突然! さっきにも増した強烈な震動が足元の地面をこんにゃくのように揺すった。幾人かが足を取られて転び、店の中で何か硝子が派手に割れる音が鳴り響いた。真昼のごとく輝いていた明かりが切れ、辺りが数年前の田舎びた暗さを取り戻す。急な暗がりに悲鳴が上がり、何人かの若者が、慌てて原付にまたがり、車に乗って、そこを脱出しようとした。だが、車のエンジンをスタートさせ、駐車場の出口に向かおうとした若者は、さっきのひび割れの場所が大きく盛り上がり、三〇センチ以上の段になっていることに気が付いた。軽く改造を施してあるだけに、よほどうまく進まないと車が傷物になるのは避けられない。悪態を付いてそろそろと車を進めた若者は、ようやく前輪を無事通過させ、半ばを渡りきったところで、足元から強烈な突き上げを喰らった。急に車の接地感が失せ、視界から道路が消える。ふと外を見ると、さっきまで一緒にたむろしていた名も知らぬ若者達が、こちらを見上げてこわばった表情をしているのが見えた。え?下に? 事態を飲み込めないままハンドルを握り直した若者は、一瞬ぐらりと車が徐々に前傾して、ヘッドライトが真下の道路を照らすのを見た。がくん、と大きく揺れて車が前に一〇センチばかりずれた。短い強烈なGが若者の恐怖を呼び覚ましたが、いくら運転技術が自慢の若者でも、十数メートルの高さで宙吊りになった車を安全に着地させる方法は知らなかった。若者はハンドルを握りしめたまま、絶望的な悲鳴を上げつつ迫り来る地面を見据えていた。
突然ひび割れから生じた巨大な壁の向こうに車が墜落したとき、駐車場の中も阿鼻叫喚の絶望に満たされていた。唯一の出口を塞がれた車や原付が立ち往生するなか、ひび割れから持ち上がった巨大な柱が、まっすぐコンビニの建物に叩き付けられた。既に照明の消えていたガラス張りの建物が、折り紙を畳むように跡形もなく拉げて失せる。若者達はさっき上げた嬌声も忘れ、悲鳴すら押し殺してただ無事を願った。やがて、一台のオフロードバイクが、業を煮やして僅かな隙間に乗り出した。多少の悪路でもこのマシンなら乗り切れると踏んだのである。その試みは半ばまで成功し、車の若者達の羨望と憎悪を生んだ。だが、そのバイクも生き残るには決断が遅すぎた。いや、出るべき方角を間違えたと言うべきだろうか。彼は、山の方角にある道路ではなく、反対の崖の方へ走るべきだったのだ。もちろん青年の技量で崖下まで行き着ける可能性は少なかっただろうが、それでも絶望に足を突っ込むよりはましだったろう。
バイクは後少しで道路に出られる、という瞬間、突然後輪がスリップして横倒しになった。投げ出された青年は、何がどうなったのか判らないまま尻餅をつき、今やなめらかにはほど遠い駐車場に半身を起こした。その身体に、地割れから湧き出たスリップの原因が、黒光りした背中をゆすりながら、左右等間隔に並んだ二三対の足を蠢かせて、服の上から次々と這い上がってきた。
「ぎゃっ!」
青年は慌てて立ち上がり、分厚いグローブで足元をはたいた。が、ほどなくふくらはぎに、骨まで針を突き刺したような激痛が走った。足に力が入らなくなって手を突くと、その手にも長さ一五センチくらいの禍々しき生物兵器が次々とはい上がってくる。ひいっ! と息を飲んで手を振り払ったときには、先陣が既に首元まで這い上がり、フルフェイスのヘルメットの隙間から、顔の方に這い上がってきた。後続も服の隙間から内側へと滑り落ちる。
「た、助けてくれ!」
バイクの青年は、体中を襲う激痛に半狂乱になりながらも、なおも立ち上がって車の若者達に助けを求めようとした。既に地面は立錐の余地のない程に百足のはい回る世界になっており、その百足達が次々と青年の身体に這い上がっては、思い思いの場所にその毒牙を突き立てる。二歩、三歩とよろめくように手近な車に歩み寄った青年は、そのままばったりとボンネットの上に倒れ込んだ。その拍子にヘルメットのフェイスガードが開き、中の様子が車のアベックに見せつけられた。
「ひひゃぁあぁっ!」
「キャーッ!」
既にその顔は毒で膨れ上がり、頬の肉がそげ落ちて、白い骨が露出していた。白目を剥いた目の内側から、透明な漿液をまとってぬらぬらと濡れる百足が現れたのを見て、助手席にいた娘は気を失った。男は突然電気に当てられたようにびくっと震えると、思い切り今まで口にしていた炭酸飲料やスナック菓子の混じった胃液を、自分の膝の上にぶちまけた。そのまま必死でギアをバックに入れ、アクセルを思い切り踏み込む。だが、案に相違して車は後ろに下がらなかった。前輪が百足の身体でスリップし、空回りするばかりなのだ。それでもバイクの青年をボンネットから振り落とすくらいは出来た。一瞬だけ、男は心からほっと息をなで下ろす。その瞬間、コンビニエンスストアを全壊させた巨大な柱が天高く振り上げられ、凄まじい勢いで駐車場の車を払いのけた。背の高い四輪駆動車が、あっさりとつぶれ、駐車場の端まで吹っ飛ばされた。背の低い乗用車も、ついでに運転手の頭ごと、屋根の部分が引きちぎられる。運良く生き残った者達も、ほんの数秒永らえた命を、耐え難い恐怖と苦痛の中で、悲鳴を上げ続ける以外に為す術を知らなかった。
突然ひび割れから生じた巨大な壁の向こうに車が墜落したとき、駐車場の中も阿鼻叫喚の絶望に満たされていた。唯一の出口を塞がれた車や原付が立ち往生するなか、ひび割れから持ち上がった巨大な柱が、まっすぐコンビニの建物に叩き付けられた。既に照明の消えていたガラス張りの建物が、折り紙を畳むように跡形もなく拉げて失せる。若者達はさっき上げた嬌声も忘れ、悲鳴すら押し殺してただ無事を願った。やがて、一台のオフロードバイクが、業を煮やして僅かな隙間に乗り出した。多少の悪路でもこのマシンなら乗り切れると踏んだのである。その試みは半ばまで成功し、車の若者達の羨望と憎悪を生んだ。だが、そのバイクも生き残るには決断が遅すぎた。いや、出るべき方角を間違えたと言うべきだろうか。彼は、山の方角にある道路ではなく、反対の崖の方へ走るべきだったのだ。もちろん青年の技量で崖下まで行き着ける可能性は少なかっただろうが、それでも絶望に足を突っ込むよりはましだったろう。
バイクは後少しで道路に出られる、という瞬間、突然後輪がスリップして横倒しになった。投げ出された青年は、何がどうなったのか判らないまま尻餅をつき、今やなめらかにはほど遠い駐車場に半身を起こした。その身体に、地割れから湧き出たスリップの原因が、黒光りした背中をゆすりながら、左右等間隔に並んだ二三対の足を蠢かせて、服の上から次々と這い上がってきた。
「ぎゃっ!」
青年は慌てて立ち上がり、分厚いグローブで足元をはたいた。が、ほどなくふくらはぎに、骨まで針を突き刺したような激痛が走った。足に力が入らなくなって手を突くと、その手にも長さ一五センチくらいの禍々しき生物兵器が次々とはい上がってくる。ひいっ! と息を飲んで手を振り払ったときには、先陣が既に首元まで這い上がり、フルフェイスのヘルメットの隙間から、顔の方に這い上がってきた。後続も服の隙間から内側へと滑り落ちる。
「た、助けてくれ!」
バイクの青年は、体中を襲う激痛に半狂乱になりながらも、なおも立ち上がって車の若者達に助けを求めようとした。既に地面は立錐の余地のない程に百足のはい回る世界になっており、その百足達が次々と青年の身体に這い上がっては、思い思いの場所にその毒牙を突き立てる。二歩、三歩とよろめくように手近な車に歩み寄った青年は、そのままばったりとボンネットの上に倒れ込んだ。その拍子にヘルメットのフェイスガードが開き、中の様子が車のアベックに見せつけられた。
「ひひゃぁあぁっ!」
「キャーッ!」
既にその顔は毒で膨れ上がり、頬の肉がそげ落ちて、白い骨が露出していた。白目を剥いた目の内側から、透明な漿液をまとってぬらぬらと濡れる百足が現れたのを見て、助手席にいた娘は気を失った。男は突然電気に当てられたようにびくっと震えると、思い切り今まで口にしていた炭酸飲料やスナック菓子の混じった胃液を、自分の膝の上にぶちまけた。そのまま必死でギアをバックに入れ、アクセルを思い切り踏み込む。だが、案に相違して車は後ろに下がらなかった。前輪が百足の身体でスリップし、空回りするばかりなのだ。それでもバイクの青年をボンネットから振り落とすくらいは出来た。一瞬だけ、男は心からほっと息をなで下ろす。その瞬間、コンビニエンスストアを全壊させた巨大な柱が天高く振り上げられ、凄まじい勢いで駐車場の車を払いのけた。背の高い四輪駆動車が、あっさりとつぶれ、駐車場の端まで吹っ飛ばされた。背の低い乗用車も、ついでに運転手の頭ごと、屋根の部分が引きちぎられる。運良く生き残った者達も、ほんの数秒永らえた命を、耐え難い恐怖と苦痛の中で、悲鳴を上げ続ける以外に為す術を知らなかった。