あの、二・三度叩き殺した位じゃ死んでくれそうにない元気者が何日も学校を休んでいるんだ。見物に行かない手はあるまい。
いつものことながら、そんな信乃の暴言に含まれた真の意味を正確に察したらしい優吾は憤慨した様子も見せずにうむ、と頷いて同意を示してきた。
やがて授業終了と共に連れ立って校門を出た二人は、しかし見覚えのある小僧に呼び止められる。
「信乃さんと、優吾さんですよね」
「そうだが、お前は神倉屋の小僧(この場合は年季奉公中の子供を意味する)だな」
おいらを知っているのですかと驚く小僧に、信乃は事も無げに以前店で働いているのを見た覚えがあると答えた。
「それより、俺達に何の用だ?」
「番頭さんから手紙を言付かって参りました。出来れば、ここでお返事を頂くよう言われております」
「秀一さんから?」
とにかく手紙を開封してみると、前略から始まる短い文章には今度の日曜朝九時頃、信乃と優吾の二人に和装、無帽で圭佑に会いに来てやって欲しいと綴られていた。
「これはこれは……」
あからさまなまでの訳あり文章に呆れ果てながら、回された手紙を読み終わった優吾が自分に向かって躊躇無く頷いて見せるのを確認した信乃は、傍らで不安げに答えを待つ小僧に向かってきっぱりと言い放つ。
「承ったと、伝えてくれ」
* * *
そして約束の日曜日。
時間通りに無帽の袴姿で神倉屋の店先に立った信乃と優吾は、先日手紙を届けに来た小僧に案内され、こっそり裏口から屋敷に上がることになった。本来なら憤慨するべき応対なのだろうが二人の表情に憤りは見られない。そのまま雨戸がしっかりと閉じられた薄暗い圭佑の部屋に通されると、待っていたのは秀一だった。
「こんな形で呼び出したのは申し訳ないと思ってますが、いささか事態が込み入っていましてね」
「圭佑の姿が見えませんが」
座布団に着くなりいきなり斬り込んできた信乃に、秀一は軽く溜息を吐いてから呟く。
「さて……、どこからどの辺まで話したら良いものか」
「まだ昼前です、時間は充分にあると思われますが」
あくまで追及の手を緩めない態度の信乃を、秀一は眼鏡の蔓に中指をやって位置を直してから見据えると、普段の物柔らかな態度からは想像もつかない乾いた口調で言い放った。
「それで君は一体何を、どれだけ知っているのですかね?」
相対しているのが常人だったなら平静を保つのは難しかったであろう秀一の変貌に、しかし信乃は怯みもせずに答える。
「俺も、優吾も、元々は松本の人間ではありません。だから余所者が地元の人間から聞き出せる程度の噂と、かつての事件について記された複数の新聞記事の内容程度ですよ」
「成る程……さすがは松高生ですね、予習は欠かさないと言う訳ですか」
それでは、『神倉屋のてんにんご』という言葉は聞きましたか?そんな風に尋ねてくる秀一に信乃は頷いてみせる。
いつものことながら、そんな信乃の暴言に含まれた真の意味を正確に察したらしい優吾は憤慨した様子も見せずにうむ、と頷いて同意を示してきた。
やがて授業終了と共に連れ立って校門を出た二人は、しかし見覚えのある小僧に呼び止められる。
「信乃さんと、優吾さんですよね」
「そうだが、お前は神倉屋の小僧(この場合は年季奉公中の子供を意味する)だな」
おいらを知っているのですかと驚く小僧に、信乃は事も無げに以前店で働いているのを見た覚えがあると答えた。
「それより、俺達に何の用だ?」
「番頭さんから手紙を言付かって参りました。出来れば、ここでお返事を頂くよう言われております」
「秀一さんから?」
とにかく手紙を開封してみると、前略から始まる短い文章には今度の日曜朝九時頃、信乃と優吾の二人に和装、無帽で圭佑に会いに来てやって欲しいと綴られていた。
「これはこれは……」
あからさまなまでの訳あり文章に呆れ果てながら、回された手紙を読み終わった優吾が自分に向かって躊躇無く頷いて見せるのを確認した信乃は、傍らで不安げに答えを待つ小僧に向かってきっぱりと言い放つ。
「承ったと、伝えてくれ」
* * *
そして約束の日曜日。
時間通りに無帽の袴姿で神倉屋の店先に立った信乃と優吾は、先日手紙を届けに来た小僧に案内され、こっそり裏口から屋敷に上がることになった。本来なら憤慨するべき応対なのだろうが二人の表情に憤りは見られない。そのまま雨戸がしっかりと閉じられた薄暗い圭佑の部屋に通されると、待っていたのは秀一だった。
「こんな形で呼び出したのは申し訳ないと思ってますが、いささか事態が込み入っていましてね」
「圭佑の姿が見えませんが」
座布団に着くなりいきなり斬り込んできた信乃に、秀一は軽く溜息を吐いてから呟く。
「さて……、どこからどの辺まで話したら良いものか」
「まだ昼前です、時間は充分にあると思われますが」
あくまで追及の手を緩めない態度の信乃を、秀一は眼鏡の蔓に中指をやって位置を直してから見据えると、普段の物柔らかな態度からは想像もつかない乾いた口調で言い放った。
「それで君は一体何を、どれだけ知っているのですかね?」
相対しているのが常人だったなら平静を保つのは難しかったであろう秀一の変貌に、しかし信乃は怯みもせずに答える。
「俺も、優吾も、元々は松本の人間ではありません。だから余所者が地元の人間から聞き出せる程度の噂と、かつての事件について記された複数の新聞記事の内容程度ですよ」
「成る程……さすがは松高生ですね、予習は欠かさないと言う訳ですか」
それでは、『神倉屋のてんにんご』という言葉は聞きましたか?そんな風に尋ねてくる秀一に信乃は頷いてみせる。