私が小児科医になった30数年前は、
「卵アレルギー患者はインフルエンザワクチンを打ってはいけない」
とされていました。
麻疹ワクチン、風疹ワクチン、おたふくかぜワクチンもそれに準じていました。
これらのワクチンは製造時に鶏卵を使うので、その成分の混入が心配されたのです。
その後、いわゆる“科学的エビデンス”が重要視される時代になり、
「ワクチンに入っている卵成分はアレルギー症状を惹起する量より無視できるほど少ない」
ことが判明し、アメリカではどんどん卵アレルギーで注意すべきワクチンの数が減っていきました。
日本の動きは鈍く、アメリカの様子をうかがいながら追従するスタンスが見え隠れしました。
まあ、今の新型コロナ対策と同じですね。
アメリカでは、
「卵アレルギー患者と非卵アレルギー者で、インフルエンザワクチン接種後の副反応発生率に差がない」
という報告を根拠に、
「卵アレルギーがあってもインフルエンザワクチンは安全に接種できる」
ととうとう縛りを外しました。
今回、予防接種に関する問診を作成する機会があり、
卵アレルギーとワクチンに関して「予防接種ガイドライン2022年版」で確認してみました。
すると、麻疹・風疹・おたふくかぜワクチンの項目では卵アレルギーの記述が消えつつあることに気づきました。
そして極めつけが、
「インフルエンザワクチンによるアナフィラキシーの原因は、卵成分ではなくワクチン蛋白そのものである」
という報告の引用です。
よって、
「卵アレルギーがあってもインフルエンザワクチンは接種可能」
という結論が導き出されます。
ずっとこの問題をウォッチしてきた私は、
「ようやくここまで来たか・・・」
というのが率直な感想です。
ん、待てよ・・・インフルエンザワクチンの定期接種(65歳以上の高齢者)ではどうなっているだろう?
こちらは「インフルエンザ・肺炎球菌感染症予防接種ガイドライン」に記載があります。
このガイドラインは予防接種ガイドラインよりも慎重な記載が続いていました。
手元にある2020年度版(最新?)を確認すると、
「インフルエンザワクチンは、ウイルスの増殖に孵化鶏卵を用いるので、卵アレルギー患者が明確な者(食べるとひどいじんましんや発疹が出たり、口腔内がしびれる者)に対しては接種の際に注意を要する」(p10)
とまだ過去を引きずっています。
以上より、下記ワクチン接種の際に、卵アレルギーの有無を気にしなくてよくなったと私は判断します。
・季節性インフルエンザ
・MR(麻疹・風疹)
・おたふくかぜ
まあ、重症の卵アレルギーでアナフィラキシーの経験がある方で心配な方は精神衛生上、病院レベルで受けた方が安心、程度でしょうか。
では、卵アレルギーを気にすべきワクチンは他に残っているのか?
という問いの答えは「YES」です。それは「黄熱病ワクチン」。
黄熱病ワクチンは、海外に出かける際に、黄熱病が流行している熱帯地域に行くときに必要となります。接種すると「イエローカード」(接種証明書)が発行されるのですが、その提示がないと入国できない国際ルールがあります。
<参考>
▢ 予防接種ガイドライン2022年度版
監修:予防接種ガイドライン等検討委員会
発行:公益財団法人予防接種リサーチセンター
該当する箇所を抜粋します;
(p26)⑦予防接種不適当者
ウ 当該疾病に係る予防接種の接種液の成分によって、アナフィラキシーを呈したことが明らかな者
・・・鶏卵、鶏肉、カナマイシン、エリスロマイシン、ゼラチン等でアナフィラキシーを起こした既往歴のある者は、これらを含有するワクチンの接種は行わない(ワクチン添付文書参照)。
(p88)③乾燥弱毒生麻しん風しんワクチン混合(MR)ワクチンの特徴
弱毒生麻しんウイルスをニワトリ胚培養組織で増殖させ、また、弱毒生風しんウイルスをウズラ胚培養組織、又はウサギ腎培養組織で増殖させ・・・
(p103)③インフルエンザワクチンの特徴
・・・流行の中心となることが予想されるインフルエンザウイルスA型株(H1N1株とH3N2株の2種類)及びB型株(山型系統株とビクトリア系統株の2種類)をそれぞれ孵化鶏卵内で培養し・・・
(p104)④(インフルエンザワクチンの)接種上の注意点
ウ 卵アレルギー:現行のインフルエンザワクチンは、有精卵(孵化鶏卵)から作られ、卵白アルブミンの混入が懸念されていたが、その量は数 ng/mL と極めて微量でWHO基準よりはるかに少ない。
添付文書には、本剤の成分又は鶏卵、鶏肉、その他の鶏由来のものに対して、アレルギーを呈する恐れのある者は接種要注意者、本剤の成分によってアナフィラキシーを呈したことが明らかな者は接種不適当者と記載されている。しかしながら、接種後の鶏卵アレルギーによる重篤な副反応の報告はなく、鶏卵アレルギー患者であっても接種可能である。インフルエンザワクチン接種後のアナフィラキシーは鶏卵由来のタンパクではなく、インフルエンザHA抗原によるものであることが報告されている。
(p133)【参考3】予防接種要注意者の考え方
5.接種液の成分に対してアレルギーを呈する恐れのある者
(ア)鶏卵由来成分
卵成分が関連するワクチンはインフルエンザ及び黄熱である。
国内の現行インフルエンザワクチンは、有精卵(孵化鶏卵)から作られ、卵白アルブミンの混入が懸念されていたが、その量は数 ng/mL と極めて微量でWHO基準よりはるかに少ない。
添付文書には、本剤の成分又は鶏卵、鶏肉、その他の鶏由来のものに対して、アレルギーを呈する恐れのある者は接種要注意者、本剤の成分によってアナフィラキシーを呈したことが明らかな者は接種不適当者と記載されている。しかしながら、接種後の鶏卵アレルギーによる重篤な副反応の報告はなく、鶏卵アレルギー患者であっても接種可能である(文献1)。インフルエンザワクチン接種後のアナフィラキシーは鶏卵由来のタンパクではなく、インフルエンザHA抗原によるものであることが報告されている(文献2)。