あられの日記

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巨木探訪・町田市薬師堂のイチョウ

2019年12月03日 05時33分11秒 | 巨木・古木・ご神木・盆栽
2019/11/29参拝。
今年の夏、薬師池公園の蓮の花を見物し、薬師堂を抜けて町田ダリア園で鑑賞した。その時も大きなイチョウだなあと思ったけど、その時はじっくりとイチョウを見てなかったので、改めて見上げる。
高い。ってか、イチョウなのに葉っぱがあるのは随分上だ。これ、黄色になってるのかなあ?
実はブログを書くにあたり、撮影画像を明るさと色を調整しました。実際見上げた時は葉っぱの色もよくわからなかったんだよね。画像を最大明るくしたけど葉っぱはまだ黄色くないなあ。まだ黄緑。ほんのり黄色くなりつつある感じ?
見下ろす。木の大きさ太さに反し、根元はショボい。ってか、この程度の根元でよくこの大木が立ってられるなあ?
あ!理由が書いてある。
「町田市指定 NO.2 保護樹木 イチョウ
樹高35メートル 幹回り4、8メートル
このイチョウは、明治9年の崖崩れで3メートルほど埋まり、大木特有の堂々だる根張りは地中に隠されています。このイチョウは、雄木なので実はつきません。はるか薬師池を見下ろす豪壮たる樹冠はすばらしい。 2000年7月13日指定」
高い高いと思ったけど、35メートルもあるのね。しかも地中に3メートルは埋まってるとか。すごいです。
説明板発見:野津田薬師堂 
開山:行基 開創:天平年間
縁起:普光山福王寺と号し、聖武天皇御宇天平年間の草創にして本尊薬師如来は開山行基が彫ったもの。その時華厳経の一部と若干の封戸を賜り勅願所となる。
光厳帝の正慶2年殿宇宝経が戦乱で焼失。勅書と医王大士、夜叉神像のみ残る。(後略)
説明文をブログに転載するにあたり、だいぶん手を加えましたが、途中で挫折しました。
説明板は古字を現代の字に直し、言葉遣いも現代文で優しくしてください。(魂の叫び)説明板は読まれてナンボじゃないの!?「嚴」とか表示するの大変なのよ!「寳」とかもそうよ〜。
薬師堂から公園に戻る。
参道を降りてきた。
画像左奥にある建物はトイレ。なのに素敵な画像になった。紅葉マジックです。
蓮池チエック。今年は殆ど花がつかなかったらしい。私が訪問した時も花はほとんどなく、蕾も同じく。こういうのって年でばらつきがあるのかなあ?
薬師池に戻ってきた。上の画像中央奥、高いところで一番高いのが薬師堂のイチョウです。やっぱりまだ黄色くなってなかったよ。ちなみに、分かりにくいけど中央奥に茅葺き古民家の屋根が写ってます。手前に葉のない低木は梅林です。

11月17日に八王子いちょう祭りでいただいた花の種をベランダのコンテナに植え付けてました。ある日、窓の外が騒がしいな?と思ったものの、寒いので窓は閉めたまま。で、気づいた時にはコンテナが荒らされてました。おそらく犯人は鳥です。鳥にベランダのコンテナを荒らされるのはこれが初めてではない。こぼれた米を捨てるのも勿体無いな〜?と。コンテナで肥料になってくれ!と入れてあった時も鳥が来た。
今回のコンテナは11月初旬に去年腰痛でできなかったコンテナの土を全て入れ替た時、コンテナの中で増えすぎたグラジオラスの球根を綺麗に咲かせようとコンテナを1個増設したんですよ。だから表面に他の植物がまだ出てない1個にいちょう祭りで配ってた花の種を2列に植えたんですよ。で、それが鳥に荒らされた。コンテナから肥料に入れた腐葉土がベランダにばらまかれてましたよ。ええ。ちきしょ〜!!その時に花の種もやられたんだろうとほとんど諦めてたのですが、芽が出てました。一部。
つまり一部残ってた。11月中の植え付け可な種ですが、早くも最高気温が10度程度の日がやって来ちゃった。もう少し芽が育っててくれてればよかったんだけどな。残った芽が来年咲けるように手入れ頑張ろう。去年は腰痛で手入れが出来ず、だいぶん諦めちゃったからね。手入れさえ楽しめる。
コメント
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