徒然日記

街の小児科医のつれづれ日記です。

HPVワクチンに対する不信と不安をどう解決するか(2019年3月)

2019年03月24日 15時56分28秒 | 小児科診療
2013年6月にHPVワクチンの積極的勧奨停止から5年が経過しました(もうすぐ6年)。
副反応が疑われる諸症状が検証されてワクチンに問題はないことを確認後、再開されると考えていた私は、ほとぼりが冷めるまで一旦ワクチン予約を停止して様子を見ていました。
しかし、一行に再開される気配がなく、むしろ訴訟が発生するなど泥沼化しています。

ここで情報の整理を試みたいと思います。
まず、子宮頸がんとHPVワクチンについての事実を列挙します。

子宮頸がんについて
・子宮頚がんの原因のほとんどがHPV(Human Papiloma Virus, ヒトパピローマウイルス)感染である。
・性活動期の女性の8割が本人が気づかぬうちにHPV感染を経験し、その9割は一過性であるが、繰り返し感染する。
・その一部は慢性感染状態となり、さらにその一部が細胞の異形成・前がん状態・がん化へと進んでいく。
・以上のようにHPV感染者の極々一部が子宮頚癌を発症する。頻度が少ない印象があるかも知れないが、現実には日本では年間1万人が発症し、3000人が死亡している。
・「年間3000人死亡」は交通事故による死亡数より多い。
・性行動開始の低年齢化とともに、発症年齢の低年齢化が進み、20〜40代の女性に多く発症するため「マザー・キラー」と呼ばれている。妊娠可能年齢の、あるいは子育て世代の女性の命を奪う病気である。


HPVワクチンについて
・HPVワクチンはHPV感染を予防し、有効率は90%以上である。
・HPV感染は子宮頸がんの他にも中咽頭がんなど複数の疾患の原因になるため、「子宮頸がんワクチン」という名前は適切ではない。
・HPV感染を阻止できれば、その後に続く子宮頸がんの発症を予防可能である(これはインフルエンザに罹らなければインフルエンザ性脳症にならないことと同じである)。実際にフィンランドから高度異形成・上皮内がんが減少したことが報告(2018年)された。
・日本では副反応が疑われる多様な症状が報告され、その因果関係の有無が判明するまでワクチンの積極的干渉が停止された。
・2016年に公表された「Nagoya study」(※)では、その多彩な症状の頻度は、HPVワクチンを接種した女性と、接種していない女性との間に差がないことが判明した。もし副反応であれば、HPVワクチン接種者の頻度が多くなるはずなので、科学的に「多様な症状とワクチンとは関係ない」と証明されたことになる。


「Nagoya study」
ワクチン反対団体からの要請で、河村たかし名古屋市長が「薬害を証明する目的」で指示した疫学調査です。質問項目もワクチン反対団体の要望に添っています。しかし結果は当初の目的とは逆に「薬害ではない」ことを証明することになりました。2018年に論文化されました。

<参考>
・「子宮頸がんとHPVワクチンに関する最新の知識と正しい理解のために」(日本産科婦人科学会)


以上より、単純に考えれば「HPVワクチンは安全であり有効である」という結論にいたり、積極的勧奨停止は撤回されるはずですが、現実にはそうなっていません。
なぜでしょう?

その一つの理由として、私は「日本のお任せ主義」の弊害があると感じています。
ワクチンは「重症感染症を回避する医療手段」として開発されてきました。
日本ではその有効性と安全性を国が認定・保障したワクチンを「定期接種」として公費接種するシステムがあります。

ここでちょっと立ち止まってみてください。
あなたのお子さんが受けるワクチンがどんな感染症を予防してくれるのか、ご存じですか。
その感染症の重症度を理解していますか。
・・・この問いに答えられる一般人は少ないと思います。
「国が必要で安全と言うから、みんなやっているから」という理由でなんとなく接種会場へ足を運ぶ日本人たち。

そこに「恐ろしい副反応が発生!」とマスコミが騒ぎ立てます。
「えっ、危険なの?」と反応して不安にさいなまれ萎縮してしまう。

病気の正しい知識が乏しいところに、危険性を強調されれば、まあ仕方ない反応かもしれません。
そして一度植え付けられた不安・恐怖は、なかなかぬぐい去ることができないのが人間の性。

日本の感染症行政の致命的弱点は、「感染症とワクチンに関する教育・知識が皆無」なところです。
結婚して子どもが生まれてはじめて、「たくさんワクチン接種が必要ですよ」と突きつけられるのですから、面食らって当然です。

しかし、上に列挙した事実を知った後では、どうですか。

私はHPVワクチン問題を、将来の予防接種システムに向けて日本国民全体で解決していくべき踏み絵・ハードルのように捉えています。
それは、「感染症を理解してワクチンの必要性を自分で考える習慣を身につけられるかどうか」ということ。
そのためには、反対派の意見にも耳を傾けて、何が問題なのかを丁寧に解きほぐして解決する必要もあります。
本当に価値のあるものなら、批判意見を乗り越えられるはずですから。

実は私、「積極的勧奨停止」に反対ではありません。
そして「ワクチン無条件推進派」でもありません。
正しい情報・知識をもってニュートラル&フレキシブルに判断したいと常日頃から考えています。

<参考>
「間違いだらけの予防接種」(藤井俊介著)を読んだ感想

さて、現在でもHPVワクチンは定期接種のままですから、接種対象年齢の女子が希望すれば原則無料で接種可能です。
「積極的勧奨停止」とは、接種のお知らせが来ないだけ。
「やれと言われたからやる」のではなく「病気とワクチンについて学習し、必要と判断したから接種する」ことは現時点でもできるのです。

そこには単純でない問題も存在します。
それは「性教育」。
HPVは主に性行為で感染します。
性教育が半分タブー視されている日本社会では、本人に説明するエネルギーを省いて両親が判断しがちだと思われます。
当事者であり被接種者である女子が自分で理解して判断する機会が与えられていません。
もし親が「接種すべきでない」と判断し、将来お子さんが子宮頸がんを発症したら、いったい誰を恨めばよいのでしょう。
その頻度は交通事故死よりも多いのですよ。
現実にイギリスでは当事者である思春期女子に教育・啓蒙し、自らの意思を尊重して接種を判断し、接種率8割を維持しているそうです。

<参考>
・「HPVワクチンにみる日米英のリスクコミュニケーションの比較研究」(くすりの適正使用協議会海外情報分科会)より抜粋;




厚生労働省の積極的勧奨停止解除を待っているとキリがありません。
そろそろ、草の根運動に切り替えるタイミングでしょう。
当院では子宮頸がんとHPVワクチンについてのパンフレットを作りました。
近日中に待合室に置く予定です。
現在、電話でのHPVワクチンの予約受付はしていません。
パンフレットを手にとって読み、病気とワクチンについて理解した上で接種を希望する方には、対応させていただきます。
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