徒然日記

街の小児科医のつれづれ日記です。

学校健診で上半身裸になるのはセクハラ?

2022年07月31日 09時24分34秒 | 小児科診療
(他のブログにも書いた記事ですが、多くの人の目に触れてほしいので転載します)

ふと、中学校の学校医の依頼が舞い込みました。
引き受けるつもりですが、以前から気になることがあります。

それは「内科診察の際の着衣・脱衣問題」。

思春期女子はデリケートな世代で、
「学校検診で上半身裸にされた」
とトラウマになったり、
「学校検診で男性医師に胸を触られた、セクハラ行為だ!」
とクレームが出てきたりで、
結構メディアを賑わせています。

何が問題なのか、
どうするのがベストなのか、
私なりに調べ考えてみました。

生徒と家族の意見は、
「健診レベルで裸になる必要があるのか?」
という論調です。

そのこころは、
「健診に価値はあるの?」
「予防接種の診察同様、省略しても問題ないのでは?」
という声が見え隠れします。

実際、新型コロナワクチン接種の際、
内科診察が省略されましたが、
それによって大きな問題が起きたニュースは聞こえてきません。

逆に医師の立場からすると、
学校健診は症状のない時期に病気を早期発見する
という難しい作業を課せられた、結構重いものです。

以下のマニュアルに目を通すと、
チェックすべき病気がたくさん記載されています;
児童生徒等の健康診断マニュアル(平成27年版、文部省)
学校における運動器検診マニュアル(群馬県教育委員会、群馬県医師会)

一番の問題点は、
学校健診に対する児童生徒家族と医師の認識に大きなギャップがあること
だと思います。
それを解決するにはどうすべきか?

調べた結果の私の結論を最初に提示します;

・まず学校健診の意義・目的を理解してもらう。
・理解した上で、診察の際の脱衣・着衣を選択してもらう。
・着衣診察で病気を見逃しても医師の責任は問われない。
・健診は権利であり義務ではないので、検診拒否も可。

では、上記に至った経緯を書いていきます。
まず、学校検診の内科診察では何を診ているのかを説明させていただきます。

1.心臓と肺の異常の有無
2.胸郭異常の有無
3.脊柱側弯の有無

等々。
他に皮膚の観察(アトピー性皮膚炎などの皮膚疾患や虐待を疑わせる所見の有無を確認)もありますね。

これは学校医が勝手に決めることではなくて、前出の「児童生徒等の健康診断マニュアル」で決められています。
その項目一覧表を提示します;


「脊柱・胸郭」「心臓」「皮膚」はすべての学年に入っている項目であり、
省略することはできません。

一つ一つ見ていきましょう。
まず1の「心臓と肺の異常の有無」。
これは聴診器を皮膚に直接当てて心臓の音を聞きます。
聴診器とは音を増幅して聞く器械であり、
周囲が静かでないと聞き落とすことがあります。
むろん、服の上からでは摩擦音などが混じり、感度と精度が落ちます。
聴診器を当てる場所は以下の通り;


(「聴診の基本」)より

心臓の位置と聴診部位がわかるイラストですが、
実際の肌感覚がわかりにくいのでもう一つ、

(「基礎看護技術I」)より

上図のように、心音の聴診部位は左胸(女性では乳房)を横切ります。
つまり、
・聴診部位がブラジャーで隠れていたり、
・直接見えない状態で聴診器を不正確な部位に当てたり、
・Tシャツの上から聴診器を当てたりすると、
本来のオーソドックスな診察より情報量が不足し、
病気の見落とし率が上がります。

実際の学校健診時はこんな感じ;

(「学校検診マニュアル」沖縄県南部地区医師会)より

皆さん、心電図検査を受けたことはありますか。
検査の際に、上半身裸になり電極をつけますよね。
心臓の状態を知るためには、左胸全体から情報を得る必要があるからです。
それと同じことです。

2の胸郭異常について。
胸の中央が凹む漏斗胸、逆に盛り上がる鳩胸などがあります。
基本的に目で見て(視診で)判断する病気であり、
重度の場合は手術を考慮します。
これもTシャツや運動着で上半身が見えない場合は、判断できません。

3の脊柱側弯について。
保健調査票で事前に家庭でチェックするようになりましたが、練習としての意義はあるものの、所詮素人なので「見逃し率27%」と報告されています。
医師が観察する際は「前屈位で肩甲骨の高さが7mm以上左右差」があるかないかを検出する必要があります;

(「学校検診における運動器健診の実際」栃木県医師会 長島公之先生)より

このような微妙なレベルなので、背中に下着とか服があれば情報不足で判断をあやまります。

さて、側湾症とはどんな病気なのでしょうか。
こちらにわかりやすく書いてありますので参考にしてください。

概略を述べますと、(特発性)脊柱側弯症とは
・思春期女子に多く
・進行性であり
・重度の場合は手術が必要になる病気である
という中学生女子をターゲットにしたかのような病気です。学校検診は(特発性)脊柱側弯症を早期発見して手術を回避するという役割があるのです。



しかし、恥ずかしいからという理由で着衣のまま学校診断が行われた結果「見逃し」が発生し、訴訟問題(学校医が訴えられる!?)に発展したこともあります。


1の「見落としリスク」は家庭での27%より低いものの、医師の視診でも17%と報告されています(どのように診察したのか不明です)。

注目すべきは2の「思春期女児に対する実施の難しさ」です。
学校検診を毎年うけていたのですが、風邪で受診した病院で「脊柱側弯症」と診断されてしまいました。
「えっ、学校検診では引っかからなかったの?」というのが自然の反応ですね。
学校医に問い合わせると「思春期の女子に裸の背中を出させることはできず、脊柱健診はしていない」と回答したとのこと。
生徒・保護者の希望により着衣での診察を容認したことが病気の見逃しを発生させ、配慮した医師は逆に攻められる、という双方にとって不幸な結末

まあ、学校健康診断が儀式化され、やっつけ仕事になっているという現状があぶり出されたトラブルですね。

では、どうすればいいのでしょう?

学校健診の目的を「症状を自覚しないレベルで病気を早期発見する」
に置くなら、オーソドックスな診察法(脱衣)をすべきでしょう。

それを望まないなら着衣でも何でもどうぞご自由に、その場合は、あとで病気が見つかっても学校医に責任をなすりつけないでください!

・・・と喉まで出かかっているのですが、ケンカ別れになってもまずいので、学校側へいくつか提案してみました。

・女子の診察は女医が担当するよう手配する。
 → 需要に見合う女医さんの数が足りません。

・器械(モアレ画像)を導入する。
 → 全国的には導入する学校がありますが、まだ一般的と言うほど普及はしていないようです。



・事前の説明プリントで「病気を見逃さないための内科診察は脱衣が基本です。希望により着衣も可能ですが、情報不足により病気を見落とすことがあります」と家族・本人に周知してもらい、実際の診察の際は希望スタイルで行う。
 → これが双方の事情を斟酌した現実的な選択でしょうか。

こちらの東京都議会への陳情書によると「児童生徒には学校健診を受ける権利がありますが、義務はありません」と断言しています。
つまり「受けたくなければ受けなくてもよい」のです。

これは画期的な解釈!
もう一つ選択肢が思い浮かびました。

・診察を受けたくなければ拒否してくださってかまいません。その代わりにかかりつけ医で健診を受けて書類を書いてもらってください。
 → 「着衣での診察」は今まで紹介してきた病気の早期発見できるかもしれない「権利を放棄」することです。

おそらく将来の学校健診は・・・
・心臓疾患は心電図・心音図で
・脊柱側弯はモアレ画像で
判断し、医師の診察はなくなると思います。
その方が、お互いにとってベターですね。

あるいは乳幼児健診や予防接種のように、
集団から個別への移行という流れもあるかもしれません。

「小中高校での健診を個別化すべし」という声が出てこないのは、
子ども本人も親も時間がなくてクリニックへ行く時間がない、
という社会的事情の影響が大きいかもしれません。

コメント
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