決して広くない部室の上座に位置する壁際。
そこに置かれた椅子に腰掛けた応援団長が色々な意味で全身を硬直させているのを、優吾は敢えて見ない振りをしながら此処にも化け物が出たかと嘆息する。ちなみに優吾の認識する『化け物』は団長の背中に回って両肩に手を置き、何やら耳元に囁きかけている真っ最中だった。団長が恐る恐ると言った態で僅かに視線を横に向けると、普段の優吾が信乃と呼んでいる化け物は、まさに妖艶としか称しようのない闇と毒を含んだ笑顔で応える。
「団長、いえ笹井先輩とお呼びしますか?俺は別に貴方に対して、それ程無茶なことを頼んでいる訳ではないと思うのですが?」
「あ……ああ……しかしだな」
弱々しい抗議はしかし、団長の肩に置いた指に軽く力を込めた信乃の動きに容易く封じられた。雷にでも撃たれたかの様に一瞬だけ痙攣してから力なく垂れる両腕。
「詳しくはお話し出来ませんが、これは松高の学生を一人、救う行為でもあるのですよ」
「そ、そうなのか……」
喉の奥が貼り付いたような口調で呟く団長に対して、信乃は更に畳み掛ける。
「そうなのですよ、ですからこうして笹井先輩にご協力を仰いでいる訳なのです」
ご理解頂けますか?などと、殊更に団長の顔に向けて己の頬を寄せながら囁く信乃に、とうとう団長も陥落せざるを得なかったらしい。
「判った言う通りにする!だからもう離れてくれ!!」
「そうですか、では、くれぐれも手順に粗相や遺漏の無いようお願いしますね」
呟くなり軽やかな動作で団長から離れる信乃。そして椅子に崩れ落ちる団長の身体。
「頼むから……今すぐ此処から出て行ってくれ!」
団長の悲痛すぎる叫びに優吾は僅かに眉を顰め、信乃は悠然と微笑んだまま傍らの机に置いてあった自分の学帽を被り、優雅な動作でマントを羽織りながら部室を後にする。そのまま二人が応援団が練習している付近まで近付くと、信乃の姿に目を留めた副団長が何とも言い難い複雑な視線を向けて来たが、当の信乃は相変わらず微笑みを崩すこと無く学帽の庇に手をやりながら一礼するばかりだった。
「団長とは、どういう知り合いなんだ?」
そんな優吾の問い掛けに、昔少しだけ一緒に歩いたことがあるだけですよと応える信乃。つまり、詳細を語る気はないのだなと判断して黙り込んだまま空を見上げる優吾。
彼らの頭上に広がる空は人間達の小さな企みなど知らぬげに、普段通りの霞んだ青の端々に白い雲を輝かせていた。
そこに置かれた椅子に腰掛けた応援団長が色々な意味で全身を硬直させているのを、優吾は敢えて見ない振りをしながら此処にも化け物が出たかと嘆息する。ちなみに優吾の認識する『化け物』は団長の背中に回って両肩に手を置き、何やら耳元に囁きかけている真っ最中だった。団長が恐る恐ると言った態で僅かに視線を横に向けると、普段の優吾が信乃と呼んでいる化け物は、まさに妖艶としか称しようのない闇と毒を含んだ笑顔で応える。
「団長、いえ笹井先輩とお呼びしますか?俺は別に貴方に対して、それ程無茶なことを頼んでいる訳ではないと思うのですが?」
「あ……ああ……しかしだな」
弱々しい抗議はしかし、団長の肩に置いた指に軽く力を込めた信乃の動きに容易く封じられた。雷にでも撃たれたかの様に一瞬だけ痙攣してから力なく垂れる両腕。
「詳しくはお話し出来ませんが、これは松高の学生を一人、救う行為でもあるのですよ」
「そ、そうなのか……」
喉の奥が貼り付いたような口調で呟く団長に対して、信乃は更に畳み掛ける。
「そうなのですよ、ですからこうして笹井先輩にご協力を仰いでいる訳なのです」
ご理解頂けますか?などと、殊更に団長の顔に向けて己の頬を寄せながら囁く信乃に、とうとう団長も陥落せざるを得なかったらしい。
「判った言う通りにする!だからもう離れてくれ!!」
「そうですか、では、くれぐれも手順に粗相や遺漏の無いようお願いしますね」
呟くなり軽やかな動作で団長から離れる信乃。そして椅子に崩れ落ちる団長の身体。
「頼むから……今すぐ此処から出て行ってくれ!」
団長の悲痛すぎる叫びに優吾は僅かに眉を顰め、信乃は悠然と微笑んだまま傍らの机に置いてあった自分の学帽を被り、優雅な動作でマントを羽織りながら部室を後にする。そのまま二人が応援団が練習している付近まで近付くと、信乃の姿に目を留めた副団長が何とも言い難い複雑な視線を向けて来たが、当の信乃は相変わらず微笑みを崩すこと無く学帽の庇に手をやりながら一礼するばかりだった。
「団長とは、どういう知り合いなんだ?」
そんな優吾の問い掛けに、昔少しだけ一緒に歩いたことがあるだけですよと応える信乃。つまり、詳細を語る気はないのだなと判断して黙り込んだまま空を見上げる優吾。
彼らの頭上に広がる空は人間達の小さな企みなど知らぬげに、普段通りの霞んだ青の端々に白い雲を輝かせていた。