礫川全次のコラムと名言

礫川全次〈コイシカワ・ゼンジ〉のコラムと名言。コラムは、その時々に思いついたことなど。名言は、その日に見つけた名言など。

杉山正世氏はここ二三年間方言学界に姿を見せない

2019-03-06 03:13:19 | コラムと名言

◎杉山正世氏はここ二三年間方言学界に姿を見せない

 橘正一著『方言読本』(厚生閣、一九三七)から、「昭和方言学者評伝」を紹介している。本日は、その二〇回目で、〔山口県〕、〔香川県〕、〔徳島県〕、および〔愛媛県〕の項を紹介する。

〔山 口 県〕
 山口県には「山口県柳井町方言集」の著者森田道雄氏、「山口県方言調査」の著者白上貞利氏、「山口県厚狭〈アサ〉郡植物俗名目録」の著者永富三治氏、「防府〈ホウフ〉方言」の著者御園生翁甫〈ミソノウ・オウスケ〉氏、「防長方言調査表」の著者百村轍弥氏等があるが、人を驚かす様な大著は無い。このうち、「山口県方言調査」は語法の全県的分布を調べたもので類ひ稀なるものである。
〔香 川 県〕
 香川県は暗黒である。陸田稔氏や加藤増夫氏はあるが、他県並みのレベルに到達するまでには尚一段の努力が必要である。ただ、昭和十年〔一九三五〕の末に出た村上唯雄氏の「香川県の方言」は、分布を論ずる事詳密、将来の発展性を思はせる。既刊の分は、アクセントと訛音だけであるから、今後、語法や単語についての発表を今後に期待する。桂又三郎氏の「小豆島〈ショウドシマ〉方言」は、小豆島中学校の瀧本教諭の調査を増補して出したものである。
〔徳 島 県〕
 徳島県には橋本亀一氏と金澤治氏とがある。橋本氏には「阿波の言葉」の著があり、金澤氏には単行本は無いが、「方言」に発表された「阿波美馬〈ミマ〉郡方言語彙」は単行本なみの分量を持つものである。井上一男氏に祖谷【イヤ】方言の採集がある。
〔愛 媛 県〕
 杉山正世氏は埼玉県川越市の人である。愛媛県立周桑〈シュウソウ〉高女の教諭として、彼の地に赴任したのは昭和二年〔一九二七〕四月であつた。そして、満三年後の昭和五年〔一九三〇〕三月には早くも「愛媛県周桑郡丹原地方言語集」を出したのだから、いかに熱心に採集したかがわかる。同氏は間もなく、「愛媛県周桑郡郷土研究彙報」といふ雑誌を創刊して、幾多の報告を発表し、ついで、「愛媛県周桑郡町村郷土誌所載方言集」を編纂発行し、なほ「いよのことば」を五冊まで出した。同君は非常に几帳面な人と見えて、方言を報告するのに、その地名を字【アザ】まで書かなければ気が済まないといふたちである。斯くの如きは、徒ら〈イタズラ〉に煩雑にして、労力を浪費する事大なる割合に、効果が挙がらない。果して長続きするかどうかを最初からひそかに危ぶんで居た。ここ二三年間方言学界に姿を見せないのは、宇和島家政女学校の教頭に転任して、職務多忙を加へたのも一因であるが、又杉山流の煩雑な調査法の禍にもよると思ふ。その研究に没頭して居た間は殆ど家事を顧る遑〈イトマ〉なく、学校から帰れば直ちに書斎に入り、慕寄る〈シタイヨル〉愛児に対してすら、笑顔一つ見せず、奥さんをして、方言学の存在を怨ましめるに至つた。近頃は研究の方を休んで居るから、善き父、善き夫として、奥さんや子供から喜ばれて居る事だらう。それを淋しく思ふのは、昔の方言友達ばかりである。
 國村三郎氏は明倫小学校の訓導にして、能く「宇和島語法大略」の著を成した。語法だけの単行本は全国にも珍しい。

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