先日、件名の二つのワクチンを同時接種する機会がありました。
その際に、時間が押しているのについ私がしゃべってしまったこと。
私「ヒブワクチンの“ヒブ”はインフルエンザ菌の略だって知ってますか?」
母「?」
私「ヒブはアルファベットで書くとHiBでHaemophilus Influenzae type B、つまりB型インフルエンザ菌の略なんです。」
母「??」
私「インフルエンザと名前の付く病原体にはウイルスとバクテリア(細菌)があるということです。」
母「???」
まくしたてる私に患者さんのお母さんは混乱している様子。
ここからは解説モードでいきます。
インフルエンザ菌はインフルエンザウイルスが原因の季節性インフルエンザと無縁ではありません。
1930年代以前に、季節性インフルエンザ患者さんのタンから検出された菌であり、当時はこれがインフルエンザの原因・正体だと信じれらていたのです。
「1930年代」と区切ったことには意味があります。
この1930年代に電子顕微鏡が発明されました。
それまでの光学顕微鏡(理科の実験で使うアレ)より解像度が高く、
今まで見えなかった小さな小さなものも見えるようになりました。
バクテリアは光学顕微鏡で見えますが、
その百分の一の大きさしかないウイルスは見えません。
電子顕微鏡が登場して初めてウイルスが人の目に触れるようになりました。
そして季節性インフルエンザ患者から検出されたウイルスが感染症の真犯人であることが同定され、インフルエンザウイルスと命名されたのでした。
すると、それまで原因とされてきたインフルエンザ菌の立場がありません。
まあ、冤罪でもあったわけですけど。
ふつう、名前を変えるとかの措置が行われそうなものですが・・・そのまま名前が残ってしまいました。
というわけで、インフルエンザ菌とインフルエンザウイルスの両方の名前が残って現在に至ります。
さて、B型インフルエンザ菌に対するワクチンが開発された際、
「インフルエンザ菌ワクチン」と呼ぶと、
すでに定着していた季節性インフルエンザウイルスに対する「インフルエンザワクチン」と混同され、混乱することが目に見えていましたので、ちょっとひねって「ヒブワクチン」と呼ぶことにしたのでした。
実は、光学顕微鏡時代の残念な誤解例はほかにもあります。
かの有名な、野口英世博士。
かれは黄熱という感染症の研究に生涯をささげました。
しかし、患者から得られた検体から病原菌がなかなか見つかりません。
彼は「わからない、わからない・・・」と言い残して、
その黄熱に感染して命を落としたと伝えられています。
彼が使用していたのは光学顕微鏡。
そう、黄熱の原因はバクテリアではなく、ウイルスなのでした。
血眼になって探しても、光学顕微鏡では見えなかったのです。
のちに電子顕微鏡の時代になり、黄熱の原因はウイルスであることが判明しました。
<参考>
■ インフルエンザなのに細菌? 生後2カ月で打つワクチンの大切な役割
インフルエンザが心配な時期になっていました。この場合の「インフルエンザ」は、インフルエンザウイルスによる感染症のことを指します。実は、ウイルスよりずっとサイズが大きい細菌の仲間にも、インフルエンザという名前のついたものがいます。生まれて初めてのワクチンは、この「インフルエンザ菌」による怖い感染症を防ぎます。
今回ご紹介するのは、インフルエンザ菌です。なぜ、この菌も「インフルエンザ」という名前が付いているのでしょうか。
ウイルスは通常の顕微鏡では見えないくらい小さいため、インフルエンザの真犯人の発見は遅れました。インフルエンザの原因が分からなかった時代に、インフルエンザの原因であると間違えられて、「インフルエンザ菌」という名前がつけられました。
インフルエンザ菌からすると、ぬれぎぬであるわけですが、疑われても仕方ない理由もあります。というのも、インフルエンザ菌は、インフルエンザ後の肺炎の原因になるからです。
インフルエンザウイルスは、それ自体で肺炎を起こすことは非常にまれです。現在流行しているCOVID-19の原因ウイルスである新型コロナウイルスは特殊なウイルスなので肺炎を比較的起こしやすいウイルスですが、肺炎を起こすウイルスは種類が限られています。
しかしながら、インフルエンザウイルスなどの気道に感染しやすいウイルスは、気道粘膜を傷つけ、病原体を侵入させやすくします。
気道粘膜には、元々、気道内に入り込もうとする病原体を外に押し出す線毛という装置があります。ほかにも、粘液や抗菌物質を放出するなど、病原体が入り込みにくいバリアーの機能を果たしています。ところが、インフルエンザウイルスがこのバリアー機能を壊すことで、細菌が肺内に侵入しやすくなります。したがって、インフルエンザに続いて起こる肺炎は細菌性肺炎で、続発性、または、二次性の細菌性肺炎と呼びます。
肺炎球菌と並んで肺炎を起こしやすいのがインフルエンザ菌です。こうした理由から、インフルエンザの患者さんからインフルエンザ菌が分離され、インフルエンザの原因と勘違いされたようです。インフルエンザの真犯人が判明した後も、名残でインフルエンザ菌という名前だけが残りました。本当の意味で、「名残」ですね。
インフルエンザの犯人ではないことは分かりましたが、病原体であることには変わりありません。
インフルエンザ菌は、鼻の中(鼻腔(びくう))などの気道を好んで、普段からすみついています。気道にいるからといって、必ずしも病気を起こすわけではありません。
現に、健康な人の鼻腔などからもインフルエンザ菌が一定程度分離されます。年齢によっても異なりますが、小児では、数十%程度が保菌しています。
一見おとなしそうな細菌ですが、時に、感染症を起こします。のちに詳しく述べますが、インフルエンザ菌のタイプによって、起こす病気が異なります。おとなし目のタイプは、小児の中耳炎、副鼻腔炎、気管支炎、肺炎などの気道感染症がメインとなります。
おとなし目とはいえ、肺気腫などの慢性閉塞(へいそく)性肺疾患(COPD)と呼ばれる基礎疾患を持っている場合には、気管支炎、肺炎などを起こし、重篤な感染症になることがあります。このタイプのインフルエンザ菌の場合、これといった病気の予防法はありませんが、肺炎などにならない普段からの健康づくりは重要です。
おとなし目ではないインフルエンザ菌、平たく言うと狂暴なインフルエンザ菌もおり、菌血症や髄膜炎といった、さらに危険な病気の原因となります。髄膜というのは、脳を覆っている膜ですから、髄膜炎は脳の手前まで病原体が侵入していることを示し、極めて危険な感染症です。このタイプに関しては、後述のように予防方法が確立しています。
私の子供のころに比べ、近年は、随分とワクチンの種類が増えました。ワクチン接種は、生後2カ月から始まります。生後2カ月というと、昼夜逆転している赤ん坊も多く、両親もくたびれている中でワクチン接種のスケジュールをこなさなければならないので大変です。
生後2カ月から始まるHib(ヒブ)・肺炎球菌ワクチンっていったい何だろう、と思いながら、または、定期接種だから、という理由で接種していた方もいらっしゃると思います。
ヒブ・肺炎球菌ワクチンというのは、2種類のワクチンの総称です。同時に接種しますが、混ぜて接種するわけではなく、同日に2本接種することになります。
Hibの意味を知るには、インフルエンザ菌の正体を知っておく必要があります。まず本当の名前(学名)は、Haemophilus influenzae(ヘモフィルス・インフルエンゼ)といいます。なお、HaemophilusのHaemoは血液、philusは好き、という意味なので、血液好きという意味になります。
インフルエンザ菌は、大きく分けると、サラサラとネバネバに分けられます。先述のおとなし目のタイプがサラサラ、狂暴なタイプがネバネバです。ネバネバの原因は、菌の外側を覆っている莢膜(きょうまく)という多糖です。多糖というのは水あめのようなものです。さらに、ネバネバは、構成成分によって、a~fの6種類に分類されます。
このうち、b型の菌は新生児の髄膜炎(実際には髄膜炎だけではなく、菌血症などを含めた侵襲性感染症の予防というべきですが、簡略化しています)を起こしやすいことが知られています。
このb型菌のことを、Haemophilus influenzae type bとよび、頭文字をとって、Hib(ヒブ)と呼んでいます。このHibのネバネバ成分を加工したものが、ヒブワクチンです。私もこういう仕事についていなかったら、ヒブワクチンのことを十分に理解せずに接種していたと思います。
ヒブワクチンの定期接種が開始してから、Hibによる髄膜炎は激減しました。小児科の先生からも「ほとんど見なくなった」と言われていますから、かなり効果の高いワクチンであることが分かります。
インフルエンザ菌とインフルエンザウイルスは医師でも混同している人がたまにいます(新米医師時代の私も)。