけた責任は今さらながら多大なものがあると判断するのだ。

 さてそうすると、我が家もそろそろ「親の捨て時」か??
 などと言っている間に親とは急に他界してしまい、残された子としては後悔するばかり…とも、既に両親を失っている友から見聞しているのだが……  
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“メイドカフェ” に依存するアキバオタク族の病理

2011年02月10日 | 時事論評
 NHKも何を血迷ったのか、昨日(2月9日)の昼間の番組で秋葉原の“メイドカフェ”を取り上げていた。

 事の詳細を説明すると、NHKテレビの昼のニュースの後に 「ふるさと一番」 という 至って“地味”で視聴率が低そうな番組がある。 この番組では毎回アナウンサーがゲストを従えて全国各地を巡り、その土地固有の名所名物や特産品等々を毎回テーマを決めて生放送で紹介しているのだ。
 何故にこの“地味”で視聴率が低い番組を原左都子が見ているのかというと、それは暇だからである。  いえいえそうではなくて、 番組が取り上げる対象によっては結構面白く興味深い内容であり、生放送にして時間内によくまとまっているからだ。

 昨日の「ふるさと一番」においては、東京秋葉原を舞台に店頭でバレンタインのチョコレートの紹介等の後“メイド”として働く女性が数人登場し、そして“メイドカフェ”の店内の様子が紹介されたのである。  アナウンサーは「ふるさと一番」でおなじみのカンズイ氏(漢字が不明で申し訳ないのだが、このNHK男性アナはなかなかの度量の持ち主で原左都子の好みでもあるよ。)、そしてゲストは女優でタレントの川島なお美氏であった。 今回の番組テーマのイメージにピッタリともいえる人選のゲストである川島氏なのだが、くだらない内容であるにもかかわらず自を抑えて弱輩者の“メイド達”に誠心誠意対応しつつ、番組を盛り立てていたのがプラス面で印象的であった。


 さて、何故に“国営放送”とも言える天下のNHKが昼間のテレビ番組の中で東京秋葉原の“メイドカフェ”をピックアップして正当化したのかに関しては、原左都子とてある程度その趣旨を推し量ることが可能である。

 その一つの理由はおそらく、秋葉原に拠点をおく“AKB48”という女子アイドルグループが今や国民的人気であり、年末の「NHK紅白歌合戦」にも2年連続で出演している故であろう。
 “AKB48”グループの一員が、少し前に同じくNHK昼の番組である「スタジオパーク」にも登場し生トークを披露していた。 原左都子は荒廃しつつある今の時代の片鱗を捉える目的で一応それも見聞したのであるが、その感想とは、まあ無難線を貫いていたというだけのイメージであった。 既に24歳になるというメンバーも抱えるグループの指導者及びスタッフたる連中が、大いなる経済効果をもたらすという営利目的のみで、妙齢の娘達に稚拙な事をやらせた挙句使い捨てして許されるのかと嘆かわしい気分にさせられるばかりである。

 そしてNHKが今回の番組で秋葉原を取り上げたもう一つの理由とは、数年前の集団殺傷事件の後、重苦しい空気を背負っていた秋葉原の街に先だって歩行者天国がやっと再開したことを受けているものとも察するのだ。
 若者や外国人でまた賑わい始めた秋葉原を“国営放送”として応援しようとの趣旨もあったのであろう。
 それは認めるとしても、NHKが何故にテレビ番組で“メイドカフェ”を正当化して取り上げるまで踏み込んだのであろうか??


 原左都子の私論に移ろう。

 私は普段、秋葉原に行く用もなければ、ましてや“メイドカフェ”なるカフェでおそらく今後一生お世話になることもないであろう。

 ただ過去において一時バンケット会社派遣による“パーコン”や“ラウンジコンパニオン”の経験がある私は、庶民の女の子が“メイド”になりたい思いが少し理解できなくもない。  ところが、私が30代にして学業の合間に単なるアルバイト目的で上記のコンパニオンを志した動機と、まだ少女である彼女達が秋葉原で“メイド”をしている現状とはその趣旨が大いに異なることを実感させられるのだ。
 そもそも大変失礼ながらこれはどうしたことかと感じるのは、“メイド”である少女達が“メイド”の衣裳を身に付けているにもかかわらず、特に可愛いとか美しいとかの要素が一切なくごく普通の少女を抜け出ていないことである。
 私がバンケット会社からコンパニオンとして派遣された時代には、外見的にも内面的にもそれはそれは厳しい条件を突きつけられたものだ。 顧客の前で失礼のない身なりをするための化粧法やヘアスタイルや衣裳アクセサリー、そして礼儀やマナーはもちろんのこと、姿勢や立ち振る舞い等々に関する詳細の注文を余儀なくされたものだ。 たとえアルバイトと言えども、それらをすべてクリアして初めて顧客の前に立つことができたのである。

 それに比して秋葉原の“メイド”とは、衣裳関連の条件はあるようなものの、むしろ“素人の女の子”であることが採用条件とも考察できるところが怖いのである。 
 (これは一見して種々雑多な女の子達の集合体である“AKB48”もそのコンセプトとしては共通の条件なのであろうが…)


 それでは、今の時代は何故に“素人の女の子”が好まれるのかに関して引き続き検証する事にしよう。 
 そう言えば先だって訪れた ディズニーシー でも、どういう訳かアルバイトスタッフの女の子達がいかにも“素人”もどきで化粧もしていなければスマートな対応も心得ていなかったことに関しては、「原左都子エッセイ集」バックナンバーに於いて既述した。
 私の年代など、たとえアルバイトと言えどもプロの職業人としての厳しい条件を突きつけられたことに照らして、仕事をする人間とは職種に限らずやはり“プロ意識”を明確に持っているべき思いが強い。

 ところが、今の時代は顧客側が要求するアルバイト女性である“メイド”への意識が大幅に変遷している実態のようだ。
 昨日放映されたNHK「ふるさと一番」に話を戻すが、“メイドカフェ”に訪れている顧客とは、“メイド”と触れ合える束の間の時間を人生の真なる糧としている様子なのだ。 この“現実”を受けてゲストの川島なお美氏も「ネット上の見知らぬ人との関係よりも、現実世界で生身の人間と相対した方がいいですものね」などと苦し紛れのコメントを述べておられた。
 生放送故の川島なお美氏の咄嗟のフォローに苦笑いしつつ、“メイドカフェ”とは人間関係における実に切実な現象であることを思い知らされる。
“人間関係の希薄化現象”もここまで来てしまうと、もやはこれは一種の娯楽として済まされないのではなかろうか?

 NHKが「無縁社会」という用語を一つの番組制作において創り出し、その用語が国会答弁においても用いられるようになった現状は評価する。
 ただ、秋葉原の“メイドカフェ”がそれを救う一助になるとは原左都子は到底思えないのだ。 むしろ、あの“空虚さ”こそが今後人間関係の希薄化現象にさらに拍車をかけてしまう程の危機を内在している元凶と捉えた私は、背筋が寒い思いである。

 人間関係とは、営利関係で発展し得る訳がない。
 アキバオタク族が“素人もどき”のアルバイト女性による“メイド”に一瞬癒されることで一時のコミュニケーションを持てたと勘違いする裏側に、必ずやプロ意識なくその仕事に励んでいる“メイド役”の女の子達のストレスが鬱積しているというものだ。 そうではない関係も時には発生するのだろうが、その行き先がストーカー等の刑事事件に発展しようが原左都子は一切責任が持てないよ、NHKさん。


 とは言ってみても素人の女の子が“メイド”を志すのも自由だろうし、アキバオタク族が“メイドカフェ”に通うのも勝手という、妙な時代に成り下がっているのは事実なのだけどね…
        
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左都子 も昔は 左利き♪

2011年02月07日 | その他オピニオン
 私のペンネーム 「原左都子」 (はら さとこ) の“左”の字は決して“左利き”から取った訳ではないのだが、私は幼い頃どうやら“左利き”だったようだ。
 (参考のため、原左都子の“左”の漢字は「右に倣え」「右向け右」などと他者から指示された場合、“左”を向きたくなる我が“天邪鬼”気質等々を表現したものであります。)


 幼き頃の私は、親が私の自由にさせると何をするにも必ずや左手を使っていたらしい。

 “箸”に関しては、親がそれを最初から右手に持つよう矯正したとのことだ。 (その矯正によほどの無理があったのか、未だに“箸”を上手に持てず人前で恥を晒している私である。)

 クレヨンに関しては、苦い思い出がある。
 私自身にはその思い出に関して一部分を覗き明瞭な記憶がなく、後に母より伝達されたエピソードの範囲内なのだが、以下に我が幼き日の失敗談を紹介しよう。
 未だ幼稚園へも入園していない幼児(おそらく3歳頃)であった私は、親の知り合いの新築家屋落成記念会合に一家で招待された。 1階で飲み食いしつつ盛り上がる大人達が子供は2階で遊ぶように指示し、私もその子供の一人として2階で遊んでいたようだ。 会合も終焉に近づいた頃、子供達の様子を見ようと2階に上がった新築家屋の奥方が真っ青になって1階に戻り我が母に訴えたそうなのだ!
 「お宅の○○ちゃん(私のこと)が、クレヨンで部屋一杯に落書きした!!」と。

 それを聞いた母は「うちの○○はおとなしいいい子で、そんな事をするはずはないのだけど…」と弁解しつつ2階に上がって仰天したのだと言う。
 なぜならば、新築2階の部屋の壁や床一面に私の氏名がひらがなで多数書き込まれ、左手にクレヨンを持った私がそこに存在したからである。 
 当時の我が母としては用意した紙に“お絵かき”でもさせるつもりだったのが、幼き私は2階の部屋全体を“キャンバス”と履き違えたようだ。 新しい畳そして白くてまっさらで綺麗な壁に私が書きたかったのは絵ではなく文字であったということである。(当時まっさらな新築家屋の“キャンバス”に感激した記憶は、私にも僅かながら残っている。)
 その落書きを見て別の意味で一番驚いたのは我が母であったようだ。 新築家屋の主に平謝りしながら床や壁を拭きつつ、親が知らない間に我が子が既に自分の氏名をひらがなで書けるまでに成長していて、しかもわずが3歳にして左手で書いたその字は実に正確で美しかったのだと言う。
 その“事件”をきっかけに今後私が幼稚園へ入園するに先立って、クレヨンを右手に持たせる矯正に乗り出した我が母であるようだ。
 (今尚、右手で字が綺麗に書けない私なのだが、やはり当時の無理な矯正がたたっているのであろうか??  その分両手を使うキーボード入力は俄然得意な原左都子であるよ。♪)

 それから、今に至って尚顕著なのが“雑巾しぼり”である。 
 さすがにそこまで矯正の面倒が見切れなかった母であろうが、私の雑巾しぼりは“逆回転”で特異的であるぞ。 へっへっ 

 その他の事例として私の記憶にあるのは、小学生低学年の頃“かぎ針編み”という編み物に挑戦したことに関してである。
 自然体で取り組んだ私は、やはり左手にかぎ針を持っていたのである。 そして器用に私が編む姿を見た母から「よくまあ左手でそんなに上手に編めるね!」と指摘されて初めて、私は左手で編んでいたことに気付いたものだ。(これもその後右手に直したのだけどね…)


 それにしても、私は今となっては左手はまったく利き手ではない。 握力も高校生の頃から右手が勝っていて左手の握力など実に乏しいのだ… 
 「左利き」の人の中には両手が器用に使えるという話も耳にすると、どうして我が親は両手共に器用な人間に育ててくれなかったのかと不満をぶつけたくもなると言うものだ。
 (ついでに言うと、原左都子が「右に倣え」とか「右向け右」と指示されて「左」に向きたいのは持って生まれた“左利き”気質とも考察できないだろうか?? それとも社会のシステムに迎合するために“左利き”を無理やり矯正された事の怨念によるものか???  などと推測してみても、それは単なる冗談の範囲内なのだけどね…… )


 今回、原左都子が“左利き”関連の記事を綴ったのは、朝日新聞2月5日付別刷「be」のサザエさん漫画関連の記事によるのだ。
 その記事においても、今の時代「左利き」とは矯正するべきなのかを主たるテーマとして話を展開していた。 この記事の結論とも言える最後の箇所で大学教授が以下のような論評をしている。
 「無理に変えない方がいいが、幼児期に子供が強い嫌悪を示す場合を除いて右利きへの変更を試行してもいいのでは」
 この論評は、今の時代の右利き社会に適合するべく子供を育てる観点からはごもっともな指摘であろう。

 ただ、原左都子はやはり子供個々が持って生まれた特質に任せて欲しい思いが強い。
 なぜならば幼き子供とは言えども千差万別であるからだ。 周囲の指導により“子供が右手への強い嫌悪感を示す”かどうかに関してさえ、大いに子供の個性によるのだ。  私など、幼き頃から周囲への客観性の配慮にばかり焦点を置いていた記憶があるのだが、この種の子供とは我が意に反して親や教育者の指導に従順とならざるを得ないのだ。 すなわち、親や指導者が「右手を使え」と指示したならば、自分の不快感を押し殺してでもそれに素直に従う道を自ずと選択して、後々内面にストレスを溜め込んでしまうのである。


 朝日新聞の上記記事によると、何を基準として“左利き”を判断するかも困難であるとのことである。 これに関しては、医学経験のある原左都子にも十分理解可能である。
 そしてそれを踏まえた上での単純な判断によると、世の“左利き”とは1割の確率であるそうだ。

 そんなことを言えば、血液型におけるAB型だって日本人の1割にしか過ぎないよなあ~~。  原左都子はそのAB型でもあるのだが、まさかそれで差別されることもないなら、各人の器用な手が右であっても左であってもいいのは当然であるし、本来ならば両者が共存し得る社会が築かれるべきだけど… 
 (とは言え、どうしても近代社会のシステムや論理とは多数派が尊重されてしまうのが辛いところだよね。) 
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「人生の幅」も「人間性の幅」も広げたい。

2011年02月05日 | 自己実現
 「人生の幅」 と 「人間性の幅」。

 似ているようで異質な概念である二者の違いについて述べた文章を発見したのは、朝日新聞1月31日付夕刊“こころ”のページの「悩みのレッスン」の相談においてである。 今回の相談の回答者であられる 哲学者の森岡正博氏 が、回答の中で二者の違いについて言及しておられるのだ。


 それでは早速、18歳大学生女性による「悩みのレッスン」の相談内容から要約して紹介する事にしよう。
 私には生涯の友と思える大切な友人がいるのだが、金銭感覚が合わないことに気付き始めた。彼女は親からの小遣いで高額なパーマをかけたりスポーツ観戦をしたりする一方、私の家庭は余裕がなく自分でアルバイトをし始めてお金の価値が分かってきた。 彼女のお金の使い方に疑問を持ち、また彼女が新しいブランド品を持っているのかと思うと怒りに近い感情が湧き、最近では会う事も避けている。 今後彼女とどのように付き合えば楽しい時間が過ごせるのか?


 森岡氏の回答を紹介するのに先立って、原左都子の私論から述べよう。

 この相談を読んで真っ先に原左都子が感じたのは、今の時代とは未成年者ですら“貧富の格差”を身に滲みねばならぬ程過酷な社会なのか?、という事である。

 確かに私が小中学生(特に地方の公立学校)においては、“貧富の格差”は存在した。 特に過疎地の自治体の場合私学など元より存在しないため、地域住民の子供達の皆が通学圏内の公立小中へ進学するのである。 そこにおいては必ずや“貧富の格差”が存在したものである。 ただし子供達がまだ成長過程であり幼いことが幸いして、“貧富の格差”現象が子供の心理面でさほど表面化しないままに卒業と相成ったものである。(当時より明らかな“貧困層”の子供達が存在した記憶があるが、それはごく少数派であったと記憶している。)

 高校進学に関しては子供達の学習習熟度に応じて、どうしても進学先の“序列化”がなされる運命にある。 そうした場合、子供の進学先とは子供の学習習熟度と平行して、家庭の経済面においても自ずと似たり寄ったりの子供達が同じ高校に集結することとなる。 多少の“貧富の格差”はあれど、さほど“騒ぐ程の格差”ではない範疇と言えたであろう。
 そして、それは大学においても同様だったと考察する。

 ところが原左都子が上記に考察した現象は、ウン十年前の時代の話に過ぎないのだ。
 今となっては、政権が票取り目的で“子ども手当て”をバラ撒くことが安易にマニフェストの主要項目に掲げられる程に、この国は親が子供を育てる資金すらない程の貧困にあえぐ国民が増殖したという実情なのであろう。
 要するに、今やこの国には真なる経済難の時代が到来していると言うことに他ならない。

 そうなると、この相談女子大学生の相談内容も切実であるということになる。
 それでも大学に進学できてアルバイトをしながらも“一見リッチ族”の友人も得られ、相談者本人がその友を“生涯の友”として捉えられるのであれば、学生の間だけでもその友との“異文化コミュニケーション”を楽しんで、その経験を自身の将来の成長に繋げるという手もあろう。

 ただ、この相談者はそうではないようだ。 
 18歳と言えば我が娘と一つ違いでしかないのだが、(私から言わせてもらうと)そんな子供が早くも友を通じて家庭間の“経済格差”に苦しんでいるという事自体が、この相談者が置かれている現実なのであろう。


 それではここで、哲学者 森岡正博氏による回答内容を要約して紹介しよう。

 金銭感覚の違いというのは昔から多くの人々が抱えてきた永遠の問題である。金銭感覚の違いを埋めることが出来ずに破綻する人間関係の話もたくさんある。 友人がブランド品を買い換える度に怒りの感情が湧くあなたの気持ちも分かる。 その上で、お金に余裕のある人は、いろんな経験を金で買えるので「人生の幅」を広げることができる。 これに対して、お金で苦労をした人とは自己実現出来ずに辛い思いをしている人に心から共感することができるため「人間性の幅」を広げることができる。これは人生の中盤から後半にかけてその人の大きな財産になっていくため決してマイナスではない。 今は少し友から距離をとることにより、その友の美点も見えてくるはずだ。 そしてあなたの怒りの原点である格差社会の問題についても、これからじっくりと勉強してみてはどうか。


 再び原左都子の私論になるが、この相談女子学生(及びその家庭)が真に貧困にあえいでいるのか否かに関してはこの相談内容からは不明である。 もしかしたらこの相談者の親は未だ18歳の娘に対して、厳しい今の時代を将来に渡って生き抜くべく心を鬼にして、自身がアルバイトをしてでもある程度自力で大学を卒業させることを一つの教育方針としているのやもしれないのだ。
  
 哲学者であられる森岡正博氏による「人間の幅」と「人間性の幅」の理論はもちろん興味深い。
 確かに今現在の我が国は、両者をステレオタイプに分類できる時代が到来したと言える程に国全体が経済力を失ってしまっているのであろう。

 ただ、原左都子は若かりし頃よりその両者をクリアすることこそが人生の醍醐味と捉えつつ我が人生を歩んでいるのだ。
 私は若かりし頃から“お金で人生の経験を買える人”との付き合いも多くこなしていれば、はたまた“不運な境遇の中で辛い思いをしている人”にも思いを馳せつつ人生を歩んでいる自負がある。
 それ故に森岡氏の上記の持論も尊重しながら、おそらくこの18歳大学生相談者女性も両者をゲットする底力があることを信じつつ今後の更なる発展を応援したい思いでもある。
 
 ほんと、市場に出回っている“ブランドもん”なんか一切要らないよ! 
 (いえいえ、本当にその商品の価値を自分なりに見出せたならば、自分の経済力の範囲内で大枚はたいて購入してもいいんだけどね。 この原左都子だってそうしてるよ。) そうではなく、今流行っていて皆が喜ぶブランド物に飛びついてチャラチャラと持ち歩いたところで、今後の自身の未来にとって何の成長力にもなりゃしないと言う訳だよね!
 

 自分で自分の人生を演出できる人生を歩めることこそが自分自身の“ブランド”の創出であるからこそ、若者には今後共に「人間の幅」と「人間性の幅」の両者を心に描きつつ精進を続けて欲しいものである。
         
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