あるBOX(改)

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マーキー・クラブ、身売りへ

2003年01月25日 | 生活
洋楽サイト情報を意訳~

【 60年代、ザ・フーやデビッド・ボウイ、ローリング・ストーンズ等が出演したことで知られるロンドンの老舗クラブ、マーキーが身売りする事になった。
オーナーは、マーキーの知名度を活かしてライブ会場としての運営続行を希望、音楽関係者へ売却したいとしている。
なお、最低売却価格は約240億円になる模様。
 マーキー・クラブは1958年、ロンドンのソーホー地区に誕生。60年代には新人時代のThe WhoやR・ストーンズ等が出演し、情報発信源としてピークを迎えた。70年代中期にはパンクブームに押され人気も下降線を辿ったが、出演バンドをニュー・ウェイブ系に一新して存命。88年に近郊のチャリング・クロスに移転し、旧世代グループも交えたラインナップで運営を続けていたが、96年に一旦閉鎖。
 昨年9月にロンドン北部アイリントンで再オープンを飾ったが、プライマル・スクリームが出演した記念イベントなど巨額の立ち上げ費用がかさみ、開店直後から経営難に陥っていたとの事 】

・・・数年前、CSの音楽チャンネルでBBC製作のマーキークラブ・ドキュメンタリーを放送していたが。
往年のスター(?)デイブ・ディーが、「デュランデュランが好き」とか言う小娘を連れてマーキーゆかりの人物を訪ねて行くと言う趣旨で。多分、一旦閉鎖の前に製作された物だろうな。
もちろん、大物のグループの新人時代の演奏シーンもあり。ザ・フーの白黒映像もあったような(ビデオ録ったの間違って消去してしまった。嗚呼!!)。「マキシマム・R&B」の頃だね!
そして、デイブ・ディーが「こんなヤツが出てきたら溜まらないと歌うのを辞めちゃったよ」と語ったジミ・ヘンドリクス。
米国で扱いに困られていた異端児を受け入れ、開花させた事が英国音楽界の誇りだ。
それにしてもD・ディーは音楽辞めて何して食ってたんだろ(笑)?司会とか役者とかヤってたのか?
「友人を紹介しよう。ロッド・スチュワートと一緒にやってた奴さ」と小娘を連れていった先がケニー・ジョーンズ宅。
いや、自宅かどうかは怪しいが(笑)。なにやらドラムの練習音が・・・。
むしろ英国音楽マニアには、スモール・フェイセズのドラマーとして知られるK・ジョーンズ。当時の思い出を語り・・・。
その後、現われたのがフィル・コリンズ。彼は、むしろファンとして通った時代を懐かしんでいた。「ヤードバーズを目当てに会場に潜り込んだ物だよ。彼等はカッコ良かった」。
マーキー関係者も思い出を語り。
「ロリー・ギャラガーは素晴らしかった」と懐かしんだりして(あの人は小さいハコで熱演するタイプだったからなぁ)。
R・ギャラガーの当時の映像なども登場。嗚呼、名ライヴ「ヨーロッパ・ツアー」のアルバム・ジャケと同じ赤いチェック・シャツだ(涙)。
関係者の回顧は続き・・・。
苦しかった(?)ニューウェーブ時代を乗り越え、旧世代バンドの再結成ライブなどで糊口をしのぎ(ユーライア・ヒープとかヤってた気が・・・)。
「そんなマーキーに、出演オーディションを受けに来る若いバンドもあり、老舗クラブはこれからも続いて行くのだろう・・・」とか言ってドキュメンタリーは終わったのだが。

そんなマーキーも、いよいよ危機なんだなぁ。ロンドン行った時に見に行きゃよかった。ライブ会場として残れるかは、微妙だなぁ・・・。
ウィスキー・ア・ゴー・ゴー、UFOクラブ。
伝説の会場を訪れず終わるのは寂しいなぁ~。

なお、デイブ・ディーの映像は「ビート・クラブ(独の音楽番組)」のビデオで見たが。
「ザバダック」って曲、白黒映像でエスニックな打楽器を叩き回るディブ・ディーはアイドル然としており。なかなか面白い演奏だった(口パク丸出しだが)。
ま、60年代のアダム・アントってトコだな(←なんだ そりゃ!)