2011年3月11日の東日本大震災とそれに続く福島第一原発事故。
なぜこんなに大きな被害が出たのか?
防ぐことはできなかったのか?
・・・誰もが抱く疑問です。
私なりに特集番組を見たり、本を読んだりしてきました。
たどり着いた結論は「人災であり防ぐことが可能であった」ということ。
私の感じた問題点と人災と見なした理由を以下に列挙します;
【問題点】
1.地質学の調査から、過去の大地震で20m級の津波が押し寄せてきた歴史が証明されている。
2.そのクラスの津波が来れば、現在の福島第一原発の立地条件では津波にのまれてしまう可能性が大。
3.すると「全電源喪失」という事態が発生し、同時に複数の原発が冷却機能不全に陥る。
4.冷却機能不全により核物質を制御できなくなり、放射能をまき散らす。
5.被曝を避けるために現在も15万人の避難者がいる。
【人災と考える理由】
1.専門社会議では、「地層には20m級の津波の痕跡がある」という地質学者の意見を取り合わなかった。
残されている映像には「そんな1000年前のことを言われても・・・」と一笑に付した様子が見て取れました。すべての間違いは、ここから始まったのです。
2.福島第一原発はわざわざ地盤を何mも削って立地され、わざわざ危険度を増す皮肉な結果となった。
従来の予測では大きな津波は4m台とされてきたが、2008年には10m級もあり得ると報告されたにもかかわらず、東京電力はウダウダし続け、結局その危険性を国に伝えたのは2011年3月7日(震災4日前)。
2008年の段階で対策を立てておけば、津波にのまれることはなかった!
3.原発事故マニュアルは細かいトラブルや、一基の原発機能不全に対応する範囲にとどまっていた。
全電源喪失、複数の原発機能不全という根源的な事故への想定がなかったという、致命的な欠陥の存在。
「想定外」という言い訳がまかり通ったが、その「想定」が原発の危機管理としては甘すぎたというまぎれもない過ち。
4.電源喪失の際のマニュアルの準備不足・周知徹底不足が発覚。過去の外国の原発事故に学ぶことなく、「そうなるはずがない」という思い込みから訓練も形式なものにとどまっていた。
(例1)「イソコン」・・・非常用復水器(I.C.=イソコン)
電源が喪失した際に緊急的に原子炉を冷やす循環回路が用意されているが、電源が落ちると一旦回路が閉鎖されるシステムになっていることを現場職員が知らなかった(!?)。これはアメリカのスリーマイル原発事故で問題となり、その後アメリカでは事故想定訓練の際に手動で開くことを行うようになった事実があるにもかかわらず。
(例2)「原子炉内の水位計」
原子炉の温度が上がると正確に表示されなくなり、水が無くてもあるように表示されることがわかっていたにもかかわらず、現場にその知識が浸透していなかった(!?)。今回の事故の際、「まだ原子炉内に水がある」と勘違いして対応が遅れた。
→ この(例1)と(例2)が首尾よく行われていれば、メルトダウン・メルトスルーは避けられたと専門家は指摘している。
5.スピーディの情報開示の遅れとオフサイトセンターの機能不全。
放射能飛散のリアルタイム情報としてのスピーディは「パニックを発生させる危険がある」という理由で公表が遅れた。原発から5kmの地点にある作戦会議室「オフサイトセンター」は停電と放射能対策がなされていないために使い物にならなかった。
以上、文章にできる範囲で記してみました。
すべての事象の根底に流れる問題として、「原発の安全神話」があると思いました。危険性を有する原発を安全であると最初にウソをついてしまったので、その後もウソを上塗りするしかなかったのです。
原発は安全だから、と啓蒙し、あるいは自らに言い聞かせてここまで普及させてきた政府。だから、大津波の危険性を知って壊滅状態に陥る危険が頭をよぎっても、それを国民に知られることはなんとしても避けなければならなかった・・・なぜかと言えば、それを想定して説明・訓練するのは「原発は、実は危険なもの」と正体を暴いてしまうことと同義であるから。すると、国民はそっぽを向いて反対運動を制御できなくなる・・・。
この思考構造を「予防接種行政」と比較すると、まことに興味深い。
予防接種は副反応が目に見えるので、被害者が訴訟を起こし、国が敗訴し、どんどん慎重になり萎縮し、その結果世界標準から20年も遅れたレベルになり下がっているのが現状です。
かたや原子力発電行政は、密室の中で行われ、事故が起きても目に見えないので、隠蔽しようとすればとことん隠し通せます。この違いが、甘すぎる危機管理体制を招いたとも考えられます。
もし、放射能汚染されると色がつく、など目に見えるものであったなら、原発行政は客観的に安全管理されたものになっていたことでしょう。
今後、定期点検に入っている原発を再稼働させるなら、その地域の市町村のみでなく、県単位でもなく、日本全体でもなく、世界に向けて安全宣言できるレベルのシステムを構築する、という前提が必要になると考えます。
なぜこんなに大きな被害が出たのか?
防ぐことはできなかったのか?
・・・誰もが抱く疑問です。
私なりに特集番組を見たり、本を読んだりしてきました。
たどり着いた結論は「人災であり防ぐことが可能であった」ということ。
私の感じた問題点と人災と見なした理由を以下に列挙します;
【問題点】
1.地質学の調査から、過去の大地震で20m級の津波が押し寄せてきた歴史が証明されている。
2.そのクラスの津波が来れば、現在の福島第一原発の立地条件では津波にのまれてしまう可能性が大。
3.すると「全電源喪失」という事態が発生し、同時に複数の原発が冷却機能不全に陥る。
4.冷却機能不全により核物質を制御できなくなり、放射能をまき散らす。
5.被曝を避けるために現在も15万人の避難者がいる。
【人災と考える理由】
1.専門社会議では、「地層には20m級の津波の痕跡がある」という地質学者の意見を取り合わなかった。
残されている映像には「そんな1000年前のことを言われても・・・」と一笑に付した様子が見て取れました。すべての間違いは、ここから始まったのです。
2.福島第一原発はわざわざ地盤を何mも削って立地され、わざわざ危険度を増す皮肉な結果となった。
従来の予測では大きな津波は4m台とされてきたが、2008年には10m級もあり得ると報告されたにもかかわらず、東京電力はウダウダし続け、結局その危険性を国に伝えたのは2011年3月7日(震災4日前)。
2008年の段階で対策を立てておけば、津波にのまれることはなかった!
3.原発事故マニュアルは細かいトラブルや、一基の原発機能不全に対応する範囲にとどまっていた。
全電源喪失、複数の原発機能不全という根源的な事故への想定がなかったという、致命的な欠陥の存在。
「想定外」という言い訳がまかり通ったが、その「想定」が原発の危機管理としては甘すぎたというまぎれもない過ち。
4.電源喪失の際のマニュアルの準備不足・周知徹底不足が発覚。過去の外国の原発事故に学ぶことなく、「そうなるはずがない」という思い込みから訓練も形式なものにとどまっていた。
(例1)「イソコン」・・・非常用復水器(I.C.=イソコン)
電源が喪失した際に緊急的に原子炉を冷やす循環回路が用意されているが、電源が落ちると一旦回路が閉鎖されるシステムになっていることを現場職員が知らなかった(!?)。これはアメリカのスリーマイル原発事故で問題となり、その後アメリカでは事故想定訓練の際に手動で開くことを行うようになった事実があるにもかかわらず。
(例2)「原子炉内の水位計」
原子炉の温度が上がると正確に表示されなくなり、水が無くてもあるように表示されることがわかっていたにもかかわらず、現場にその知識が浸透していなかった(!?)。今回の事故の際、「まだ原子炉内に水がある」と勘違いして対応が遅れた。
→ この(例1)と(例2)が首尾よく行われていれば、メルトダウン・メルトスルーは避けられたと専門家は指摘している。
5.スピーディの情報開示の遅れとオフサイトセンターの機能不全。
放射能飛散のリアルタイム情報としてのスピーディは「パニックを発生させる危険がある」という理由で公表が遅れた。原発から5kmの地点にある作戦会議室「オフサイトセンター」は停電と放射能対策がなされていないために使い物にならなかった。
以上、文章にできる範囲で記してみました。
すべての事象の根底に流れる問題として、「原発の安全神話」があると思いました。危険性を有する原発を安全であると最初にウソをついてしまったので、その後もウソを上塗りするしかなかったのです。
原発は安全だから、と啓蒙し、あるいは自らに言い聞かせてここまで普及させてきた政府。だから、大津波の危険性を知って壊滅状態に陥る危険が頭をよぎっても、それを国民に知られることはなんとしても避けなければならなかった・・・なぜかと言えば、それを想定して説明・訓練するのは「原発は、実は危険なもの」と正体を暴いてしまうことと同義であるから。すると、国民はそっぽを向いて反対運動を制御できなくなる・・・。
この思考構造を「予防接種行政」と比較すると、まことに興味深い。
予防接種は副反応が目に見えるので、被害者が訴訟を起こし、国が敗訴し、どんどん慎重になり萎縮し、その結果世界標準から20年も遅れたレベルになり下がっているのが現状です。
かたや原子力発電行政は、密室の中で行われ、事故が起きても目に見えないので、隠蔽しようとすればとことん隠し通せます。この違いが、甘すぎる危機管理体制を招いたとも考えられます。
もし、放射能汚染されると色がつく、など目に見えるものであったなら、原発行政は客観的に安全管理されたものになっていたことでしょう。
今後、定期点検に入っている原発を再稼働させるなら、その地域の市町村のみでなく、県単位でもなく、日本全体でもなく、世界に向けて安全宣言できるレベルのシステムを構築する、という前提が必要になると考えます。