令和2年。
赤き帝国から端を発した災厄は、全世界を混乱の渦に巻き込んでいます。
大いなる災厄があったとしても、春は確実にやってきて、桜はいつもと変わらぬ美しい花を咲かせます。
この日は女王様をお勤めの場にお送りし、帰りに少しだけ寄り道をしました。
わが本拠地・柏で桜の名所というと、利根川にほど近いあけぼの山というところがあります。
あけぼの山の桜の様子をチラッと見ていこうというわけです。
そしてあけぼの山の傍らにあるのが、「布施弁天」紅龍山東海寺。
柏市随一の名刹なのですが、私は今まで参拝したことがありませんでした。
そこでこの機会に、布施弁天さんにも参拝していきましょうというわけです。
柏ナンバーのかわいいクルマを駐車場に停め、
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/7c/a9/ac540016012a3e050ea0d0605e1c78f9.jpg)
段葛?から参拝開始。
鳥居が立っていますが・・・でもここってお寺ですよねぇ?
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/3b/27/076a8f010eaa270c2d4c40885e59f174.jpg)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/02/a6/00f78bf2efd84c4d3266b63677a92dc4.jpg)
楼門【千葉県指定文化財】をくぐります。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/02/a2/7f20f30ea22034cd967201bad0ac46a8.jpg)
楼門はけやき造りの二階建てで、階上に釈迦三尊、階下に四天王が安置されています。
扁額の文字は「最勝閣」。
軒下の龍、麒麟などの彫刻も見事です。
楼門の前に構える白い枠のようなものも楼門の一部分で、あたかも竜宮城の門のようなかたちをしています。
現在はコンクリートでできていますが、建築当時は白漆喰で塗り固められていました。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/6b/c8/d3128f42e035d099acbbeed683c82b9c.jpg)
東の持国天、
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/02/7f/2ec9fbb37ba4786a21fc968a4503fb1e.jpg)
南の増長天、
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/49/3f/11160e74f758fe5c80b11d90df1e67ad.jpg)
西の広目天、
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/45/41/6860a89dbc22446ac49b5dcdf825ebad.jpg)
北の多聞天。
四天王を拝礼して、境内へ。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/4f/1d/713b638e6fbe39e8d1e7133e8d9db25a.jpg)
境内はそれほど広くなく、早速本堂が見えてきます。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/6d/2e/3e1ae4c53ef789ff8cdb0b9e8877ed8b.jpg)
手水舎で手水を・・・・・・
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/4f/bc/7cbe897387804974684fa1cec4cf7a81.jpg)
時節がら、今回は手水なし。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/4a/fc/315d85610785e1840c78391094c707af.jpg)
本堂【千葉県指定文化財】でお詣り。
「世を脅かす災厄が、一刻も早く取り除かれますように」
もちろん「女王様のご多幸」も忘れずに祈念しましたよぉ~。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/53/6a/92bbd2c641a4c70e372866ca12119426.jpg)
本堂には、皇室の象徴「菊花紋」が掲げられています。
傍らの灯籠にも、菊の御紋が施されています。
これは、弘仁14年(823年)東海寺が嵯峨天皇によって勅願所に定められたことに由来します。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/57/d0/b0cbccdc79d6572cc0e55fb701c68efa.jpg)
布施弁天がおわすこの地は、江戸時代中期には沼田藩(現在の群馬県沼田市周辺)を治める本多氏の所領(飛び地)となりました。
藩主の本多正矩は布施弁天を篤く信仰し、各地の大名から寄進を求め、享保2年(1717年)に現在の本堂を完成させました。
本堂内陣(本尊をお祀りする空間)の天井には、寄進した諸大名の家紋が描かれているそうです。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/12/35/bbb11c78ee404afb8040fd3c12ec2916.jpg)
本堂の傍らには、鐘楼【千葉県指定文化財】が建っています。
この鐘楼、かなり珍しいかたちをしています。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/2a/9d/0126120700a7f0af2ce1eac4494f3630.jpg)
屋根が△、上層が〇、土台が□の多宝塔のようなかたちをしています。
このような形式の鐘楼は、全国的にもまれなのだとか。
そして土台は□というよりも多角形、正確には八角形です。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/3d/67/642315126a329ee400fee36a4e95e28d.jpg)
棟札によると文化15年(1818年)建立で、筑波の名主を務めた飯塚伊賀七という人物が設計しました。
伊賀七は「からくり伊賀」と称される発明家で、この鐘楼の設計図は現在も残っているのだそうです。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/6e/2e/0e7dace1a6106d7ed8e1d626f189013f.jpg)
三重塔。
こちらは昭和48年(1973年)の建立。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/03/d5/9c99a2480fcd6f87bffc3704594103f5.jpg)
布施弁天参拝、〆は東海寺の高台の際にお立ちのfont color="blue">布施観音像。
この日は天気がとても良く、筑波山がくっきりと見えました。
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます