麗夢に連絡を取って間もなく、鬼童は、加茂野共々東から飛んできた一機のヘリに押し込められた。ヘリは、助けを求める多くの市民を無視して即座に飛び立った。
「許して。今行動しないと、日本が、いえ、世界中が貴方達より悲惨な状況になるの」
市民を冷たく追い払ったヘリの乗員に憤懣を覚えた鬼童だったが、飛び立って間もなく、窓を見つめる加茂野の独り言に、頭を冷やした。窓外には、無惨にも崩れ落ちた仁徳陵を中心に、空から見てもはっきり判る巨大な地割れが四方にのびている。あちこちから黒や白の煙が立ち上り、赤い炎が車や家を飲み尽くそうとしているのが見える。それにしても、突如現れ、圧倒的な力を見せつけて消えたあの松尾は一体どうしたというのか。それに麗夢を后に迎えるとはどういう積もりなのか。様々な謎が重層的に膨らんで、さしもの鬼童にも何が何やらさっぱり判らない。恐らくその謎を解くカギは、この加茂野美里だけだろう。恐ろしい謎が秘められているとは思いながら、少なすぎる情報が鬼童を苛立たせた。
再び窓外に目をやると、既に堺市の廃墟は遠く霞み、眼下は大阪と奈良の間にそびえ立つ葛城山脈の緑に変わりつつあった。うねるように激しくアップダウンしながら、千m級の山並みが、約二〇キロに渡って南北に横たわる。やや西南に流れながら複雑な谷を無数に左右へ刻み、ほぼ等間隔に三本、大阪と奈良を結ぶ幹線道路が両側に延びている。北から西名阪道、国道一六六号線竹ノ内街道、国道三〇九号水越街道の三本である。あの道を足にたとえるなら、葛城山脈は巨大なアメンボのような虫に見えないこともない。鬼童はふと浮かんだ埒のない想像を振り払い、能面のような硬い表情でじっと視線を外に固定したまま女に問いかけた。
「そろそろ教えてくれないか。君は一体何者なんだ。それに今起こっている不可解な出来事、なかでも生き返った松尾の事が聞きたい。それに君は松尾の婚約者だったそうだが、本当なのか」
「そんなことを聞いてどうするの。貴方には関係ないことでしょう」
「いや、あの松尾が僕に黙って君と付き合っていたなんて信じがたい。第一城西大時代の僕らには、女の子と付き合う暇なんて無かったはずだ」
「ふふ、研究馬鹿の貴方には、確かに信じがたいかも知れないわね。貴方には異性なんてその辺の石ころにすら見えなかったんでしょう? あるいは貴重な実験材料か。どちらにしてもまともに人として相手をしていた事はないわね」
「だ、だからどうした」
「亨は違うわ。彼は貴方みたいな研究馬鹿の人じゃなかった。人間味に溢れる素晴らしい人だったのに、貴方が大学に居残ったばかりに彼は南麻布に行かざるを得なかった。そのせいで彼は死んだのよ」
「な、何を言う……」
鬼童は絶句した。加茂野の糾弾は鬼童の罪の意識を直撃したのだ。返す言葉を失った鬼童へ、更に加茂野は畳みかけた。
「しかも貴方は、亨が折角譲ったその地位を、ゴミ同然に捨てたのよ」
「松尾が僕に助手の席を譲った?」
「そうよ! 亨が私に話してくれたわ。教授には親友を推薦しようと思う、って。それなのに一体貴方は何様の積もりなのよ! 亨が許しても、私は絶対に貴方を許さないわ!」
鬼童は、自分が智盛の事件の責任をとって城西大を辞職する時、松尾に話したときの事を思い起こした。その時松尾はしきりに残念がっていたが、自分はもう大学のつまらない縛りに付き合う必要が無くなったんだ、と得意げに話していたのだ。何て事だ。僕は、僕は何て事をしてしまったんだ……。鬼童は加茂野の見せる強烈な敵意に戸惑っていたが、今こそその根拠を理解した。彼女は、松尾に代わって鬼童の非道を弾劾したのである。
こうして黙りこくった鬼童を見た加茂野は、一通り胸に抑え込んできたことをすっきり吐き出したためか、かえって淡々として、自分の事を語りだした。
「私は宮内庁に勤める陰陽師の末裔。仕事は、かつて夢守の民が封印した、この島を支配していた原日本人の悪夢を監視し、その復活を阻止すること。それが私の代になって、それも亨の身体を騙るあんな化け物に破られるなんて」
「あれは、松尾じゃないんだな」
「貴方の目は節穴なの?! 貴方、亨の親友でしょう?」
鬼童が再び言葉に詰まってうつむくと、加茂野は、ふっと一息ついてまた話を続けた。
「許して。今行動しないと、日本が、いえ、世界中が貴方達より悲惨な状況になるの」
市民を冷たく追い払ったヘリの乗員に憤懣を覚えた鬼童だったが、飛び立って間もなく、窓を見つめる加茂野の独り言に、頭を冷やした。窓外には、無惨にも崩れ落ちた仁徳陵を中心に、空から見てもはっきり判る巨大な地割れが四方にのびている。あちこちから黒や白の煙が立ち上り、赤い炎が車や家を飲み尽くそうとしているのが見える。それにしても、突如現れ、圧倒的な力を見せつけて消えたあの松尾は一体どうしたというのか。それに麗夢を后に迎えるとはどういう積もりなのか。様々な謎が重層的に膨らんで、さしもの鬼童にも何が何やらさっぱり判らない。恐らくその謎を解くカギは、この加茂野美里だけだろう。恐ろしい謎が秘められているとは思いながら、少なすぎる情報が鬼童を苛立たせた。
再び窓外に目をやると、既に堺市の廃墟は遠く霞み、眼下は大阪と奈良の間にそびえ立つ葛城山脈の緑に変わりつつあった。うねるように激しくアップダウンしながら、千m級の山並みが、約二〇キロに渡って南北に横たわる。やや西南に流れながら複雑な谷を無数に左右へ刻み、ほぼ等間隔に三本、大阪と奈良を結ぶ幹線道路が両側に延びている。北から西名阪道、国道一六六号線竹ノ内街道、国道三〇九号水越街道の三本である。あの道を足にたとえるなら、葛城山脈は巨大なアメンボのような虫に見えないこともない。鬼童はふと浮かんだ埒のない想像を振り払い、能面のような硬い表情でじっと視線を外に固定したまま女に問いかけた。
「そろそろ教えてくれないか。君は一体何者なんだ。それに今起こっている不可解な出来事、なかでも生き返った松尾の事が聞きたい。それに君は松尾の婚約者だったそうだが、本当なのか」
「そんなことを聞いてどうするの。貴方には関係ないことでしょう」
「いや、あの松尾が僕に黙って君と付き合っていたなんて信じがたい。第一城西大時代の僕らには、女の子と付き合う暇なんて無かったはずだ」
「ふふ、研究馬鹿の貴方には、確かに信じがたいかも知れないわね。貴方には異性なんてその辺の石ころにすら見えなかったんでしょう? あるいは貴重な実験材料か。どちらにしてもまともに人として相手をしていた事はないわね」
「だ、だからどうした」
「亨は違うわ。彼は貴方みたいな研究馬鹿の人じゃなかった。人間味に溢れる素晴らしい人だったのに、貴方が大学に居残ったばかりに彼は南麻布に行かざるを得なかった。そのせいで彼は死んだのよ」
「な、何を言う……」
鬼童は絶句した。加茂野の糾弾は鬼童の罪の意識を直撃したのだ。返す言葉を失った鬼童へ、更に加茂野は畳みかけた。
「しかも貴方は、亨が折角譲ったその地位を、ゴミ同然に捨てたのよ」
「松尾が僕に助手の席を譲った?」
「そうよ! 亨が私に話してくれたわ。教授には親友を推薦しようと思う、って。それなのに一体貴方は何様の積もりなのよ! 亨が許しても、私は絶対に貴方を許さないわ!」
鬼童は、自分が智盛の事件の責任をとって城西大を辞職する時、松尾に話したときの事を思い起こした。その時松尾はしきりに残念がっていたが、自分はもう大学のつまらない縛りに付き合う必要が無くなったんだ、と得意げに話していたのだ。何て事だ。僕は、僕は何て事をしてしまったんだ……。鬼童は加茂野の見せる強烈な敵意に戸惑っていたが、今こそその根拠を理解した。彼女は、松尾に代わって鬼童の非道を弾劾したのである。
こうして黙りこくった鬼童を見た加茂野は、一通り胸に抑え込んできたことをすっきり吐き出したためか、かえって淡々として、自分の事を語りだした。
「私は宮内庁に勤める陰陽師の末裔。仕事は、かつて夢守の民が封印した、この島を支配していた原日本人の悪夢を監視し、その復活を阻止すること。それが私の代になって、それも亨の身体を騙るあんな化け物に破られるなんて」
「あれは、松尾じゃないんだな」
「貴方の目は節穴なの?! 貴方、亨の親友でしょう?」
鬼童が再び言葉に詰まってうつむくと、加茂野は、ふっと一息ついてまた話を続けた。