カイシャにいて、昼休みからちょっと経ったころ、もーれつに眠くなるってありませんか。私はあります。これって、デスクワークだからかなと思ってたのですが、体を動かす仕事をするカイシャでもあるらしくて…
←おもしろいエッセイは何冊でも歓迎です
N響のことを「カイシャ」と呼ぶのも不思議な感じですが、「バイオリニストは目が赤い」(鶴我裕子著)の中ではそう呼ばれているのでそのままいきます。「カイシャの楽器だから」とかそのように使います。
鶴我さんが言うには、お昼休みにおいしーいお寿司を食べて至福の時間、でも午後の練習が始まると「地獄」。
「というのは、練習もイヤだけれど、とにかく眠くなるのだ。体はポカポカ、手は乾いたようになって、「ここはどこ、私は誰?」と言いそうになる。」
「これは何も、指揮者やゲイジツをなめてかかっているのではないのでして、栄養学によれば当然のことらしい。消化のホルモンと活動のホルモンは、同時に分泌されることは決してないので、食べてすぐ働くほどオロカなことはないというのだ。ああ、オロカなことは、したくないなあ。」
なーんだ、高尚(らしい)クラシック音楽をお仕事にされている人も、市井の人々と同じようなものなのね(^^;;
でも、そうじゃない方もいらして。マエストロ・サヴァリッシュは、お昼を食べないのだって。「紅茶一杯で、ずっとピアノを弾いておいでだ。せっかくonになった頭をoffにしないのだ。彼の目には、ボーッとしている午後の我々が、さぞやバカに見えることだろう。」
このエッセイ集の中には、N響に長年勤めた筆者が見聞きしたいろいろのことが、すばらしく軽快な筆致でつづられていて、電車の中で飛び出す笑いをこらえるのが困難だ。
タイトルの「目が赤い」というのは、コンタクトレンズをした状態で強い舞台照明ががーっと照らされ、その中で楽譜の音の列を見失わないように瞬きもロクにできずにずーっと弾いていると、目がカピカピになって血走ってしまうことを指す。
「肩が凝る」というのは…解説不要(^^;; それで、この本が最初出版されたときには「バイオリニストは肩が凝る」というタイトルだったのだが、文庫化されたときのタイトルは「バイオリニストは目が赤い」。ちょっとこれって、エッセイ二冊目が出たのかと勘違いしそうで、ズルじゃない?? 私は、間違って買ったのではなくて、VNYOさんにいただいたとき、自分が読んだことのある本だって気がつかなかっただけだけども。
まぁでも、二回お金をはたいてしまった人でも、決してがっかりすることはありません。そんじょそこらのエッセイ本の、二冊分どころかもっとおもしろいから、ご損はないですよ(^-^)
ところで、筆者は何十年もバイオリンを弾くのを商売にしているわけだから、何か夕食の集まりでもあったときに、ワインなどもおいしくてみんなリラックス…というときによく「ひとつ一曲聞かせていただきたいものですなあ」なんて声がかかりやすい。
しかし、こんなシチュエーションでまともに弾けたためしはない(と筆者は言う)、「気軽に」弾くっていったい何だろう?? 心をこめずに、ということはない(それは論外だ)。楽器を持てば反射的に緊張してしまう、のだそうだ。つまりこんな超ベテランであってもそういうものなのだから、ヒヨッコ以下の我々が緊張しまくるのはいたしかたない。
それで、そんな筆者がリラックスして楽しんで弾けるのは合奏のとき。合奏なら、プロ同士の集まりであれ、アマチュアとのセッションであれ、音楽をやってよかったと思える最高の楽しさ。「こんな楽しいことを、少しでも楽器のできる人が見逃しているとしたら、それは、税金の払いすぎよりももっともったいないことである。」
というわけで、おいしいコーヒーのあとは、楽器のできる人がいたらぜひ、「ひとつご一緒に、室内楽でもやりたいものですなあ」と声をかけてあげてね。(「世の中に合奏が足りない」の項より)
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今日の弁当

鶏つくね、プチトマト、ブロッコリー、ひき肉入りオムレツ、れんこんコロッケ、にんじんたらこ、卯の花

N響のことを「カイシャ」と呼ぶのも不思議な感じですが、「バイオリニストは目が赤い」(鶴我裕子著)の中ではそう呼ばれているのでそのままいきます。「カイシャの楽器だから」とかそのように使います。
鶴我さんが言うには、お昼休みにおいしーいお寿司を食べて至福の時間、でも午後の練習が始まると「地獄」。
「というのは、練習もイヤだけれど、とにかく眠くなるのだ。体はポカポカ、手は乾いたようになって、「ここはどこ、私は誰?」と言いそうになる。」
「これは何も、指揮者やゲイジツをなめてかかっているのではないのでして、栄養学によれば当然のことらしい。消化のホルモンと活動のホルモンは、同時に分泌されることは決してないので、食べてすぐ働くほどオロカなことはないというのだ。ああ、オロカなことは、したくないなあ。」
なーんだ、高尚(らしい)クラシック音楽をお仕事にされている人も、市井の人々と同じようなものなのね(^^;;
でも、そうじゃない方もいらして。マエストロ・サヴァリッシュは、お昼を食べないのだって。「紅茶一杯で、ずっとピアノを弾いておいでだ。せっかくonになった頭をoffにしないのだ。彼の目には、ボーッとしている午後の我々が、さぞやバカに見えることだろう。」
このエッセイ集の中には、N響に長年勤めた筆者が見聞きしたいろいろのことが、すばらしく軽快な筆致でつづられていて、電車の中で飛び出す笑いをこらえるのが困難だ。
タイトルの「目が赤い」というのは、コンタクトレンズをした状態で強い舞台照明ががーっと照らされ、その中で楽譜の音の列を見失わないように瞬きもロクにできずにずーっと弾いていると、目がカピカピになって血走ってしまうことを指す。
「肩が凝る」というのは…解説不要(^^;; それで、この本が最初出版されたときには「バイオリニストは肩が凝る」というタイトルだったのだが、文庫化されたときのタイトルは「バイオリニストは目が赤い」。ちょっとこれって、エッセイ二冊目が出たのかと勘違いしそうで、ズルじゃない?? 私は、間違って買ったのではなくて、VNYOさんにいただいたとき、自分が読んだことのある本だって気がつかなかっただけだけども。
まぁでも、二回お金をはたいてしまった人でも、決してがっかりすることはありません。そんじょそこらのエッセイ本の、二冊分どころかもっとおもしろいから、ご損はないですよ(^-^)
ところで、筆者は何十年もバイオリンを弾くのを商売にしているわけだから、何か夕食の集まりでもあったときに、ワインなどもおいしくてみんなリラックス…というときによく「ひとつ一曲聞かせていただきたいものですなあ」なんて声がかかりやすい。
しかし、こんなシチュエーションでまともに弾けたためしはない(と筆者は言う)、「気軽に」弾くっていったい何だろう?? 心をこめずに、ということはない(それは論外だ)。楽器を持てば反射的に緊張してしまう、のだそうだ。つまりこんな超ベテランであってもそういうものなのだから、ヒヨッコ以下の我々が緊張しまくるのはいたしかたない。
それで、そんな筆者がリラックスして楽しんで弾けるのは合奏のとき。合奏なら、プロ同士の集まりであれ、アマチュアとのセッションであれ、音楽をやってよかったと思える最高の楽しさ。「こんな楽しいことを、少しでも楽器のできる人が見逃しているとしたら、それは、税金の払いすぎよりももっともったいないことである。」
というわけで、おいしいコーヒーのあとは、楽器のできる人がいたらぜひ、「ひとつご一緒に、室内楽でもやりたいものですなあ」と声をかけてあげてね。(「世の中に合奏が足りない」の項より)
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鶏つくね、プチトマト、ブロッコリー、ひき肉入りオムレツ、れんこんコロッケ、にんじんたらこ、卯の花