たんぽぽの心の旅のアルバム

旅日記・観劇日記・美術館めぐり・日々の想いなどを綴るブログでしたが、最近の投稿は長引くコロナ騒動からの気づきが中心です。

夜が長くなりました

2014年10月11日 22時17分56秒 | 祈り
いつの間にか夜が長くなりました。
お昼間は暑いですが、すっかり秋です。
こうして季節はうつろい、また一年が過ぎていくんですね。
混乱に終止符をうつまでにはまだ時間がかかりそうです。
ほんとうにむずかしくって、迷うことだらけ、わからないことだらけ。
友人にメールを送ると平日は仕事があるにもかかわらず、返信をもらえるので
ありがたいばかりです。
どうやらこのまま、もう少しがんばればなんとかなっていきそうな・・・。
今が自分にとってほんとうに正解かどうかはわかりませんが、方向性は見えているのでもう少し、もう少し・・・。
落ち着いたらほんとうにお休みしたいのが本音です。


私がグリーフケアを勉強したからといって、なにがどうというわけでもないのですが、
今週も都心の大学の講座に出席しました。
満席で、みなさんそれぞれどんな思いを抱いていらっしゃっているのか。
私と同じ立場の方、大きな喪失体験をされた方もたくさんいらっしゃるんだろうなと勝手に思いめぐらしています。


記事がたまってきたので、本にまとめてみてもいいのかな、とふと考えたりするこの頃です。
振り返ってみると苦しい日々でした。楽しいこともありましたが、今は苦しかったことしか思い出せません。ここまでやってきたので、そんな負の遺産は切り捨てて、次へと目を向けていこうと思います。
組織に属することに戻っていけるのか、折り合いをつけられるのか、今はまだわかりません。
なにをすればいいのか、甘いのかもしれませんが、もうしばらく考える日々は続いていきそうです。
あなたは一人だからいいわよ、なんて言われるとちょっとこたえたりします。

忙しくしながらも休日には一生懸命自分の気持ちと向き合っていたんですね。

「2013年3月3日(日)

1992年の日記を捨てた。
8月、帰省した時のMちゃんの幼さにがく然とし、また心配だと書いている。
自分にはどうしようもないことも書いている。
10月、家の中のぎくしゃくに耐えられず、もう帰りたくない、と書いている。
もうすでに何か大きくこわれていた。
でも、私は若かったし、何も知らなかったし、ただ逃げた。何もできなかった。
誰のせいでもない。何故なのかもわからない。血のつながりって何だろう。
私は模索し始めていたことが読み取れる。時を取り戻すことはできないので、
ただ今は先に逝った人の分まで自分が生きるのみ。
私自身もどこに向かえばいいのかわからなくて、ひどく不安定だったようだ。全ては崩れ落ちた。鉄けんをくらった感じだ。まさか死んでしまうとは思わなかった。自分を責めるでないぞ・・・。」

ちひろ美術館の一枚から載せさせていただきました。