徒然日記

街の小児科医のつれづれ日記です。

イギリスの予防接種事情

2012年11月16日 21時31分41秒 | 小児科診療
イギリスでロタウイルス・ワクチンが定期接種化したというニュースが流れました。
ポイントはコスト重視の欧米医療の中で、費用対効果が悪いのに採用・導入されたことです。

イギリスでロタワクチン定期接種,費用が医療費削減効果上回るとの試算も
(2012.11.15:MT Proより抜粋)
 英保健省(Department of Health)は来年(2013年)9月からロタウイルスワクチンを定期接種プログラムに導入することを発表した。使用されるのは1価のロタウイルスワクチン(商品名:ロタリックス)。英保健サービス(NHS)が示した試算によると,同ワクチン定期接種化に伴う新たなコストはロタウイルス感染症に伴う入院や治療のコスト削減幅を上回るようだ。それでも,導入が決断された理由とは?

海外の定期接種化の状況,米国の臨床研究の成績なども考慮

 保健省のリリースによると,英国では5歳未満の小児の下痢による入院が年間14万件に上り,ロタウイルスによる下痢で入院する小児の割合はそのうち10%程度(1万4,000人)。
 今回,予防接種諮問委員会(JCVI)が同ワクチンはロタウイルスの感染予防法として費用効果に優れ,小児に健康上のベネフィットをもたらすと結論付けた。
 NHSによると,同ワクチンの定期接種化に当たっては年間約2,500万ポンド(1ポンド=約127円:11月15日付けyahooファイナンスを参照,31億7,500万円)のコストがかかる見込み。しかし,「入院や家庭医,救急外来の受診を抑制することでNHSは年間約2,000万ポンドのコストを抑制できる」他,「数千人の小児を,つらく,ストレスフルな疾患から守れるだろう」との見解を示している。
 保健省はJCVIの結論を受けて,ロタリックスの定期接種プログラムへの導入を判断。導入の理由について同省は「既に米国など多くの国で定期接種化されていること」「米国の研究で,ロタウイルスワクチン導入後小児のロタウイルスによる入院が3分の2以上減少していたとの結果が示されたこと」を挙げている。

 現在,英国では定期接種としてジフテリア・破傷風・百日咳,ポリオ,インフルエンザ菌b型(hib)の五種混合ワクチン,小児用肺炎球菌ワクチン,髄膜炎菌C型(MenC)ワクチン,麻疹・ムンプス・風疹(MMR)三種混合ワクチン,ヒトパピローマウイルス(HPV)ワクチンなどが小児~学童期に実施されている。この他,B型肝炎(HBV),小児結核(BCG),水痘,季節性インフルエンザワクチンは定期接種(2014年から経鼻ワクチンが定期接種化の予定)ではないが,医師の診断などにより必要と判断された小児は無料で接種できる。


 欧米では、予防接種より実際に病気にかかる方がコストがかかるからと云う理由で対象が広がってきた経緯・歴史があります。
 ところが今回のロタウイルス・ワクチンに関しては、赤字覚悟で実施するという異例の判断されたのです。そこには子どもが苦しむ病気を減らしたいという思いが込められており、ちょっと感動しました。
 責任逃ればかりで及び腰の日本の予防接種行政も見習って欲しいものです。

 ニュースの最後の方で「イギリスでは2014年からインフルエンザ経鼻ワクチンが定期接種化の予定」とあることに注目(下記ニュースも参照)。
 現在日本で採用している注射剤の不活化ワクチンは採用せず、経鼻生ワクチンのみを定期接種化するという意味です。つまり、不活化インフルエンザワクチンの効果を評価していないことになります。
 
英国,全小児へのインフルエンザワクチン接種を勧奨 高齢者・高リスク者対象からプログラム拡大
(2012.7.31:MT Pro より抜粋)
 先週,英国保健省が,同国の2~17歳の全ての小児に季節型インフルエンザワクチンの年1回の接種を勧奨すると発表した。今年(2012年)初め,同国の予防接種諮問委員会(JCVI)が従来の高齢者や妊婦など,インフルエンザ重症化の高リスク群を対象とした予防接種プログラムを小児にも拡大することを政府に勧告していた。今回の勧告で小児に推奨されるのは経鼻投与の弱毒生ワクチン。ただし,同省はプログラム変更が実施されるのは,早くて2年後の2014年としている。

◇ 900万人分のワクチン製造が可能になるのが2年後

 保健省長官のAndrew Lansley氏は「全ての小児に無料でインフルエンザワクチンを提供する試みは英国が初めてだろう」と声明で述べている。これまでの同国の予防接種プログラムにおけるインフルエンザワクチンの優先対象者は,喘息や心疾患,脳性麻痺などの基礎疾患を有する小児や65歳以上の高齢者,糖尿病患者や妊婦など。
 今回の政府の予防接種プログラム拡大に当たり,JCVIはこれまでの研究成果を踏まえ,「2~17歳の小児へのインフルエンザワクチン接種による集団免疫効果で,小児間のウイルス伝播あるいは,高リスク成人の罹病率や死亡率抑制が示唆されている。接種の費用効果は小児よりも成人で大きい」などと提言。
 また,小児への接種プログラム拡大にはインフルエンザワクチンの種類が大いに関係しており,数年以内に同年齢層の小児への経鼻型弱毒生ワクチンが利用可能になることが期待されるとしている。
 同国で接種勧奨年齢の小児に使用される予定の経鼻ワクチンは,英アストラゼネカが販売するFluenz。欧州医薬品庁(EMA)が2011年に24カ月~18歳以下の小児に対する適応を承認している。英保健省は英国内で全対象小児900万人分をカバーできるワクチンを供給できるようになるのは,最も早くて2014年との見込みを示す。

6週間程度で接種をどう行うか「スクールナースが全然足りない」の声も

 さらに接種プログラム拡大に当たって解決すべき問題がいくつかあると保健省。JCVIは学童期に達しない小児への接種は家庭医が,学童期の小児への接種をスクールナースが担うのが最善と勧告。しかし,900万人もの接種対象者をカバーするには誰が最も適切か,また接種に必要なトレーニングを誰が行うかはこれから解決すべき問題だと同省は述べている。さらに接種勧奨時期である流行期の6~8週間前にどうプログラムを実行するのか,また保護者が安心できる情報を誰が提供するのが最善なのかといった課題も残っているという。
 英医学誌のBMJは7月26日公式ニュースで,地域小児医療のコンサルタントDavid Elliman氏のコメントを紹介している。同氏はJCVIの勧告の根拠に未発表文献が含まれていることを指摘。同ワクチンの安全性に問題はないものの,全小児を接種勧奨の対象とするベネフィットをはっきりさせてほしいとコメントしている。さらには経鼻ワクチンのベネフィットが最も大きいとされる学童期の小児への接種は学校で行うのが最善とのJCVIの勧告を実現するにはスクールナースがかなり不足していると懸念を示す。
 保健省の声明ではある程度(moderate)の接種率により,インフルエンザ罹患率の40%減少が見込まれ,これに伴い少なくとも年間1万1,000件の入院が減少,2,000件の死亡が回避できると試算されている。一方,BMJはたとえ15~50%程度の接種率を達成するにしても,現状の数倍のスクールナースが必要になるだろうとしている。さらに同氏は,多忙を極めるスクールナースの業務がさらに増加すればモラル低下を起こすとの懸念を示す。一方,小児や高齢者にとって,JCVIの新たな勧告は歓迎すべきとの別の専門家の声も紹介されている。

 経鼻インフルエンザワクチンは注射型のワクチンと異なり,ウイルスの感染防御に対し有効である他,交叉防御能を有しているため流行予測と実際流行した株が異なっていた場合も有効性が期待できる特徴がある。米国では2003年に経鼻ワクチン(商品名FluMist,MedImmuneが販売)が5~49歳の健康な小児および成人を対象に承認。2007年からは2~5歳の小児に適応が拡大された。いずれの経鼻ワクチンも2歳未満の小児や妊婦での安全性は確認されていない他,免疫能低下や重度の卵アレルギーを有する人には接種できない。


 もう一つ注目点は「スクールナース」という職種。日本で云えば養護教諭のようなものでしょうか。その看護師が学童の集団接種を実施するという、日本にはない役割分担がされています。
 リスクのある仕事は何でも医師の責任にして押しつけ、結果が悪ければ犯罪者にされかねない日本の医療と異なります。アメリカでも資格のある看護師が予防接種を担っており「日本の常識は世界の非常識」ですね。
 こんなニュースを目にするたびに溜め息が出ます。
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おたふくかぜワクチンの予防効果

2012年11月08日 21時28分36秒 | 小児科診療
 ご存じのように日本ではおたふくかぜワクチンは任意接種(費用は自己負担)です。
 接種率は約30%と低く、小流行を繰り返しているのが現状です。

 しかし、その昔は定期接種だった時期がありました。
 今の「MR」ワクチンの前身、「MMR」ワクチンがそれです(1989~1993年)。
 無菌性髄膜炎の副反応が予想より多く(でも自然感染よりは少ない)、当時の世論から接種を中止せざるを得ませんでした。
 私のおぼろげな記憶によると、製薬会社との癒着で副反応が多い「占部株」が採用されたためと新聞記事に出ていましたが、今となっては確認するすべがありません。

 日本は上記副反応の後遺症から「MRを2回接種」に甘んじています。
 一方、世界的には「MMRを2回接種」が標準です。
 そしてさらに完璧を目指すべく「MMRを3回接種」という検討がなされ、その効果が報告されました;

3回3種混合、おたふく激減【米国小児科学会】11歳から17歳に実施、地域の発生にまで効果示す
(2012年11月8日 米国学会短信)
 米国小児科学会(AAP)は11月5日、3種混合ワクチンの3回の接種により、2回接種と比較すると、流行性耳下腺炎(おたふく風邪)の発症をほぼ完全に抑え込み、地域の流行も激減させるという最新の報告を伝えた。学会発行のPediatrics誌12月号に掲載している。
 米国疾病対策センター(CDC)を中心とした研究グループは、米国ニューヨークの11歳から17歳を対象として、3回目の3種混合ワクチンの接種を実施した。この結果、この年齢層の流行性耳下腺炎の発症を96%抑制。さらに、地域での発症を75.6%も減らした。
 学会は、特定の年齢層を対象として3回接種の効果を示した最初の研究と解説している。

【関連リンク】
Third Dose of MMR Vaccine May Help Control Mumps Outbreak
Impact of a Third Dose of Measles-Mumps-Rubella Vaccine on a Mumps Outbreak


 この勢いでは、アメリカではおたふくかぜも過去の病気になりそうですね。
 もう一つ、おたふくかぜワクチンの話題;

ムンプスワクチン、精巣炎減らす
2012年11月05日

文献:Barskey AE et al.Mumps Outbreak in Orthodox Jewish Communities in the United States.N Engl J Med 2012; 367:1704-1713.

 2009年と2010年に集団発生した米国の正統派ユダヤ教コミュニティにおける流行性耳下腺炎(ムンプス)の検体1678件を調査。患者は13-17歳と男性に偏っていた。ワクチン接種状況が判明している13-17歳の症例患者の89%は2回接種、8%は1回接種だった。精巣炎発生率はワクチン非接種群が2回接種群より有意に高かった


 日本はどんどん置いてけぼり・・・いつまで「MRを2回接種」を続けるのでしょうか?

<参考資料>「ムンプスワクチンの開発と開発過程における問題点
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「日本脳炎ワクチンの接種勧奨変更の必要なし」

2012年11月04日 06時47分17秒 | 小児科診療
 先日の日本脳炎ワクチン接種直後死亡例の厚生労働省(予防接種部会日本脳炎に関する小委員会)による検討会が開かれ、その内容が公開されました。

「日本脳炎の予防接種死亡例について」

 それを受けた報道です;

「日本脳炎ワクチンの接種勧奨変更の必要なし」/予防接種部会日本脳炎に関する小委員会
[MT Pro:2012年10月31日]
 本日(10月31日),厚生科学審議会予防接種部会日本脳炎に関する小委員会(委員長:国立成育医療研究センター名誉総長・加藤達夫氏)は,今年(2012年)の日本脳炎ワクチン接種後に報告された2例の小児の死亡例およびこの数年におけるADEMを含む脳炎・脳症例の動向を評価。厚生労働省に対し「現行の予防接種制度を変更する必要はない」との提言を行った。

接種後の死亡2例「同様の事例の集積考えにくい」
 今回,冒頭に2件の小児の死亡例(5~9歳未満,10歳の男児)に関する症例概要と6人の専門医による評価結果が提示。それによると,いずれの症例もてんかんや広汎性発達障害などに対する治療歴を有していた。うち1例は,QT延長症候群や突然死に関する警告表記のある薬剤に加え,併用禁忌とされている薬剤(アリピプラゾール,ピモジド製剤,塩酸セルトラリン)が日本脳炎ワクチン接種前まで使用されていたことなどが記されている。
 委員や参考人らは,いずれの症例も同ワクチンそのものとの関連は極めて低い,あるいは情動ストレスなど別の要因も考えられるとの意見で一致。死因に関する最終結論を出すにはより詳細な検証が必要だが,いずれも同様の事例が集積することは考えにくいことから,直ちに現行ワクチンの使用を中止する必要はないとした。

「副反応報告」の信頼性問う意見続出
 さらに,先頃報道された「2011年と12年における同ワクチン接種後の『副反応報告』数がそれぞれ100例を超えていた」との件についても,厚労省から説明が行われた。この100例超の「副反応報告」には,発熱や局所の腫脹など,予防接種後に多く見られる事象も含まれている。今回は比較的重篤な副反応とされる「ADEMを含む脳炎脳症」に論点が集中した。
 提示された資料によると,同ワクチンの積極的勧奨が差し控えられた2005年度から09年度までの脳症脳炎の報告は0~3例(厚労省が算出した同年度におけるこの間の全国の推計接種回数:14万1,421~95万60回)。しかし,勧奨が再開された2010年度と12年度はそれぞれ3例(推計接種回数436万7,716回),9例(同561万1,321回)の報告があった。
 これに対し,複数の委員から「副反応報告」の正確性,信頼性を問う意見が続出。厚労省は同報告を「予防接種との因果関係の有無に関係なく,予防接種後に健康状況の変化を来した症例を単純集計したもの」と定義している。さらに「脳炎脳症」などの分類は報告を行った医師の申告のみに基づいており,今回の死亡例のような複数の医師による検証は行われていない。委員からも,今回示された症例概要に基づき「ADEMではない可能性が高いにもかかわらず,ADEMと報告されている症例もある」との指摘があった。厚労省側も個別の症例を精査していないことを認め,今後改善していきたいとした。
 また,一昨年度と昨年度の脳炎脳症の報告数の差についても「同ワクチンは定期接種であり,2つの年の接種率に大きな差はない。脳症脳炎の報告数にワクチンが関連するのであれば,両者になんらかの関連が見られるはずで,他の要因も考慮すべきでは」との意見も出された。
 さらに,現在の日本,および近隣国での日本脳炎の疫学状況や予防接種体制に関する説明も行われた。最終的に加藤氏が「現在でも日本脳炎は脅威の疾患であると考えざるをえない。厚労省も指摘している通り,現在の副反応報告体制は十分とはいえない。一方,海外の報告ではADEMは日本脳炎ワクチンだけでなく,各種ワクチンの接種後50万~100万回に1回の頻度で見られるとの指摘もある。これらを勘案すると今回,直ちに現在の日本脳炎ワクチンの接種を中止するという必要性はないと判断する」と提言をまとめた。今回の提言をもとに,今後厚労省から正式な対応が発表される見込み。(坂口 恵)


 私が読んで感じた問題点は、
1.かかりつけ医が併用禁忌の薬剤を処方していた。その薬は心臓突然死を惹起する可能性が報告されていた。
2.家族が他の医療機関へ通院し投薬を受けていることを、予診票に記載することなく事後報告した。
 の2点です。

飲み薬併用、メリット考え処方 美濃の男児死亡で医師見解
(2012年11月02日:岐阜新聞)
 日本脳炎の予防接種6 件を受けた美濃市の男児(10)が急死した問題で、男児に薬を処方していた岐阜市のかかりつけ医6 件(52)が1日、取材に応じ、処方した2種類の薬の組み合わせを厚生労働省が併用禁止と定めていることについて、「知っていたが(自閉症などの症状が治まる)メリットを考えて処方してきた」と語った。
 男児は2010年5月中旬に初めて来院。医師は、自閉症によるパニック症状を軽減する薬など3種を処方していた。このうち興奮を抑える「オーラップ」と、今年9月に初めて処方した夜尿を防ぐ「ジェイゾロフト」が併用禁止だった。
 厚労省によると、この2種類の薬を飲んでいる状態で精神的緊張を強いられると、脈が乱れ、最悪の場合は死に至るとされる。併用禁止は医薬品の添付文書に示されているが、薬事法などの禁止や罰則の規定はない。厚労省は「医師が文書の内容を承知の上で、医療上必要と判断した場合、処方を禁止するものではない」としている。
 医師は、男児の両親に併用禁止を伝えてなかったというが、「体調に変化があったら服用を中断するように伝えていた。併用が原因で急死に至ったとは思わない」と話した。


 見方を変えると、接種医は被害者の側面もあると思われます。

 それにしても、今回の報道でもマスコミの「不安扇動報道」が目立ちました。
 特に用語の誤った使用法。
 予防接種後の体調不良を、ワクチンとの関係を問わず「有害事象」と呼びます。そして有害事象の中でワクチンと関係があるものを「副反応」と呼びます。
 ですから、真の「副反応」は報告される「有害事象」の中のほんの一部なのですが、マスコミは「有害事象=副反応」と相変わらず誤用し、勉強不足が否めません。
 感染症専門医の御意見番、青木先生がブログにまとめています;
感染症治療の原則~各社報道一覧
 無用の混乱を招く一因となっていますので、マスコミの方々には社会的責任を認識した報道姿勢を強く希望する次第です。
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