ピアノのレッスンは、広い部屋が空いていればグランドが使えるのだが…
あいにく狭いほうの部屋で、あまり状態がいいとはいえないアップライト。でも今回は、日曜日に「吹き抜けの部屋でグランド」を弾いた感触がなんとなく残っていて、思いのほか弾きやすかった。
何もない日曜日に比べるとはるかに、実質的な練習はしていないことになるが、むしろ何というか、流れが納得できていて、ちょっと鳴り損ねたり外したりしても、弾きなおしをしないで先に進める感じ。
先生も、「全体によくまとまった」「流れがよくなった」といっていた。私もそう思うけど、ただ、毎週吹き抜けの部屋で弾くわけにいかないからねぇ(笑) 戻っちゃうと思う(^^;;
それで、今回の先生は「今日は細かいところを」と言い出した。そして突然「例えば月の絵があるとするでしょう…」ときましたよ。西洋風の絵と、掛け軸なんかにありそうな山水画みたいなのだと、同じ月とはいってもまったく雰囲気が違うし、同じように満月まん丸でも、ちょっとした描き方、線のディテイルで「あぁ素敵だな」と思ったり思わなかったりするわけ。だからそういう細かいところ。
それで、「四分割の四」のところをやり始めたんだけど、まずはイメージをどう作るか。いろいろドラマティックなできごと(四分割の三)もあったけど今は…今は…どんな雰囲気なのか。
ま、ぶっちゃけ明るいとは思うんだけど、いろいろあったねぇで老夫婦が縁側で茶を飲んでるのか、ひとり寂しく諦念をとことんつきつめたところにある明るさなのか、あるいは。「まずはそのへん固めないと話にならない」と先生はおっしゃるわけです。
旋律は、冒頭のテーマと同じだけど、とにかく音色はまったく違うものになるはず。しかしこちらは「音色を変えろといわれても…」という状態。それから、旋律が左手も使って三オクターブのユニゾンになったりするところ、ペダルを踏み替えてその音だけで聞かせるのか、前からつなげるのか。場所によって、どちらにすべきかが違ってくる(らしい)。
それと、細かい音符でふわーっと上っていくところ(二個所)、「一個所目からそんなにもやもや弾いたら持たないから。一回目はもっときらきらした音で…二回目はもやっと…」
最後はfも出てくるとはいえ、全体に静かな〆になるので、fのところもわざとらしく大きくなってはいけない。大きいというより自然な重みというか、「下から響く感じ」。下からと上からでどう違うのか??
要するに、音色の違い、響きの違い、そういったものを、弾き方でも微妙なペダル使いでも、とにかくどう活用していくのかを、イメージドリブンで(?)細かく計画していく。ということなんだと思うけど、説明の途中からもう完全に落っこちてしまって、やる気を失った私です。
だってそんなの、「こうしよう」と決めたところでそうなるようなテクニックもなければ、そもそもそういう発想すらついてけないもん。とにかくだいたい音が並べば満足なのに、その先をあれこれつつきたくない。
先生が「音がだいたい並べば満足」の私のピアノをどうにかしようとして一生懸命あの手この手で誘導していることはわかるし、とても実力のある先生だと思うし、人柄も好きだし、私にはもったいない先生だけど…だからやっぱり、私のニーズからいえばはみ出している。
で、三月末の発表会が終わったら、ピアノのレッスンをやめようとついに決心した。ちょうど八年間習ったことになる。とにかく何もないところからピアノの楽しさを教えてもらった先生なので、いまからやめるというのは言い出しにくいところはあるけど、このまま続けることはやはりできないと思う。
ピアノはやめない。一人で弾きながら、この先を考えることにしよう。
今日の弁当:
ミニ串カツ、れんこんきんぴら、プチトマト、ブロッコリー、焼きかぼちゃ、おでん
はなひめ昨日の勉強
なし。公文も終わってません
あいにく狭いほうの部屋で、あまり状態がいいとはいえないアップライト。でも今回は、日曜日に「吹き抜けの部屋でグランド」を弾いた感触がなんとなく残っていて、思いのほか弾きやすかった。
何もない日曜日に比べるとはるかに、実質的な練習はしていないことになるが、むしろ何というか、流れが納得できていて、ちょっと鳴り損ねたり外したりしても、弾きなおしをしないで先に進める感じ。
先生も、「全体によくまとまった」「流れがよくなった」といっていた。私もそう思うけど、ただ、毎週吹き抜けの部屋で弾くわけにいかないからねぇ(笑) 戻っちゃうと思う(^^;;
それで、今回の先生は「今日は細かいところを」と言い出した。そして突然「例えば月の絵があるとするでしょう…」ときましたよ。西洋風の絵と、掛け軸なんかにありそうな山水画みたいなのだと、同じ月とはいってもまったく雰囲気が違うし、同じように満月まん丸でも、ちょっとした描き方、線のディテイルで「あぁ素敵だな」と思ったり思わなかったりするわけ。だからそういう細かいところ。
それで、「四分割の四」のところをやり始めたんだけど、まずはイメージをどう作るか。いろいろドラマティックなできごと(四分割の三)もあったけど今は…今は…どんな雰囲気なのか。
ま、ぶっちゃけ明るいとは思うんだけど、いろいろあったねぇで老夫婦が縁側で茶を飲んでるのか、ひとり寂しく諦念をとことんつきつめたところにある明るさなのか、あるいは。「まずはそのへん固めないと話にならない」と先生はおっしゃるわけです。
旋律は、冒頭のテーマと同じだけど、とにかく音色はまったく違うものになるはず。しかしこちらは「音色を変えろといわれても…」という状態。それから、旋律が左手も使って三オクターブのユニゾンになったりするところ、ペダルを踏み替えてその音だけで聞かせるのか、前からつなげるのか。場所によって、どちらにすべきかが違ってくる(らしい)。
それと、細かい音符でふわーっと上っていくところ(二個所)、「一個所目からそんなにもやもや弾いたら持たないから。一回目はもっときらきらした音で…二回目はもやっと…」
最後はfも出てくるとはいえ、全体に静かな〆になるので、fのところもわざとらしく大きくなってはいけない。大きいというより自然な重みというか、「下から響く感じ」。下からと上からでどう違うのか??
要するに、音色の違い、響きの違い、そういったものを、弾き方でも微妙なペダル使いでも、とにかくどう活用していくのかを、イメージドリブンで(?)細かく計画していく。ということなんだと思うけど、説明の途中からもう完全に落っこちてしまって、やる気を失った私です。
だってそんなの、「こうしよう」と決めたところでそうなるようなテクニックもなければ、そもそもそういう発想すらついてけないもん。とにかくだいたい音が並べば満足なのに、その先をあれこれつつきたくない。
先生が「音がだいたい並べば満足」の私のピアノをどうにかしようとして一生懸命あの手この手で誘導していることはわかるし、とても実力のある先生だと思うし、人柄も好きだし、私にはもったいない先生だけど…だからやっぱり、私のニーズからいえばはみ出している。
で、三月末の発表会が終わったら、ピアノのレッスンをやめようとついに決心した。ちょうど八年間習ったことになる。とにかく何もないところからピアノの楽しさを教えてもらった先生なので、いまからやめるというのは言い出しにくいところはあるけど、このまま続けることはやはりできないと思う。
ピアノはやめない。一人で弾きながら、この先を考えることにしよう。
今日の弁当:
ミニ串カツ、れんこんきんぴら、プチトマト、ブロッコリー、焼きかぼちゃ、おでん
はなひめ昨日の勉強
なし。公文も終わってません
先日アンダンテさんが「先生とのやりとりのキャッチボール的な部分が面白い」っていう趣旨のコメントが、この記事を読んで理解できました。
先生の思うところ、導きたい所。
自分が進みたい方向や目的としてる所。
演奏技術という分力と表現力っていう分力がアンダンテさんのピアノベクトルのの要素とするならば、同じベクトルでも、その分力のバランスが先生と異なっているんでしょうね。
バイオリンでもきっと同じですよねー。
あ、分力の名前は適当です。 実際はなんだろう?
息子が幼い頃に名医と評判の耳鼻科に行きましたが「(母親の私が)医師の言い方が気に入らない」という理由ですぐに辞めたことがあります。
治療方針は理解出来ても、と思って。
アンダンテさんは先生の人柄も気にいっていたようでかなり迷われたと思います。
でも
>私のニーズからいえばはみ出している
本当にこう表現するのが正しいんでしょうね。
もちろんお金を払って何かを受け取るものですし。
しんどくなってくるのも事実ですね。
でもレッスンやめてもピアノねたは書いてくださいね。ピアノねたにはつっつきたくなるので。。。。。
そうですね、同じ先生のレッスンに戻るかもしれないし、しばらく一人で続けるかもしれないし、気分を変えてジャズピアノとか(^^;; 別の路線に行くかも…
ちょっと、落ち着いて試してみたいと思います。先生のベクトルと、方向が合わないのか大きさが違いすぎるのか、よくわからないのですがそれも含めて考えてみます。
バイオリンは、初心者だから勢いがあって、話がわかりやすい。こちらはしばらく順調なはずです…
遠慮して要望をいえないというのとも違うんですよね。長年の信頼関係があって、ほとんどのことは何でも話せるんですが…でもさすがに、10年たっても何も進歩がないようなレッスンがいいんですとかは言いにくい。。
むしろ録音アップとかいろんな実験?? とか積極的にやっていきたいと思います。
しんどいのは何がしんどいのか、自分でもはっきりつかめていないような気がするんですが、とにかく今いろんなことでめいっぱいなので、ピアノでしんどいのは困るんです。今はそういうフェーズではない。少なくとも。と、思ってます。
始める時よりも、中断とかやめるとかのほうが
気軽じゃないし考えますよね。
時間は有限ですし...。
でも、中断できるとか、
新しいものを始めるとか、
また元にもどることができるとか、
そういう選択できるってことって、
なんだかいい生活、優雅な生活ですよね。
アンダンテさんの進化が楽しみです。
自営業をやっておりますと、顧客のニーズをちゃんとキャッチできる能力の有無が営業成績に直結します。
昨日まで仲良くパートナーとして仕事をしてたので安心してますと、翌月は他所の事務所に依頼されてしまってたり・・・
なので
>私のニーズからいえばはみ出している
にはドキットします。
過去に失った顧客達も「私のニーズからいえばはみ出している」って思ってはったんでしょう・・・
うちのバヨの師匠も私のニーズとは、ずれが有るのは事実です。が、師匠も言いたいことは山ほどあるでしょうし、全部適合はありえないですから「これやりたい!」を前に出しニーズのずれを無理やり縮小しようと企んでおります。
皆さんのレッスン日記、楽しみなので
ちょっと残念です。
でも、今日のレッスン日記は私もよく理解できません。
そういうレベルじゃないんですよねー。
レッスンはなんとか音楽教室みたいなところなんですか?
日によって弾くピアノ、お部屋が違うんですね。
私は個人の先生なので、毎回同じピアノです。
それでも慣れないのはなぜ??
ええっ!そうなんですか?
やっぱり「耳鼻科の先生は気難しい人が多いから(静かにしろ!の意味)」←息子の小学校時代の先生の発言 は、本当なんでしょうか?
そんなとこに反応してすみません(苦笑)
>長年の信頼関係があって、
>ほとんどのことは何でも話せるんですが
言語化しにくい問題ってことでもないんですよね?この記事が書けるんですもの。
でも、この記事のままに伝えたとしても「きっと先生には伝わらないだろう」という感じなのかなと思いました。
バイオリンのレッスン開始がアンダンテさんに何か影響を与えたというのもあるかもしれないですね。
発表会楽しんで下さいね。