やや遅いランチを堪能し、時刻は午後2時前。
帰りの集合時間が午後4時45分なので、鎌倉駅までの戻りの時間を考えると、もう1ヶ所くらいは行けそうです。
なのでスマホさんの助力で、報国寺付近の寺院仏閣を調べてみると、
「浄妙寺 枯山水の庭が美しい寺院」
という記述がありました。
庭好きの私にとってはなんとも魅力的な響き。
即決して、徒歩で向かうこととしました。
金沢街道から脇道に入って歩くこと約2分、山門に到達しました。
山門をくぐってすぐの受付で、拝観料100円を支払います。
本堂へ至る参道の両側に、さっそく枯山水の庭が広がっています。
こちらの枯山水は、石庭よりむしろ植わっている草木がメインのようにも見えました。
この日の紅葉はまだ色づき始めといった具合ですが、樹冠の部分の紅葉はとても美しいものでした。
色づき始めの紅葉だけでなく、
路傍の草花も美しい。
(C)傍の御前
野菊に止まるハナアブ。
御前の画像はなぜだかわかりませんが、動物がよくカメラ目線になります。
振り返ってみると、なんだか山の中にいるような感じ。
鎌倉の狭い地形が織りなす光景ですね。
本堂でお詣り。
その裏側は墓地になっています。
その中にぽつんとある1基の墓、足利貞氏公の墓。
足利貞氏は、のちに室町幕府を立てる足利尊氏の父です。
本堂から脇に入ると、白石の美しい枯山水が見えます。
ツバキ越しの枯山水。
このあたりから枯山水に近寄ることができるかと思ったのですが、どうにもたどり着けません。
木々の色づきを見ながら境内を歩いていくと、
崖が現れ行き止まり。
そしてここには足利直義墓がありました。
この人が足利直義。源頼朝ではありませんよ~。
足利貞氏の子で、尊氏の弟です。
戦は強いが精神的には弱いところがある尊氏を政治面で支えた弟。(弟は戦がかなり弱かったのですが)
敗走する尊氏軍の立て直し、室町幕府の屋台骨の形成など、裏方で辣腕を振るいました。
しかしながら足利家の執事・高師直と対立し、兄が師直に加担することで兄とも対立してしまいます。
師直の排除には成功しましたが、兄はなんと敵であるはずの南朝に降伏。
直義は次第に追い詰められ降伏しますが、鎌倉で幽閉され、直後に変死してしまうのです。
ちなみに「頼朝」と教えられてきたこの肖像は、現在では足利直義のものであるというのが定説になってきています。
兄の尊氏の肖像も、じつは尊氏ではないそうです。
足利直義墓から引き返し、小ざっぱりとした枯山水に向かいます。
「石窯ガーデンテラス」・・・ここでもない。
本堂付近まで戻り、脇道をよくよく探してみると、
枯山水にたどり着くことはできました。
できましたが・・・なかなかよろしい画角が見当たりません。
よさげなのは、枯山水に隣接している茶屋の中から見た画のようですが・・・茶屋から枯山水を望むにはお抹茶(500円)を飲まなきゃならない様子。
お抹茶は竹寺でいただいたので、もういいかな~・・・・・・
この寺は茶一杯飲まねぇと、庭一つ見せてやらねぇってか!
傍の御前の前でボヤいてしまいました。
枯山水をよく見られなかったのは残念でしたが、色づき始めの木々と蒼天は美しく、我々は晴れ晴れとした心持ちで浄妙寺を後にしました。
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