かっこうのつれづれ

麗夢同盟橿原支部の日記。日々の雑事や思いを並べる極私的テキスト

新作短編 その9

2008-07-27 19:06:50 | 麗夢小説 短編集
 今日は朝から自治会の大掃除があって草刈などに精を出しておりました。昨日は我が奈良県で、午前9時から畑仕事に出たおじいさんが熱中症で身罷られるなど、体温同様の気温に辟易していたのですが、今日は朝から結構雲が空を覆い、風もあって、想定していたほど暑くもありませんでした。とはいえ終わったときには汗でぐっしょり濡れておりましたが、まあこの程度で済んだのなら十分許容範囲です。
 というわけで、今日も連載小説のアップが出来ました。このところとある「お仕事」やら「連絡事項」やらで結構時間を費やしておりましたので、今日の連載出来るかどうか危ぶんでいたのですが、何とか上げることが出来てほっとしています。お話の方はもうすぐラスボス登場、というシーンですが、そこに至るまで、麗夢ちゃんたちともう少し青森路を行ったり来たりしていただきましょう(笑)。

------------本文----------------

車はついさっき停車したばかりの銅像茶屋駐車場を横目に通り過ぎ、速力を増して青森市方面へと坂を下っていった。
「この辺りです」
 鬼童の合図で榊が車を左脇に寄せて停車した。すぐそこに、行きの登りでも見えた「中の森第三露営地」と書かれた看板が見える。
「あ、あそこ!」
 麗夢が目ざとく、看板の向こうに、今にも木々の間へと隠れようとしていた朝倉の姿を発見した。この暑いのに、確かに黒いマントのような外套をまとい、軍帽をかぶっている。榊は急いで車から降りると、木々の向こうに消えた朝倉のあとを追った。
「朝倉さん、待ちたまえ!」
 その後を円光、鬼童、麗夢とアルファ、ベータが追うが、生い茂る樹木や丈高い草が視界を妨げ、その奥へと消えた朝倉の姿がどうしても捉えきれない。そのうちに、鬼童があぁっと悲鳴を上げてその場に立ち尽くした。
「ど、どうしたの!」
 麗夢があわてて駆け寄ると、鬼童は片手を頭に当て、困惑した顔を麗夢に向けた。
「また消えました」
「そんな、今そこにいたのに・・・」
 程なく榊と円光が戻ってきた。
「駄目だ、すぐ手の届くところまで行ったのに、ちょっと見えなくなった途端どこに行ったか判らなくなってしまった」
 訳が判らん、とため息をつく榊の隣で、円光が言った。
「恐らくこの先1里の辺りに、再び姿を見せるはず」
「何故判るんだね、円光さん」
 榊の疑問は、麗夢や鬼童の疑問でもあった。
「そうよ。今もちょっと遅れたけれど朝倉さんの現れる場所をちゃんと当てたし、どうして判るの?」
「発信機が反応したり消えたりするのも何か関係があるのか?」
 円光はさすがに説明の必要を感じたのであろう。おもむろに口を開いて3人に言った。
「恐らく朝倉殿は、100年前の雪中行軍の跡を追っている」
「雪中行軍の跡?」
 そういえば、ここには確かに「中の森第3露営地」という立て看板がある。
「そうか! 最初に現れたのが平沢の第1露営地、次が鳴沢第2露営地か!」
「ど、どういうことだ一体?」
「こういうことですよ、榊警部」
 鬼童が円光の後をとって、簡単に説明した。
「朝倉さんが現れては消えた場所というのは、100年前に遭難した青森第5連隊の八甲田山雪中行軍隊が、道に迷った末にビバークした場所だったんです。出発初日に目的地まで後1キロちょっとというところまでたどり着きながら、夜の闇と吹雪とでこれ以上進めなくなって留まったのが平沢。翌日、迷走を重ね、散々苦労した末に迷い込んでしまったのが鳴沢、更に翌日、何度も道を間違えた挙句、最後に軍隊としてビバークしたのが、ここ中の森なんです」
「でも、どうして今更そんなところを転々としているの?」
「そうだ。第一、どうやって朝倉さんは移動しているのかね。見たところ、ここには彼の乗り物らしきものの姿は無い」
 榊が辺りを見廻したが、上下1車線ずつの狭い道で、脇に寄せたとはいえ、榊の車自体随分はた迷惑な路上駐車になっている。その他には、車やバイクといった移動に必要な足となるものの姿はどこにも無かった。
「恐らく朝倉殿は、また夢の中をさまよっているのであろう」
「なんだって?」
 榊が眉をひそめた。
「夢魔なら、退治されたんじゃないのかね」
「そう、でも円光さんの言うとおりなら、少なくとも鬼童さんの発信機が付いたり消えたりするのは判るわ。夢の中を移動しているときは、朝倉さんは現実世界にはいないのだもの」
 麗夢の言葉に、鬼童と円光が頷いた。相手の正体は判らず、何故ここまで執拗に朝倉を狙うのかも判らない。だが、なんとなく手口は見えてきた。一週間前、麗夢が見た朝倉のとらわれた悪夢でも、いちいち雪中行軍隊の再現が演じられていたではないか。今朝倉が囚われている悪夢も、恐らくそれを踏襲しているのだろう。となれば、いよいよ朝倉の身が危ない。榊もそのことを悟ると、円光に尋ねた。
「まだよくわからん部分もあるが、大体の状況は判った。で、円光さん、次に朝倉が出てくるのは1里先だと言っていたが、そこはどこなんだね?」
「多分、『大滝』だろう? 円光さん」
 鬼童が受信機の設定を操作しながら、答えを先取りした。すでに装置の照準を、大滝にセットしたのだろう。
「うむ。だが、途中から道なき藪に分け入らねばならぬ。拙僧はともかく、麗夢殿や鬼童殿について来られるだろうか?」
「行けるかどうかより、行くしかないでしょ? ね、警部」
「そ、そうですな。ま、とにかく行くとしましょう。で、ここから歩いていくのかね?」
「いえ、それならもう少し北に戻りましょう。この先の「賽の河原」というところからなら何とか降りられそうです」
「賽の河原、か。何とも意味深な名前だな」
 榊はうんざりしながらも、あらためて運転席に収まった。
「では急ぐとしよう。今度こそ先回りして、彼の身柄を押さえなければ」
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新作短編 その8

2008-07-20 22:01:29 | 麗夢小説 短編集
6月から続けてきた連載小説も、今日からはラストのクライマックスへと入って参ります。このペースなら多分8月中には最後までたどり着けるんじゃないか、という予測が何とか出来そうなところまできたようです。あと少し、最後の最後まで気を抜かず、文章を綴ろうと決意を新たに、今週の分をまずはアップいたしましょう。

-------------------------本文----------------------

「判りましたよ、麗夢さん」
 榊と二人、頭を抱えていたところへ、朗らかな笑みを浮かべた鬼童が呼びかけた。その後ろには、いつもと変わらない円光が並んでいる。
「え? どこ? どこにいるの?」
 驚く二人の目の前に、鬼童は携帯ゲーム機のような小さな機械を差し出した。
「彼には発信器をつけていたのですが、なぜか今頃になって反応がありました」
 機械の液晶画面には、細い線で描かれた略地図と、その地図上で点滅する光点が一つ、映っていた。
「一体いつの間にそんなものを・・・」
「いえ、墓地で円光さんに注意を促されましてね。それで、彼が麗夢さんに絡んできたときに、押しのけるついでにその服に貼り付けたんですよ」
 ちらりと背後の円光に視線を投げる鬼童の早業に、榊も麗夢も舌を巻いた。だがとりあえず、今はまず朝倉の確保が一番の重大事である。榊は気を取り直して鬼童に言った。
「で、彼はどこにいるんだね」
「ええ、実は先ほどから何度も確かめているんですが、どうも10キロは離れているみたいですね」
 首を傾げる鬼童に、麗夢も榊も今度こそびっくり仰天して叫んだ。
「そんな馬鹿な! 一体いつの間に?」
 榊は時計を確かめた。資料館に入ってからまだ1時間もたっていない。しかも朝倉がコスプレを借り受けたのは、ほんの20分ほど前であることが、鬼童の後改めて聞き込みを行った榊が確認している。その直後、自分達の目を盗んで資料館を出ていったとしても、たった20分で10キロも移動するには、それなりの足が必要だ。まさか! と一堂は資料館を出て駐車場に向かったが、ここまで乗ってきた車はちゃんと停めた場所にあった。
「どっちにいるんだ? 朝倉君は?」
 榊の苛立たしげな質問に、鬼童はまっすぐ目の前の県道40号線を指差した。
「八甲田山の方ですね。多分この反応からすれば、雪中行軍遭難者銅像辺りですよ」
「判った。すぐに追いましょう、麗夢さん」
「ええ。でも、一体一人で何をしに行ったのかしら?」
「捕まえれば判りますよ! さあ、早く!」
 榊が運転席に飛び乗り、円光、鬼童に、早く乗って! と声をかける。麗夢は、アルファ、ベータと共に助手席につき、シートベルトをかけながら言った。
「アルファ、ベータ、しっかり見張ってて。円光さんも、よろしくね」
「にゃン!」
「ワン、ワンワン!」
「心得た」
 三者三様の返事を合図にしたかのように、一堂を載せた車が幸畑墓苑駐車場を飛び出していった。
「タクシーかバスかは判らないが、何、すぐに追いつく」
 榊はほとんど信号がなく、交通量も少ない県道を前に、目一杯アクセルを踏み込んだ。できればいつも使う赤い回転灯を屋根にくっつけたいところだったが、残念ながらそこまでの用意はしていない。これでもし万一青森県警に咎められた時には、身分を明かして協力を仰ぐよりなかろう、と榊は腹をくくっていた。
 車は、グレーの袋が木に鈴なりにぶら下がるリンゴ園の間を抜け、田茂木野の集落を過ぎ、急な上り坂へと差し掛かった。高度がどんどん上がっていき、遠くに霞んで見えた八甲田山連峰が、急にくっきりと間近に見えてきたようだ。
「え?」
 助手席の麗夢は、目に飛び込んできた八甲田山の様子に首を傾げた。光の加減だろうか。今は生い茂る木立に覆われ、黒と呼んで差し支えないほどの深い緑に染まった山容が、その瞬間だけ真っ白に見えたのだ。しかし、目をしばたたいて改めて確かめようとしたとき、八甲田山は目の前の木立に遮られて見えなくなっていた。
 麗夢はアルファ、ベータに問いかけようとしたが、この子達が気づいていたら何も言わないはずもない。ちらりと後ろを振り返ってみると、円光は目をつぶって押し黙り、鬼童もさっきの小型装置を手にして、ぶつぶつ何やら言いながら、難しい顔をしているばかりである。
(見間違い・・・かしら?)
 再び視界に戻ってきた八甲田山は、初めて見えたときと変わらない黒々とした山容を示して、麗夢の疑問を勘違いだと主張しているようだ。麗夢はすっかり考え込んで、この一週間ばかりの不安が再び鎌首をもたげてくるのを感じていた。
 何かある。
 それが具体的になんなのかはいまだに判らない。
 麗夢はもう一度八甲田山を見据えると、改めて油断を諫め気を引き締めた。
 そのうちに、道の左右はすっかり山の中の緑の木立へと変貌し、見通しも利かなくなってきた。そんな道の脇に、点々と思い出したように長細い看板が現れる。後藤伍長発見の地、賽の河原、第三野営地、と言った文字が、その文字の示す内容の深刻さなど露も伺えぬ丸ゴシック体の青い字で記されている。
 やがて車は、その周囲では一際高い丘の上、馬立場という場所に到着した。そこに建つ銅像茶屋と称する建物の駐車場に車を止めた榊は、後ろを振り返って鬼童に言った。
「どうだ、鬼童君、朝倉さんの居場所は分かるかね?」
「ええ、それが何というか・・・」
 珍しく歯切れの悪い鬼童に、麗夢が問いかけた。
「どうしたの? まさか見失った、とか?」
 すると鬼童は、首を傾げつつも麗夢に言った。
「いえ、彼の動向は捉えています。ただ判らないのは、時々発信器の反応がとぎれるんです。しかも少しずつとぎれる時間が長くなってきていて・・・。うーん、おかしいですね」
「バッテリー切れとか?」
「いえ、それはありえません。少なくとも今日一杯は十分持つはずです」
「まあ機械の不調はまた後で検討したらいいだろう。で、朝倉さんの居場所は?」
 榊に促されて、鬼童はタッチペンで装置を操作し、朝倉を示す輝点を、地図上に落とし込んだ。
「ここから更に1.5キロほど南に下って行ったところですね。平沢、とありますよ・・・あ、また消えた」
「1.5キロか、あまり移動してないらしいな。よし、行こう!」
 榊は、何とか追いついた、と言う安堵感で、鬼童の機械の不調にも、さしたる不満を抱かなかった。ここまでくれば何とかなるだろう、と高をくくっていたこともあるが、その思いは、走り出して間もなく上がった鬼童の叫び声に、あっさりとうち砕かれた。
「何だこれは! 一体どうなって・・・?」
「どうしたんだ!」
 愕きのあまり急ブレーキを踏んだ榊が振り返ると、運転席のシートの後ろに頭から突っ込んだ鬼童が、目尻に軽く涙をためて榊を見上げていた。
「・・・急にブレーキを踏まないで下さい、警部」
「君がいきなり大声を上げるからだ。それより、何があったんだ?」
 榊の苦笑に、鬼童ははっと我に返って手元の装置の画面を榊と麗夢に見えるように振り向けた。
「見て下さい! さっきまで、確かに平沢に点いていた発信機の反応が、今点いたと思ったら西に700mもずれていたんです。まるで一足飛びにジャンプしたみたいだ」
「そんな馬鹿なことがあるかね。やっぱり、故障しているんじゃないのか?」
「そんなはずはないんですが・・・」
 さしもの鬼童も少々自信なさげに首を傾げたが、やがて、今度は麗夢があっと声を上げた。
「今、動いたわ!」
「えっ?」
 鬼童が慌てて画面を見直して操作する。固唾を呑んで見守る二人を前に、鬼童は今度こそお手上げだ、と言わぬばかりな顔で、読みとった結果を二人に告げた。
「今度は北に2キロも飛びましたよ」
「北に2キロだって? じゃあ引き返すのか?」
「ええ、発信機の反応を信じるなら、馬立場から1キロほど戻ったところですよ、警部」
「うーん、君の発信機だけが頼りだったんだが、これでは信用できんな。麗夢さん、どうしたらいいと思います?」
 榊もまた途方に暮れたように隣の麗夢に聞いたとき、鬼童の隣でただ黙然と目をつぶっていた円光が、久しぶりに目を開いて榊に言った。
「警部殿、鬼童殿の発信機の告げる通りに追って下され」
「え? 円光さん何か判ったの?」
「ええ、麗夢殿。拙僧の考えが間違っておらねば、鬼童殿の発信機は故障などしておらぬはず」
「円光さん、それは一体・・・」
 榊も半信半疑で円光に問いかけた。
「警部殿、急がれよ。拙僧が正しければ、恐らくもう一度発信機が飛ぶはず。そうなると車で追うのはちと面倒になり申す」
「わ、判った」
 榊はなおも納得しがたい思いを隠せないでいたが、円光が珍しく強い口調で促すのを聞いて、ハンドルを取り直すことにした。
「では戻るぞ!」
 榊は、自分に言い聞かせるようにして一言告げると、思い切り車の進行方向を180度転回させた。
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新作短編 その7-2

2008-07-13 19:03:28 | 麗夢小説 短編集
こちらは今日更新の続きです。まだの方は、まずその7-1からご覧ください。


---------------------本文-------------------------

 まるで電気のスイッチを切り替えたみたいに豹変した朝倉に、榊は苦笑せざるを得なかった。そう言えば、捜査中に調べあげた朝倉の性格は、基本的に明るいお調子者だ。命を奪われかねない死地を乗り越えて、ようやくその本領を発揮するだけの余裕が出てきたということなのかもしれない。だが、仲間が三人も死んでいることを思えば、それは少々軽率な振る舞いにも見える。
「私、困ります」
「せっかくの機会なんだし、せめて今日一日だけでも」
 少ししつこすぎる朝倉の誘いをたしなめようとした榊の視線が、突然二人の男の視線に妨げられた。
「引かれよ。麗夢殿が嫌がっておられる」
「その辺で止めてもらおうか、朝倉君」
「何? あ、ひょっとして麗夢さんの元カレ? 良いよ、僕、過去のことは気にしないから」
「な、なんと?!」
「元カレじゃない!」
 ポーカーフェイスを装ってはいたが、朝倉に軽くつつかれ、二人はあっさりと面の皮一枚下の憤怒の形相を顔面に浮かべた。榊は苦笑しつつも、改めて男達三人の間に割って入った。
「円光さんも鬼童君も大人げないぞ。朝倉さんも少々不謹慎と言うべきだな」
「・・・ま、そうですね。ここでナンパなんてしてたら『彼女』に本当に殺されちゃうかもしれないし」
「き、貴様! 想い人が他にありながら何というふしだらな!」
「二度と麗夢さんには近づかないでもらおう!」
 円光と鬼童は一段と牙を剥いたが、当の朝倉はひらひらと手を振ると、榊の手から入場券を一枚受け取り、そのまま入り口の方へあっさりと歩いていった。
「まったく最近の若い連中ときたら!」
「うちの学生なら一から鍛え直してやるんですがね!」
 円光と鬼童がまだ憤りも納まらぬ横で、麗夢はただ一人首を傾げた。
「・・・なんなのかしら、あの変わり様」
「にゃあ」
「ぅ~ワン!」
 その足元で、アルファとベータも首を傾げている。
「生命の危機が去ったことで、ようやくほっとしたんでしょうな。まあ、大目に見てやりましょう」
 榊が、苦笑したまま麗夢をエスコートして資料館入り口へと向かうと、円光、鬼童も慌ててその後を追った。
 2004年にリニューアルオープンした鉄筋コンクリート造平屋建の建物に足を踏み入れると、まず巨大な銅像が見学者達を迎えてくれる。遭難した部隊の生き残りの一人で、最初に発見され、部隊遭難の一報をもたらした後藤伍長の銅像である。実物はここからもう少し上がっていった馬立場と言うところに建っており、これはそのレプリカになる。更にその周囲には、遺品の数々や事件の概要を伝えるミニチュア、行軍隊の服装を再現したマネキンなどが展示され、往事の事件の様子を伝えている。
 榊、麗夢、円光、鬼童は、しばらく展示物を眺めていたが、やがて、遭難者達の写真が展示されている一角で、おや? と鬼童が首をかしげた。
「どうしたの? 鬼童さん」
「え、いえ、この写真、なんとなくよく似ているような気がしたものですから」
 鬼童が指差した先にある一枚の古ぼけたモノクロ写真。そこに写る一人の男に、麗夢も、あ、と声を上げた。
「朝倉さんにそっくり・・・」
「やはり麗夢さんにもそう見えますか。さて、この方の名前は何でしょうね・・・」
 写真の人物の名前を探す鬼童の脇で、ふと麗夢は、先に入ったはずの朝倉の姿が見えないことに気が付いた。
「そう言えば、朝倉さんは?」
 麗夢の疑問に、背の高い三人の男達はきょろきょろと辺りを見回した。
「え? 先に入っていきましたから、奥の方にいるのでは?」
「厠ではないか?」
「おかしいな・・・。探してみよう」
 円光がトイレの表示を目ざとく見つけてそちらに向かう間に、榊が右へ、鬼童は写真をあきらめて左の奥へと大またで歩いていった。麗夢も、改めて辺りを見回し、銅像の周囲を巡ったが、全くその姿を見つけることが出来なかった。
「どう? 見つかった?」
「いいえ。円光さんは?」
「厠には誰もおりませんでした。いちいち扉も開けて確かめたのだが・・・」
 戻ってきた榊と円光が首を横にふるうちに、鬼童が麗夢の元に帰ってきた。
「こっちにはいませんでした。でも、ちょっと面白い話を聞きましたよ」
「何? 面白い話って」
「この資料館では、当時の軍隊が使っていた軍帽や外套などを貸してくれるんです。要するにコスプレですが、そこの係の人に聞いたら、朝倉とよく似た男が一式借りていったまま、まだ帰ってこないそうです」
「まさか、変装して出ていった、と?」
 目を剥いた榊に、麗夢は即座に反論した。
「そんな格好だとかえって目立つわ。でも、本当にどこに行ったのかしら?」
「もう一度、手分けして館内を探してみよう。見落としがあったのかも知れない」
 資料館の床面積は480平米、館内もそんなに複雑な設計にはなっていない。出入り口は正面ただ一つ。ベータが臭いを辿り、榊は身分を告げて特別に関係者以外立入禁止の区画にまで足を踏み入れたが、どちらも発見することは出来なかった。朝倉の姿は、まるで忽然と宙にかき消えたかのようにどこにもなく、麗夢も榊も、さすがに途方にくれてしまった。
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新作短編 その7-1

2008-07-13 18:57:35 | 麗夢小説 短編集
 今日はこれまでで一番の暑さだったんじゃないか、と感じた次第ですが、何とか熱中症とやらにもかかることなく、一日、物書きに興じておりました。あ、実際には撮り溜めして放置していた「仮面ライダーキバ」を3話ほど観て、ついでに「プリキュア5Go!Go!」を1話だけ観て、「たかじんのそこまで言って委員会」を観て、「コードギアスR2」を観て、その合間にボツボツと書いておりましたら、思ったより長くなってしまったので、思い切って2つに分割しました。
 まあやっとここまで話をもってこれましたけど、さて、次からが大変なんですよ、きっと(苦笑)。


------------------------以下本編-----------------------------

 幸畑墓苑は、総面積約3.5ヘクタールの敷地に、市の史跡にも指定されている陸軍墓地や、最近新築なった八甲田山雪中行軍遭難資料館の他、多目的広場、駐車場などが整備されている。車から降りた一行は、駐車場入り口の案内看板を頼りに、資料館の前を通り抜け、目的の墓地の方へと足を向けた。
 参道に沿って進むと、松林に囲まれた開けた芝生の広場の一番奥、少しテラス状に高くなったところに、整然と並ぶ石造りの墓標の一群が姿を現した。中央の石がもっとも大きく、その左右に一列となって、やや小ぶりのおよそ人の背丈ほどの石が、全部で10ほど並んでいる。その手前に、大きく左右に分かれ、綺麗に隊列を組んだ更に小振りな石の墓標が7列ずつ、全部で左が95、右に94基並べてあった。案内看板によれば、奥の大きな石が雪中行軍隊の指揮官などの上級士官達の墓、手前の小さな石が、下士官、兵達のものだそうである。小さな石も階級によって厳然と大きさが異なるところが、軍隊という組織のあり方を表しているようで、麗夢には興味深かった。
「で、君が粗相をした、と言うのは、どの辺りかね」
「ええと、あの時はほとんど雪で埋まっていたから・・・。あ、確か、あの一番奥だったような・・・」
 今朝からほとんどしゃべらないでいる朝倉が、ぼそりと呟くように奥まった一角を指さした。
「では、早いとこ片づけようか」
 榊が、途中で入手した日本酒の一升瓶を手に、これも途中で購った花束を手にした朝倉を促した。おぼつかなげに歩き出した朝倉に続き、アルファ、ベータがとことことついていく。その後を麗夢が歩き、半歩遅れて、麗夢を挟むように鬼童と円光が並んで続いた。本州最北端の地とはいえ、真夏の日中の日差しは強く、蝉時雨をBGMに歩くのはなかなかに暑い。鬼童は額の汗をぬぐいつつ、前を行く少女の豊かな髪がミニスカートと共に揺れる様に思わず目を細めていたが、隣から囁かれた不審気な声に、思わず我に返って振り返った。
「鬼童殿、今日はあの気を計るからくりは持参されていないか?」
「え? あ、携帯型を持っていますが、それが何か?」
「ここの気は何と出ている?」
「ここ? この墓地の精神波強度ですか?」
 鬼童は思わず腕時計に擬した装置をちらりと見たが、測定限界以下の安定した精神力場しか感知できなかった。
「別に、何も検知できないですが、円光さん、何か感じましたか?」
「いや、実は拙僧も何も感じない」
「なら良いじゃないですか。僕はまた、円光さんの超感覚に何かひっかかったのか、と思いましたよ」
 しかし円光は、相変わらずまっすぐ前を見つめたまま、厳しい表情で鬼童に言った。
「いや、実は、何も感じなさすぎるのだ、鬼童殿」
「感じなさすぎる?」
「拙僧の杞憂であれば良いのだが、この静けさ、どうも引っかかる・・・」
「・・・何かの罠、だとでも?」
 鬼童の目がきらりと光った。円光の勘は正直馬鹿にならないものがあることを、これまでの経験から鬼童は知っている。この旅は麗夢が行くからというだけの理由で付いてきたようなものだが、もし円光が言うように「何か」があるのなら、それはそれで貴重なデータを採取する機会が得られるかも知れない。
「拙僧も麗夢殿も、ことの最初から何か引っかかりを覚えていた。何もなければそれでよいのだが、念のための警戒は、怠らない方が良いと存ずる」
「なるほど。では、僕も僕なりに注意しておきましょう」
 一番後ろの二人の密談には露とも気づかず、朝倉と榊は、朝倉が引っかけたという墓石の前に花と清酒を供え、後に続いた麗夢と共に、並んで手を合わせていた。鬼童と円光も追いついてその参列に参加する。鬼童はややおざなりに、円光は口の中でぶつぶつと経を口づさみながら、それぞれに謝罪と哀悼の念を祈りに込めた。
 そんな参拝を一通り終えると、今まで陰鬱な表情でほとんどしゃべらなかった朝倉が、急に明るく一堂に呼びかけた。
「せっかくだから、資料館の方も見ていきませんか? スキーの時は時間が合わなくて、結局見られなかったんですよ」
「ん? あ、ああ。ここまで来たら付き合うよ。皆はどうする?」
 朝倉の急変に戸惑いつつも、榊は後ろの3人に声をかけた。
「私も行きます」
「あ、じゃ僕も」
「拙僧もお供いたす」
「じ、じゃあ行こうか」
 即答で同意した3人に榊は更に戸惑ったが、結局一堂連れ立って参道を引き返し、駐車場近くの八甲田山雪中行軍遭難資料館まで戻った。榊が入場券を購入しに窓口に向かう間、麗夢と並んで待っていた朝倉は、突然人なつっこい笑みを浮かべると、麗夢に言った。
「ところで綾小路さんは誰か付き合っている人はいますか?」
「え? い、いいえ。特にいませんけど・・・」
 その背後で、見るからに意気消沈した溜息が二つ聞こえたような気がしたが、入場券を手にした榊は、強いて聞かなかったことにして朝倉に言った。
「どうしたんだね? 藪から棒に」
 すると朝倉は、魅力的な笑顔を閃かせつつ、榊に答えた。
「いえ、これで禊ぎも終わったし、取りあえず悪夢も終わった、と言うことでしょう? なら、そろそろ謹慎も解いてもいいかなって。ね、麗夢さん、フリーなら僕と付き合ってもらえませんか?」
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新作短編 その6

2008-07-06 22:04:18 | 麗夢小説 短編集
 今日は昼までぐっすり、といきたかったのですが、こういう休日に限って朝はきっちり目が覚めてしまうもので、6時半には目が覚めてしまいました。そこで二度寝をもくろんだのもののなぜか目がさえてしまい、結局寝ることができませんでした。もっとも、昼間は暑いですが、朝は結構涼しいので眠れなくても横になっているだけで結構気持ちよかったりします。そのままごろごろ布団にしがみつき続け、8時になってようやく枕から頭を上げました。

 さて、今日はamazonからようやくブツの届く日で、待つこと半日、午後2時過ぎになってやっと玄関のブザーが鳴りました。早速中身に比べていつも大振りな箱を開け、何はともあれいの一番に「ドリームハンター麗夢XX」第2話を堪能、他の作品をさっと読み流して、もう一つ、到着を心待ちにしていた「深海のYrr」中巻を開きました。上巻の比較的ゆったりしたストーリー展開に比べて、中巻は冒頭から一気に破局が押し寄せてきて、目が回りそうです。気がつくと、もう200ページばかり
読み進めておりました。こんなペースで読んでいたら、下巻もあわせて今週末までもたないかもしれません。

 それでは、そんな合間を縫って私のお話の方も書き進めて参りましょう。
 一つ気づいたのですが、なぜか連載という形をとると、全体の長さが読みにくい気がするのです。コミケにあわせて長編書いてたときは大体これくらいの枚数になるだろう、と初めから予想して、それが大きく外れることもなかったのですが、このお話だけは、一体どこまで延びるのか、自分で言うのもなんですが見当がつきません。私としては、すでに頭の中で展開しているクライマックスを早く書きたくてうずうずしているのですが、そこまでいたるのに思いのほか手間取っていることに我ながら驚いております。まあそれはさておき、とにかく先へ進めましょう。幾らなんでも今月中には書きたいところまで届くはずですから。

-----------------------本文-------------------------

 朝倉の快復を待つこと一週間。午前10時東京・羽田空港を飛び立った麗夢達一行は、定刻通り11時過ぎには本州最北端の空港、青森空港に到着した。ここから目的地である青森市幸畑の陸軍墓地までは、直線距離で東におよそ10キロ余りになる。榊があらかじめ用意したレンタカーに納まった一行は、一路幸畑を目指して青森市郊外の田園風景の中を走り出した。
「見て! アルファ、ベータ、八甲田山よ!」
 助手席に納まった麗夢が、膝に抱いていたお供の二匹に声をかけた。
「ニャア!」
「ワン!」
 二匹のお供も運転席の榊越しに、身を乗り出して目を向ける。後席に納まった円光や鬼童、それにたっての希望で再び訪れることになった朝倉幸司も、同じように幾つもの嶺が折り重なって見える八甲田山を見た。
「でも、どれが八甲田山なのかしら?」
 一目見ただけで、明らかに異なる頂と見分けられる山が5つか6つはある。高さもそれ程変わらないように見えるそれらが前後左右に寄り添っているため、ちょっとした山脈のようにも見える。
「八甲田山、という山はないのです、麗夢殿」
 麗夢の真後ろから円光が話しかけた。
「え? どういうこと?」
「八甲田山というのは、あの山々全部の総称なのです。一番左端に見えるのが前獄、その隣の手前が田茂萢岳、と言うように、一つ一つには、全部別の名前が付いているのです」
「じゃあ、昔遭難があったというのは、その山の中で迷ったりしたわけ?」
「いいえ、八甲田山は大体1500m前後の高さですが、彼らが遭難したのは、あの前嶽の更に左側、標高700m位の所だったそうですよ」
 中央に朝倉を挟んで榊の後ろに坐る鬼童が、麗夢に言った。
「彼らの目的は、そもそも真冬の八甲田山を登山することじゃなくて、冬山で武器や食料などの輸送が可能かどうか調べることと、耐寒訓練が目的だったんです。だから目的地も途中の田代という所までだったんですよ」
「今ならロープウェイで真冬でも頂上まで一気に上がれるのに・・・」
「ろくに冬山装備も無しに歩いて登るのは、さぞ困難を極めたと思いますよ」
 円光や鬼童等と雑談をかわしつつ、麗夢はさりげなくその間に坐る朝倉の様子を観察した。とにかくここまでは無事に辿り着いたことに、麗夢は密かに安堵の溜息をもらす。麗夢は円光と共に、この1週間というもの、まさか、よもや、と思いつつも、万に一つの可能性を無視しきれず、交代でそっと朝倉の護衛を続けていたのだ。もちろん榊も配下を貼り付け、24時間ぬかりなく警護を続けていたが、幾ら榊が全国屈指の名警官であり、その配下には屈強の手練れが揃っていると言っても、相手が死霊とあってはあまり役に立ちそうにない。鬼童も一応は気を付けてくれたが、実戦となるとこれも余り過度の期待は出来ない男だ。勢い、確実を期すには麗夢と円光以外に適任はなく、時折アルファ、ベータの手を借りながら、今日まで頑張ってきたのである。それも恐らくは今日で終わる。麗夢の溜息は、そんな徒労に終わった1週間を締めくくるための、儀式とでも言うべきものであった。
「ニャウン?」
 目ざとくアルファが小首を傾げて麗夢に振り向いた。麗夢も苦笑いを浮かべると、軽く舌を出して自分を諫めた。
「そうね、まだ気を抜いたらいけないわよね。何せここからが敵の本拠地なんだから」
「脅かさないで下さいよ、麗夢さん」
 ハンドルを握る榊が、苦笑混じりに相の手を入れる。
「ご安心めされい、警部殿。たとえ万々が一に何かあったとしても、拙僧や麗夢殿がいれば大丈夫」
「そうそう、アルファやベータもいるし、鬼童さんだっているんですから」
「僕を頼りにして下さるとはうれしいですね、麗夢さん」
 うれしそうに笑顔を向ける鬼童に笑顔を返しつつも、多分何も起こらないだろう、と麗夢は考えていた。その気分は、一人麗夢だけじゃなく、一行の全員が共有するものだったに違いない。円光でさえ、一週間の護衛が何事もなく過ぎたときには、さすがに考え過ぎだったか、と麗夢にぽつりと洩らしたほどである。既に死霊は退治した、この上何が起ころうというのだろう。榊はもちろん、皆がそう思うのは無理からぬ所だ。
 ただ・・・。
 麗夢はおぼろげに心の片隅をたゆたう不安な気分を自覚していた。はっきり何かを予感しているわけではない。恐らくは気にかけなければほんの数瞬のうちに忘れはてる程度の、不安と言うにはあまりに未熟なもやもやした気分である。今もふっとよぎるそんな思いは、自分が愛車のハンドルを握っていないからだろうか。榊から、飛行機で行く、と聞いた時に、一度は自分はプジョーで走っていきます、と告げて榊を困らせた。それは、そんな気分が最後まで拭えなかったからに相違ない。麗夢は無意識に左脇のホルダーに納めた愛用の銃を服の上から確かめ、自分自身に問いかけてみたが、残念ながら答えは出てこない。今はただ、無事この禊ぎ旅行が滞りなく済んで、全ての決着が付くのを祈るしかなかった。
 やがて榊の運転するレンタカーは、青森環状線と呼ばれる県道44号線を東に進み、青森市郊外の住宅地を通り抜けた。更にその周辺では一際目立つ鉄筋コンクリートの立ち並ぶ、青森大学の前を通り抜け、その先の幸畑交差点で右に折れた。
「遭難した部隊もこの道を辿ったそうですよ」
「こんな道で遭難したのかね」
「100年以上前の、それも真冬の話ですからね。今とは比べものになりませんよ」
 冬には積雪で閉ざされてしまう県道40号線も、さすがに真夏は普通のアスファルト道にしか見えない。辺りも少し鄙びてきたような気はするものの、少しばかり緑の多いごく普通の住宅地に見える。榊と鬼童のやりとりに頷きつつも、100年前の遭難事故が、麗夢にはどこか別の世界の話のような感じがしないでもなかった。
「ああ、警部、そろそろですよ」
 鬼童が目ざとく道案内の看板を見つけ、榊に注意を促した。程なく駐車場への案内が現れ、榊はハンドルを右に切って、目的地・幸畑墓園へと、車を乗り入れた。
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新作短編 その5

2008-06-28 22:40:53 | 麗夢小説 短編集
 今日は心機一転を図るため、散髪に行ってきました。およそ3ヶ月ぶりの髪のお手入れです。できればもう少し早く行きたかったのですが、行きつけの床屋さんが日月火と週に3日も休むため、なかなか行けないでおりました。月火はともかくとして日曜日休みというのが結構制約が大きく、土曜日がこのところ仕事だったりしたこともあって、それが一段落ついた今、ようやく頭の手入れに木を使う余裕が生まれたのでした。
 余裕が生まれたといえば小説の方もそうで、ようやくこちらも次のステップに進める気力がわいてまいりました。というわけで、連載小説、続き行きます! そろそろ題名も決められそうな気がしてきました(笑)。

---------------------本文はじめ------------------------

 翌日。
 当惑気味の榊が麗夢の事務所を訪れたとき、珍しくその場には円光と鬼童が居合わせていた。どうやら、昨日鬼童が測定したデータを元に、今回の事件をディスカッションしていたらしい。榊は、ひんやり空調の利いた応接セットの一角で程良く冷えた麦茶を振る舞われながら、ようやく覚醒した朝倉から聴取した内容を、一堂に披露した。
「朝倉幸司は、田中耕太、植田利明、斉藤正の4人で、半年前の冬休みに、八甲田山にスキーに行った・・・」
 かつて、真冬には膨大な雪で人の侵入を拒んだ八甲田山も、戦後、スキーなどの冬山レジャーが盛んになるにつれ、例外なくスキー場が開かれて大勢の若者達を迎え入れるようになった。昭和43年には山頂付近までロープウェイも建設され、12月から5月まで続くスキーシーズンに、十数万人の人間が訪れる、青森県の一大観光スポットとなっている。特に1月から2月には美しい樹氷を楽しむことができ、小さいながらも、初心者から上級者まで、最長5キロにも及ぶ滑走を楽しむことが出来る様々なコースを備えた、東北屈指の名スキー場になっていた。彼ら4人は、そんなスキー場を訪れた、ごく普通の一観光客に過ぎなかった。ただ、スキーだけを楽しんで帰っていれば・・・。
「昼間、スキーを満喫した彼ら4人は、夜になってにわかに肝試しをすることにしたそうだ。八甲田山というのは結構有名な心霊スポットらしい。酒を飲んで酔った勢いで、幽霊を観に行こう! と誰が言うともなく決まり、ホテルを出て車に乗った」
「愚かな! 面白半分にしてよいことではない!」
 円光が険しい顔でその愚行をなじった。常人には感知できない霊達の気を、円光は感じることが出来る。日本全国を修行の場として転々とする円光にとって、八甲田山も重要にしてその静謐を護るべき霊場の一つなのである。
「ああ、円光さんの言うとおりだな。しかも飲酒運転で夜の雪道など、一歩間違えれば死にに行くようなものだ。それに、彼らはただ面白半分に幽霊を観に出ただけじゃなかった。結局幽霊を観ることもなく、ただ酒を飲み馬鹿騒ぎをして歩き回った彼らが、最後にどこで何をしたと思う?」
 一堂を軽く見回した榊は、はっきりと溜息をついて、言葉をついだ。
「彼らが行ったのは幸畑と言うところにある、陸軍墓地だった。そこには、あの八甲田山雪中行軍で遭難した兵士達のお墓があるんだが、雪で半ば埋まった墓碑に、その、何というか、面白半分に、まるで犬のようにトイレ代わりに引っかけてしまったんだそうだ」
「まあ!」
「きゅーん」
 麗夢が軽く愕きの声を上げ、ベータが、自分はそんな軽率にはしない、と不満そうに唸った。
「な、なんと度し難い・・・」
 円光など、歯ぎしりしてその愚行に憤る始末である。それは、今時の大学生を象徴するかの如き、馬鹿馬鹿しくも愚かな行為でしかなかった。
「では、その報復に彼らは東京くんだりまでやってきて、次々と彼らを凍り漬けにした、ということですか? 今頃になって」
 鬼童が、何となく釈然としない、と言いたげに、榊に問うた。
「相手は死霊だからな。そのあたりの事情は私には正直判らない。まあそれよりも、実は朝倉が酔った勢いとは言え馬鹿なことをした、と随分反省しているようで、快復したら是非現地まで行って謝罪したい、と言うんだ。そこで麗夢さん、申し訳ないが、彼に同行してもらえんませんか?」
「え? 私が?」
「うん。既に死霊は消滅した、と言うことだが、現地にはまだひょっとしてなにか残っているかも知れない。そこで、万一に備えて麗夢さんに護衛を御願いしたいんです。もちろん私も、捜査を名目に同行します。どうでしょう、行ってもらえませんか?」
 榊の憂い顔はこの話を切り出すためだったのか、と麗夢は理解した。いくら取り返しのつかない愚行を演じたとはいえ、既に人が3人も死んでいる。この上辛くも命ながらえた最後の一人まで死ぬようなことになれば、喩えそれが自業自得だったとしても、榊はきっと後悔することになるだろう。とはいえ、榊にとってその手の懸念はすでに昨日解消済みで、更にここで麗夢にわざわざ後始末を頼むのは気がひけるものがあった。一方麗夢自身はといえば、その判断には多少引っかからないところがないわけでもない。今日わざわざ円光と鬼童を呼んだのも、それを少しでも解消したかったからなのだ。だが、麗夢の期待に反して、円光も鬼童も多分に気にかかるところはあるものの、具体的にそれがどうと言えるほどの材料も持ち合わせていなかった。だが、現地でならひょっとして何かわかるかもしれない。それに、それで榊の気が楽になるのなら、仮に何もなかったとしても別にいいじゃない、と麗夢は思った。
「判りました。いつ行くか決まったら教えて下さい」
「おぉ! 行っていただけますか!」
「ええ、私も現地は一度観ておきたいし、万一、も無いとは言えないですしね」
「脅かさないで下さいよ。でもこれで一安心だ」
 榊は苦笑しながらも、明らかに肩の荷が下りた、とばかりに明るい声を上げた。
「その旅、拙僧もお供いたす」
 その隣で、円光が、憮然とした表情を崩さず、ぼそりと口にした。すると対面の鬼童も、澄まし顔ですかさず言った。
「なら僕も行こうかな。あれだけの事件を起こした霊達だ。現地でなら、まだ残留思念くらいは観測できるかも知れない」
 またこの二人は、と榊は心中苦笑いで満たしたが、それはそれとして彼らも同行してくれると言うのなら、安心も倍増するというものである。
「判った。では、皆で行けるよう手配しておこう。朝倉の回復次第だが、医者の話では1週間位で退院できるらしい」
「じゃあ来週ってことね。円光さんに鬼童さん、みんなで旅行なんて、楽しみね」
「あ、そ、その・・・」
「ぼ、僕も た、楽しみです・・・ハハハ・・・」
 麗夢に明るく笑いかけられて、たちまち二人の眉目秀麗な顔がこわばった。朝倉の件ですっかり意識の外にあったが、確かにこれは、麗夢との(残念ながら余計なおまけが多すぎる嫌いはあるが・・・)旅行なのだ。にわかに意識されたその行為の幸福度に、二人は陶然と固まってしまったのである。
「確か温泉もあったわねぇ」
「「お、温泉・・・」」
 どもりまではもる二人に、さすがの榊も呆れ顔を隠しきれなかった。
「遊びに行くのではないのですから、ほどほどに頼みますぞ」
 榊は一応釘を差すと、それでも妄想からさめそうにない二人を残し、麗夢に改めて礼を述べると、再び暑い外界へと帰っていった。朝倉の容態確認、宿の確保、移動手段の検討、自身の出張を上司に認めさせること、等等。1週間後までにやらなければならないことが、早くも熱にうだされつつある榊の頭を、次々と通り過ぎていった。
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新作短編 その4

2008-06-22 18:16:13 | 麗夢小説 短編集
 あれ? なんでなんでしょう? 確か昨日ちゃんとアップしたはずだったんですが・・・。
 今、今日のブログを、と思ってアクセスしたら、昨日の分がすっかり消えて無くなっているではありませんか。うーん、全く原因が分かりません。
 どうもこの数日、原因は不明なのですが、信じられないポカをすることが目立ってきてます。先日は仕事帰りにヘルメットかぶらないでバイクで走り出そうとしましたし、昨日も出張先で使う大事な書類だから、とわざわざ準備万端整えておいたにも関わらず、それを見事に忘れて、本人はカバンを開けるまでちゃんと入れた、と信じ込んでいたりとか、ともかく訳が分からないほど凡ミスが続いているのです。このところ暑くて寝苦しくて寝不足気味だったのが何か影響しているのかも? と言うわけでようやく物置から扇風機を出してきたのですが、これで少しはマシになるでしょうか?
 と言うわけで、あらためて連載小説をアップします。起承転結の承の部がこれで終わります。次からはいよいよお話が転がる転の部です。一気にクライマックスまで持っていきたいところですが、何よりまずは時間が欲しいですね(苦笑)。

-----------------------以下本文----------------------------

 朝倉幸司は、マンションからほど近い、とある病院の一室に運ばれた。麗夢達の力と、榊、鬼童の適切な処置によって一命を取りとめたとはいえ、長時間の低体温状態で、特に手足はやや深刻な凍傷になっている。四肢切断という最悪の事態を避けるためにも、一刻も早く本格的な治療が必要とされたのである。
 ようやく朝倉の病室で人心地ついた麗夢は、榊達に朝倉が見ていた悪夢の内容を話した。
 どことも知れぬ雪山で遭遇した200名余の軍人達。朝倉がその中に取り込まれていたこと。そして、円光の気と合わせて繰り出した浄化の気を浴びて、完全に雲散霧消してしまったこと。特に榊は、悪夢の源である死霊達が消滅したとの話に、手放しで喜んだ。
「しかし、これでこの事件も迷宮入りにならざるを得ませんな」
 と口では苦笑を漏らしながらも、連続凍死事件が事実上解決したことに、榊は心から安堵したのである。一方、鬼童や円光は、まだ榊ほど気を抜いてもいられなかった。何しろ、どうにも謎が多すぎるのだ。
「それにしても、なぜ彼らが狙われたのでしょうね。麗夢さんのお話を伺う限り、その死霊は多分八甲田山で遭難した旧日本陸軍の兵士達じゃないかと思うのですが、そもそも彼らが東京くんだりまでわざわざ出てくる理由が判りません」
「それに、あれ程の冷気を発する死霊にしては、あまりに脆いのが拙僧には気になる」
 二人の疑問は、朝倉の夢に入ったときから、麗夢自身も引っかかっていた事柄だった。特にあのあっけなさ。まさかとは思うが、今になってみると、彼らは抵抗の末麗夢達の気に呑まれて浄化・消滅したのではなく、自ら引いたようにも見えないこともない。
「まあ、朝倉が目覚めればはっきりするだろう。取りあえず今日の所は解散しましょう。麗夢さん、ご苦労様でした。アルファ、ベータ、それに円光さんと鬼童君も、ありがとう」
 榊の勧めに、麗夢達も一応頷いた。実際確かに邪気は去り、円光の心にも鬼童の装置にも、妖しげな気配は感知されない。それに、穏やかに眠る朝倉の容態も、今はすっかり安定している。あとは朝倉が目覚めるまでの間、彼らがここにいて何が出来ると言うものでも無かった。
「判りました、榊警部。朝倉さんが起きたら教えて下さいね。行きましょう、アルファ、ベータ」
「あ、僕も行きます、麗夢さん」
「拙僧も、失礼いたす」
 小さなお供を連れてきびすを返した麗夢の背中を追って、鬼童と円光が慌てて病室を後にした。
「さぁて、どうしたものか・・・」
 麗夢達を見送った榊は、静かにベットで眠る朝倉の寝顔を眺めながら呟いた。心は既に、朝倉の件をどう報告するか、に移っている。しばらく捜査その物は続くだろうが、もちろん死霊の仕業ですとは言えないので、そこはそれ、今までの経験を生かして適当にそれらしくまとめなければならない。まずは目覚めた朝倉を聴取して、その内容を加味して話を作り上げないと・・・。榊は、思わず鼻歌の一つも歌いそうな位に軽くなった気分のまま、その文案を練るのに熱中した。
 この気分が、数時間後、早とちりの誤解だと気づくことになろうとは、今の榊には想像すら出来なかった。

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新作短編その3

2008-06-13 22:41:07 | 麗夢小説 短編集
 明日、明後日と今週末の休みは少々私事で忙しくなりそうですので、予定より1日早いですが、万一更新できなかった場合を考慮し、今のうちに連載小説をアップしておきます。もうちょっと書き込んでおきたかったですが、時間も限界ですし、次の展開をどうするか工夫を考えることにして、とにかくアップします。このあたりの機微が、連載の難しいところですね。結構勉強になります。

それでは、起承転結の「承」の始まりです。次はなるだけドラマチックに「転」を決めたいところですが、切りどころが難しいです。

----------------------以下本文-------------------------

 朝倉の夢。それは、白色の地獄であった。気温は零下20℃を切り、風速にして20メートルを超える強風が吹き荒れ、ほんの数メートル先すら判然としないほど、濃密に雪が降りしきる。その上空に、麗夢は真夏らしいミニスカートの裾をはためかせつつ、忽然と姿を現した。その左右には、すっかり夏の毛に生え替わっているアルファ、ベータが付き従う。そんな恐らくはわずか1分でさえ耐えていられないはずの姿で、彼女らは平然と雪原に舞い降りた。
「きゃっ!」
「ニャ!」
「キャン!」
 ずぼっと音を残して、麗夢達の姿が白い地獄から一瞬で消えた。数瞬後、消えた辺りの白い平面が、突然ぽこっと盛り上がったかと思うと、シンクロナイズドスイミングのように、麗夢が頭から飛び出してきた。アルファ、ベータも頭だけ取りあえず持ち上げて、あーびっくりした、とばかりに麗夢を見上げている。
「なんて深い雪なの? 夢でなけりゃすっかり生き埋めになるところだわ。大丈夫? アルファ、ベータ?」
 ふわり、と身体を再び浮かせて、麗夢が雪で顔中真っ白になったアルファとベータに手を差しのべる。二匹も主を追いかけるように身体を雪に浮かべ、取りあえず雪原の表面に足を降ろした。そのまま身体をブルぶるっと震わせ、余分な雪を払い落とす。現実世界と違い、夢の中なら、麗夢もアルファ、ベータも、基本的に物理法則による制限を受けない。余程強力な夢魔に支配された夢でない限り、暑さ寒さも関係なく、こうして体重が無くなったかのように、柔らかな積雪の上に足跡一つつけず立つことさえ自在である。
「それにしても、夢魔はどこにいるのかしら?」
 麗夢は白い闇を透かして辺りを見回した。殆ど視界は効かないが、ごくまれに雪を透いてかなり遠くまで見通すことが出来る瞬間がある。そのときに見えるのは、起伏のある雪原がどこまでも続くだけのモノトーンな世界だ。そして、そこはかとなく辺りを支配する空虚な悪意。でも、とこの時麗夢は思った。こんな希薄な霊気で、果たして寝ている人の身体を凍らせるほどの冷気を発生させることが可能なのだろうか・・・?
 夢の中で生者を虜囚とし、その命を喰らうのは案外に容易い。夢魔の力が弱くても、とにかく過度の恐怖を演出し、少しずつでも確実に命を啜っていけば、いずれ人は衰弱し、最終的には死を迎える。一方、現実世界にまで影響を及ぼし、直接肉体から命を奪えるのは、例えばかのルシフェルほどの力があって初めて為し得る行為である。では、この霊気にそれだけの力があるだろうか?
 アルファ、ベータもそのことに気づいたのであろう。しきりに鼻を鳴らし、尻尾を振って自身が感じる不審感の原因に想いを馳せているようだ。だが、一行はその事をじっくり吟味する事は出来なかった。白一色の世界に、異なる色合いが現れたのである。
 それは、まず暴風雪を突いてとぎれとぎれに聞こえてきた歌から始まった。
「ゆ・・・の・・・ぐんこおり・・・んで・・・」
 瞬く間に風にちぎられ、雪に吸い込まれていく歌声だったが、しばらくその声の方向を注目するうちに、ようやくはっきりとその対象が見えてきた。
「・・・どーこが川やら道さえ知れずぅうっ! うまーは倒れるすぅててもおけず! こーこはいーずこぞ・・・」 
 それは、体中雪にまみれながら歩いてくる集団であった。
 先頭を行く3列の人が雪をかき分けるようにして道を開き、そのあとを2列、3列、2列、と肩を組むように寄り添う人並が続いていく。列が進むたび、さらさらの雪の中に次第に道らしきものが生まれ、その細い啓開路に沿って、ぞろぞろと付き従う人の列が続く。皆薄っぺらな外套を身にまとい、簡単な帽子をかぶり、小銃を肩に下げている。いつの時代かは判らなかったが、どうやら日本の軍隊の行進らしいことは麗夢にも理解できた。
「これが鬼童さんの言ってた『都市伝説』の正体って訳ね」
「ワン! ワンワンワン!」
「あ、やっぱり死霊なの?」
「ワン!」
 目の前の集団に鼻を鳴らしていたベータが、明らかな死臭を感知して麗夢に告げた。この雪原も、彼ら死霊が生み出した妄執の産物であることは疑いない。おそらくは、どこかで吹雪に迷った軍隊が遭難したときの妄執が、今も永遠に無限の雪原を彷徨い続けているのだろう。円光も鬼童も、そんな彷徨の一端を目敏くもかぎつけた訳だ。
 麗夢が感心するうちにも、そんな一団が目の前を横切り、向こうの雪の中へと消えていく。その最後尾に、少し遅れながら必死に大きな橇を引く数名の男達が見えてきた。何を積んでいるのか、相当に重量のありそうな橇で、およそ200人余りの人間が踏み固めた雪道にめりこみ、両側から崩れたつ粉雪に埋まって、あたかも雪に溺れるかのように、時折ぐいと引っ張られるときだけ、橇の片鱗を雪の上にかいま見せている。そんな橇が15台、これも次々と麗夢の前を横切っていった。
「あ、朝倉さん!」
 その最後の橇を引く男達の一人に、見覚えのある顔立ちがあった。間違いなく、朝倉幸司その人である。うつろな目で雪に埋もれながら進むその姿は、強制労働で命旦夕に迫る囚人達もかくやと言わぬばかりな有様で、ふらつきながら橇を引き続けていた。どうやら朝倉は、この迷える魂にどういう訳か囚われ、その生命を削られ続けている訳だ。多分先に亡くなった朝倉の友人達も、こんな死霊の軍隊に無理矢理雪の中を歩かされ、無惨な死を迎えたのであろう。
「まあとにかく朝倉さんを助けましょう。早く手当てしてあげないといけないし。アルファ、ベータ、いいわね!」
 麗夢は左右に陣取る可愛らしい毛玉二つに確認をとると、力強い返事を糧に、全身の力を奮い起こした。
「はああああああっ!」
 麗夢の身体が、突然金色の光に包まれた。そこに、円光から届く破邪の神気が流れ込む。アルファ、ベータも同じように自分達を核として光の玉を生み出した。そんな異なる大きさの3つの光球が見る間に膨れ上がり、数瞬のうちに、直径数メートルはある巨大な球へと成長した。
「はあっ!」
 気合い一閃! その瞬間、突如光が爆発した。膨大な雪を瞬時に溶解し、蒸発させる巨大な熱量が、核爆発のごとく夢世界を席巻した。吹き付ける強風が空間ごとあえなく吹き飛ばされ、雪原は瞬く間に漆黒の大地へと塗り替えられる。更に輝きを増す麗夢の光は、露出した地面に次々と生命のほとばしりを誕生させた。ようやく麗夢とアルファ、ベータが気を抜いた頃、あれほど夢世界を埋め尽くした雪は跡形もなく消え去り、永遠の白い闇に過ぎなかった平原は、緑溢れる野原と化してうららかな日差しに包まれていた。あれほどいた兵隊達も忽然と消え、朝倉幸司がただ一人、その向こうでうつ伏せに倒れているのが見える。
「なんなの? これ」
 円光の気が送り込まれているとはいえ、さすがに麗夢も、そのあっけない幕切れには少し唖然とさせられた。もちろん夢を浄化するに足る力を発揮した自覚はあったが、もう少し夢魔らしい抵抗の一つもしてくるだろう、と麗夢は予測していたのである。
「終わった、のよね?」
 麗夢の疑問形に、アルファ、ベータも目を見張り、耳を澄ませ、鼻をくんくん鳴らしてその夢の様子をうかがった。しかし、結局麗夢同様、怖気をふるう悪夢の気が滅散し、健全な、普通の夢の世界に塗り変わっていることを確かめられたに過ぎなかった。
 麗夢は、アルファ、ベータともう一度辺りを見回してから、改めて言った。
「じゃ、取りあえず帰りましょうか」
 元気よく尻尾を振って同意した二匹は、麗夢のミニスカート姿と並んで、この緑の平原から現実世界へと帰還した。
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新作短編 その2

2008-06-07 20:28:52 | 麗夢小説 短編集
 先週から始めました、新作の短編の続きです、って、まだ題名決まっていません(苦笑)。これが鬼童の書く論文なら、「超精神体の寄生による生体恒常性の崩壊が引き起こす低温障害の発生とその対処方法の検討」とでも名づけるところでしょうが、これでは小説の題名にはならないので、もっと気の利いたものを考えないとなりません。これには、もうしばらくかかりそうです。
 さて、というわけで今回はおなじみのレギュラーメンバーが揃い、起承転結の「起」の部分が終了です。次回は物語が発展する「承」の始まり。「転」、「結」まで構想はできていますので、多分無事に書けることでしょう。ただ、すでに書いたものを分割して上げていくのと違って、アップするつど書き足していく、という今のスタイルは、新鮮ですけど想像以上に大変です。新聞の連載小説を書いたりするプロ作家さんはやっぱりすごいですね。私もせめて週一連載位はこなせるように成りたいです。
 それでは、本文に参りましょう。

---------------------本文開始-----------------------


 朝倉幸司は、都内某所の大学にほど近い学生向マンションで、1人暮らしをしている。榊は念のため、私服警官を貼り付けて警護させていたが、麗夢と榊が到着したとき、その警官が2人の男とマンションの影でもめていた。
「円光さん! 鬼童さん!」
 麗夢の一声に、それまで険しい表情で警官達とやり合っていた2人の顔が、見る間に朗らかにほころんだ。
「おお、麗夢殿!」
「麗夢さん!」
 二人は警官をそっちのけにして麗夢の方へ同時に一歩踏み出した。
「麗夢殿もこの妖しの気配を察せられたか」
「麗夢さんがくるからには、どうやらこれは『当たり』のようですね」
 円光は錫杖を片手に墨染め衣に脚絆姿、対する鬼童は、瀟洒なスーツに、ショルダーバックを一つ肩から提げている。よく見るとそのバッグにはあちこちLEDライトが点滅し、ただのカバンではないことをさりげなく主張していた。どうやら円光は気配を感知し、鬼童は計測機器の反応を頼りに、この朝倉が住まうマンションまで出張ってきたらしかった。
「二人とも凄いわ。これじゃあ私の商売上がったりね」
「いえいえ、僕の方は偶然ですよ」
 鬼童が、うれしげに語りかけた。
「ちょっとした都市伝説を追いかけているうちに、円光さんと一緒になりましてね」
「都市伝説?」
 小首を傾げる麗夢の仕草に、思わず鬼童と円光の心拍が2割方高まった。
「え、ええ。昔の軍人の幽霊が出る、っていう話なんですがね。それも一人二人じゃなくて、数十人規模が隊列をなして行進してくる、っていう話なんですよ」
「拙僧は巽の方角からずっと妖気を辿って参った。どうやらこの辺りで一段と強くなっている様子。麗夢殿は何か感じないか?」
「昔の軍隊に、妖気・・・。そうね、確かに何かヘンだわ。アルファ、ベータ、判る?」
「フーッ」
「うー、ワン、ワンワン!」
 アルファ、ベータも鼻を鳴らし、尻尾を振って、辺りに漂うただならぬ気配を麗夢に知らせる。
「取りあえず朝倉に話を聞きましょう。彼はずっと部屋に閉じこもっているとのことです」
 榊は報告を受けた部下に待機を命じると、先頭を切って目の前のマンションに足を向けた。
「朝倉さん、朝倉幸司さん、警視庁の榊です。開けてもらえませんか?」
 榊はインタホンを押して朝倉を呼び続けた。既に榊は、田中耕太の事件直後に一度朝倉を訪ね、その後もたびたび事情聴取している。
「朝倉さん! おかしいな、いないはずはないのだが・・・」
「手の放せないことでもしているのかしら?」
 麗夢の疑問に、榊は首を横に振った。
「いえ、これまでもすぐに出てこないときがありましたが、返事だけは必ずありました。こんなことは初めてです」
 榊は、念のためドアノブに手をかけたが、しっかり鍵がかかっているのが判っただけだった。
「何なら僕が開けましょうか?」
 鬼童が微笑みながら本気とも冗談とも付かぬ口調で申し出た時。鬼童の左肩に下がるカバンから、小さな、だが甲高い警報音が鳴った。と同時にアルファ、ベータが緊張のうなり声を上げ、麗夢と円光もドア一枚挟んだ向こう側に立ち上がったただならぬ気配を感じ取った。
「榊警部! 何か中で大変なことが起こっているわ! すぐここを開けて!」
「お、大家に鍵を借りてきましょう!」
「それでは間に合わぬ! ここは拙僧が!」
 円光はやにわに錫杖を振り上げると、その石突を一気呵成にドアノブへ叩き付けた。新鋭戦車の装甲すら撃ち破る円光の力の前に、耳障りな悲鳴を上げてドアノブがいとも簡単にはじけ飛び、勢い余って変形したドアのロックが解けた。反動で僅かに開いたドアを、麗夢が意を決して思い切り引き開けた。途端に、真夏の午後の外気よりもむっとした熱気が外に流れ出た。
「火事か?!」
 アルファ、ベータが間髪を入れず部屋に飛び込み、けたたましく鳴き声を上げる。榊、麗夢、円光と鬼童がそれに続く。部屋は小さな玄関を一足飛びに越えると、すぐに唯一の居室に繋がっている、6畳ほどの部屋の奥にベットが一台据えられており、厚い寝具が盛り上がっているのが目に入った。が、火の手はどこにも見られない。その代わりに、窓際に設置された空調が唸りを上げて熱気を噴出していた。鬼童が目ざとくリモコンを見つけ、一瞬絶句して呟いた。
「暖房? この暑いのに」
 鬼童が空調を停止している間に、榊、麗夢、円光は奥のベットに積み重なる寝具をひっぺがした。
「こ、これは!」
 ベットの上には、この熱気の中で達磨のように厚着をした青年が一人、膝を抱き、背中を丸めて小さく横たわっていた。落ち窪んだ目、紫に変じた頬、露出した手足は真っ白なロウのような色で、まるで血の気が感じられない。だがまだ息はある。榊は目ざとくそれを認めると、二人に言った。
「凍傷になりかかっている。 一体どうしてこの暑さで?」
「榊殿、どうやらこの青年は、何か悪辣な夢に囚われているらしい」
「悪夢って夢魔か? そのせいでこの暑さで凍傷になりかけているのか。一体どんな悪夢なんだ?」
「それを確かめるわ。行くわよ、アルファ、ベータ!」
 早速麗夢がベットの傍らにちょこん、と座り込み、アルファ、ベータがその膝に寄り添うように丸くなる。たちまち寝息を立てた麗夢に円光も気を練り直し、破邪滅妖の真言陀羅尼を口ずさむと、錫杖の先を青年に向けた。麗夢が夢の中から、円光が外から悪夢に対抗する必勝の布陣である。榊はその間に朝倉の手を摩擦しながら鬼童に言った。
「鬼童君、お湯を沸かして、風呂にも湯を入れてくれ!」
「判りました、警部!」
(一連の連続凍死事件が夢魔の仕業なのか・・・。でもどうして彼らが・・・)
 円光の結界が功を奏したのか、榊が懸命に摩擦する手に、僅かながら赤みが戻ってきた。榊は別の手をまた摩擦しながら、麗夢とアルファ、ベータの無事を祈った。
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新作短編 その1

2008-06-01 20:25:48 | 麗夢小説 短編集
 ・・・・・・もの凄いとしか言い様のない吹雪が、田中の背中をどやしつけるように吹きつけた。思わず、ひっと悲鳴をもらし、田中は手をかけたばかりの岩肌にしがみついた。風は時折ふっと弱まるが、直ぐさま前にも増した勢いで吹きすさび、崖にへばりつく身体を横殴りにしたかと思うと、下から猛烈な勢いで持ち上げられる。もう、方向も強さもめちゃくちゃだ。そんな雪と風の咆哮で一杯に塞がれた僅かな隙間に、「がんばれ!」とか「もうすぐ上に出るぞ!」などと励ます声が割り込んでくる。多分上からのはずだが、風で言葉も舞うのだろうか、方角がまるで見当つかない。だが、田中には正直そんなことはどうでもよかった。さっきから手足の感覚がほとんどない。岩にしがみついているのさえ、目で見ればそう言う形に手袋の指が岩にかかっているだけで、力を入れているのかどうかさえ心許なかった。と、その時、あぁっ! とも、うわっともつかない悲鳴と共に、田中の右上から黒い塊が落ちてきた。まるで踏ん張りがきかないのだろう。白い壁面をジェットコースターのように滑り落ちていく。振り返ってみれば、吹雪で視界が霞む中、今落ちたばかりの黒い塊と同じような連中が延々と列をなし、岩と雪にへばりついて、少しでも崖を上がろうともがいている。麻痺しかけた頭で、僅かに田中は思った。そうだ、今はとにかく上がらなければならない。上がるしかないのだ。
 見上げた顔に、轟音と化した風をついて、「登り切ったぞ!」と歓喜の叫びが届いた。「がんばれ!」と言う声も、さっきとは比較にならないほど生気を帯びて聞こえてくる。もうすぐだ。もうすぐ上に出る。僅かに力が増した指先が、ほんの少し岩肌を感じたその時。
『違う』
 一言。
 田中の耳元に呟くような小さな声が届いた瞬間、感覚が麻痺しかけた指から、ふっと岩肌の感覚が失せた。弾みで丸い帽子が宙に飛んだ。強風に巻かれてすぐに見えなくなる瞬間、小さな鍔の上に輝く星形がきらりと輝くのが見えた。
 
 ・・・・・・植田が見渡す限り、まるで周りの空間全てにグレーのペンキを流し込んだように、ただ辺りは灰色でしかなかった。猛烈な風が吹きすさび、狂ったような咆哮と共に、雪を殴りつけてくる。
 寒い。
 ひもじい。
 眠い。
 腰を没し、胸まで届く粉雪をかき分けながら、植田はただ黙々と前を行く黒っぽい背中を追い続けた。
 やがて、前の背中が立ち止まった。それまで、ただ暴風の叫声に満たされていた耳に、低いざわめきともうめきともつかぬ声が流れ込んでくる。思わず顔を上げた植田は、それまでグレーの濃淡でしかなかった視界に忽然と現れた黒い壁に目をやった。霞む目を懸命に凝らしてみると、ここまでひたすら進んできた雪原が唐突に終わりを告げ、巨木の連なる崖が聳えて、一行の行く手を遮っていた。
「天は我々を見放したらしい!」
 先頭で、誰かが叫んでいるのが聞こえてきた途端、暴風雪を押して動揺の波が広がるのを植田は感じた。たちまち数人が、その場で力つきたように膝をつき、雪の中に見えなくなった。
 見知らぬ隣の顔を見ると、眉や髭に長い氷柱を伸ばし、紫に変わった顔色の中に、うつろな目を泳がせている。その目線が、ふと植田とあい、火膨れしたようなその唇が、微かにわなないた。
『違う』
 その声を聞いた途端、植田は、全身を辛うじて支えていた最後の力が抜けるのを意識した。バランスを崩し、前のめりに倒れる瞬間、パウダースノーが口や鼻に舞い込んでくる冷たさを久々に意識しながら、植田の意識はふっつりと切れた。
 
 ・・・・・・斉藤が思い出したように意識を取り戻したのは、それまで悪性の流行病のように一行の耳にこびり付いていた風と雪の荒れ狂う轟音ではない音が飛び込んできたからだった。見上げて見れば、目の前に大きな滝が一つかかって、この寒気をものともせずに水を落とし、渓流の流れを形作っていた。崖下の窪地に集う人影は少なく、自分を入れてもせいぜい十人いるかどうかと言ったところだろう。ぼんやりとした頭で、そういえばいつだったか一行が二手に分かれ、自分達はこちらの方へ来たのだった、と「思い出した」。相変わらず雪と風が辺りを席巻しているが、崖が屏風のように立ちはだかっているためか、この一角だけは幾分その風も和らいでいるようだ。
 目の前の川は水量も豊かで、滝の崖や川岸近くはびっしりと凍りついているが、水面までは凍ることなく、下流へと水を流し続けていた。この川を下れば帰ることが出来る。助けを呼びに行くことが出来る。ふとそんなことを思った斉藤の前に、ふんどし一丁になった男が一人、立ちはだかった。
「この川を泳いで下り、本営に救援を求めに行くぞ! ついてこい!」
 紫色に腫れ上がった顔に手足。目だけがぎらぎらと異様な光を帯びている。斉藤は思わず立ち上がった。どうにかして自分も下帯一つになり、その男のあとに続く。そして、あと一歩で川に入ると言うところで、男が振り返った。
 『違う』
 ぼそり、と一言呟いた男は、次の瞬間には水の飛沫を上げて川の中程まで歩いて入り、そのまま下流に向けて飛び込んだ。斉藤も続けて水に入った。冷たいだろうと思ったが、別に何も感じないことに驚いた。そうか、水は凍らない程度に暖かいのだ。これに入って下っていけば、助かる。
 斉藤は、男が消えた川の流れに、自分の身も投げた。途端に風の音が水の音に変わり、すぐにその音も聞こえなくなった。
 
・・・・・・ 
 
 「一ケ月に3人ですか・・・」
 大学生・田中耕太、植田利明、斉藤正の変わり果てた姿を写した写真を応接セットのテーブルに戻した麗夢は、沈痛な面持ちで向かいのソファに収まる榊を見た。
「でも、こんな季節に凍死だなんて・・・」
 麗夢の事務所は空調の利いた涼しさに満ちているが、一歩外に出ると、そこは昨今の地球温暖化をイヤでも意識させられる焦熱地獄が待っていた。榊などは、ついさっきまで全身の水を絞り出されたかのように、汗びっしょりでここまで辿り着いていたのである。
「ええ。全く理解に苦しみますが、確かに死因は、凍死、です」
 榊は、ようやく引いた汗に寒気を覚えたのか、軽く身震いして自分が持参した被害者達の写真を見た。皆、全身に著しい凍傷を生じ、顔などはほとんど本人かどうか識別が困難なほど紫や黒に変色している。しかも、発見された当初は全身が薄い氷の膜で覆われていた者もおり、被害者達が発見される寸前まで、非常な低温下に置かれていたことを物語っていた。だが、彼らが発見されたのはいずれも自宅。市販のエアコンでは、真夏のこの季節はもちろん、真冬でも部屋で凍死する環境を作り出すのは難しいだろう。
「我々としては、何者かによって業務用冷凍庫などに閉じこめられて殺害された後、自宅に運ばれたのだろうと言うことで、人が十分に入ることが出来る冷凍庫や冷凍車を虱潰しに調べているところですが、目下の所全く手がかりはありません」
 榊の溜息に、麗夢もまた頬杖をついた。
「でも、わざわざ私の所に見えられたということは、そんな「まともな」事件じゃない、ってお考えなんでしょう? 榊警部は」
「ええ」
 榊は顔を上げて麗夢に言った。
「実は被害者達には、説明の付かない不思議なところがあるんです。捜査本部ではあまり重視していませんが、全員が家族の誰かに、死の直前まで姿を見られています。正確には、被害者達は夜寝室に入るまでは間違いなく自宅におり、翌朝、いつまでも起きてこない被害者を起こしに来た家の者によって、凍死しているところを発見されているんです。つまり、もし誰かが被害者をどこかの冷凍庫で凍死させたのだとしたら、その夜のうちに家族の誰にも気づかれないように被害者を連れだし、速やかに凍死させた上で、夜が明けるまでにまた家族に気づかれることなく被害者をベットに戻したことになります。本部では、いずれ不審な冷凍車の類が捜査線上に浮かび上がってくるだろう、と高をくくっているようですが、どうも私には、彼らが自分達のベットで寝ている間に凍らされたように思えてしかたがないのです」
 もちろん警察でそんな考えをしているのは自分だけですがね、と榊は力無く苦笑いした。確かに榊の話は、普通はどう考えてもありえない荒唐無稽さである。だが、榊にとって「ありえない」と言う言葉が死語になって久しい。その震源とも言うべき目の前の少女が、にっこりと笑って言った。
「判りました。確かに調べてみる必要がありそうですね。でも、次に狙われそうな方の目星は付いているんですか? 警部」
 榊は明らかにほっとした顔で一息つくと、おもむろに手帳を取り出して、中に挟んでいた一枚の写真を麗夢の前に置いた。
「朝倉幸司。三人と同じ大学のサークル仲間で、よく連れだって旅行したり飲みに出たりしていたそうです。これは全くの私の勘だが、次に狙われるとしたらこの青年に間違いないと思う」
 麗夢は写真を取りあげると、その人好きする甘めのマスクに軽く目を輝かせた。
「アルファ、ベータ、起きて。お仕事よ!」
「ニャウン?」
「キューン」
 この事務所で一番クーラーが利く涼しい一角から可愛らしい返事があがった。
「では警部、案内して下さい」
「判りました」
 榊は写真を手早く集めると、幾分軽くなった気持ちのままに、颯爽と立ち上がった少女の背中を追った。
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短編小説『鏡の悪戯』後編いきます。 

2008-05-21 22:48:44 | 麗夢小説 短編集
 今日は見事に上天気で、朝は寒いくらいでしたが、昼間はもう真夏とそう変わらないくらいに感じるほど熱い日差しに背中やうなじがじりじりと焼かれました。5がつも3分の2を過ぎますが、そろそろ初夏から更に一歩踏み込んだ季節に移りつつあるようです。ここまできたら、もうじき梅雨ですね。果たして今年はどんな梅雨になるんでしょうか。

 さて、先週末にアップした「鏡の悪戯」前編に続き、正真正銘新作の後編をアップします。相変わらずどたばたしていますが、今度のは更に男臭さもあいまって、まるで夏コミ3日目の某区画のような有様、かも知れません。幸か不幸か、コミケ2日目の某区画のような描写は一切ありませんので、その点はご安心いただけると思いますが、かわいい麗夢ちゃんが飛び回って活躍する、というような話ではありませんので、ご注意願いたく存じます。

 それにしても、私の短編はどたばた喜劇が多いような気がしないでもないです。私は性格的なものなのか、ギャクを描くのはすこぶる苦手なのですが、どたばたコメディは割りと好きで、書くのも苦になりません。きっと幼少時から関西系喜劇にどっぷり染まっているせいかもしれません。大笑いは取れなくてもくすっと笑みがこぼれてくれましたら作者としてはうれしい限りですので、もしお気に召しましたらコメントででも感想をいただければ幸いです

 
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短編小説『鏡の悪戯 後編』 その1

2008-05-21 22:39:09 | 麗夢小説 短編集
「ちょ、ちょっとまったぁ!」
「きゃっ?!」
 今にも集中させた夢のエネルギーを一気に放ち、夢魔の女王の鏡を夢世界から現実世界へ叩き出そうとしていた麗夢は、その腕に縋り付いてきた夢見小僧に押し倒された。
「いったーい・・・。何なのよ一体!」
 同じくうつぶせに倒れ込み、麗夢のお尻の上でふぎゃっ、と小さな悲鳴を上げた夢見小僧が、涙目を浮かべつつ顔を上げた。
「今、いいこと思いついたの。お願いだから、鏡を外に出すのは待って」
「えーっ」
 麗夢はいかにも嫌なことを聞いた、と言わぬばかりに身体をひねり、背後の夢見小僧を振り返った。
「もういい加減にしてよ。パワー集めるのだって楽じゃないのよ!」
 だが、夢見小僧は麗夢の抗議などまるで聞こえませんと、満面の笑みを浮かべて麗夢に言った。
「ね、次は夢世界一のイイ男を選びましょうよ」
「はぁ?」
 高らかに宣言した夢見小僧に、麗夢もまた改めて眉をひそめた。
「もう懲りたんじゃないの?」
「何を仰るウサギさん!」
 夢見小僧は、腕立て伏せの要領で上体をぐっと持ち上げると、麗夢を見上げて言った。
「夢世界一の美女がともかくも決まったんだから、次は夢世界一の男を選ばなくちゃ話がまとまらないでしょう?」
「イヤ別にまとめなくていいから・・・それより早くそこどいて・・・」
 頭を抱えた麗夢がぼそりと呟くのも構わず、夢見小僧はテンションも高らかに麗夢に言った。
「お雛様だって七夕様だって伊弉諾伊弉冉の神様だって、世のことわりは陰陽一対! 夢世界もまたその道理に則らなくちゃ! そう思わない? 美奈ちゃん!」
 突然暴走を始めた事の成り行きに呆然としていた美奈は、いきなり話を振られて口ごもった。
「え? あの、その、どうするんですか?」
「もちろん! まずは候補者を選びよ! エントリーするに相応しい男子を選ばなくちゃ! 誰かいない? 美奈ちゃん」
「え、お、男の人ですか? え、えーと」
 律儀に考え始めた美奈に、麗夢はため息を付いて一声上げた。
「私は反対」
「なんでよ!」
 一転、突っかかってきた夢見小僧に、麗夢は努めて冷たく、突き放すように言った。
「だからまずどきなさいってば! とにかくもうあんな騒ぎはこりごりだわ。いいこと夢見さん。これ以上だだこねるんだったら、その鏡、今度こそきれいさっぱりたたき壊してやるわよ」
 麗夢は、今は光を失った剣を、これ見よがしに夢見小僧の顔の上で振った。
「あ、危ないって! 麗夢ちゃん! ヒッ!」
「あーら、ごめんなさい?」
 ズルリ、と背中越しに麗夢の手からずり落ちた剣の切っ先が、夢見小僧の脇腹をかすめた。更ににやりと笑みを浮かべられては、さすがの夢見小僧のテンションも下がらざるを得ない。意気消沈した彼女の姿に、麗夢もようやく安堵のため息を付いた。
「判ってくれたらいいのよ、さあまずはそこをどいて って、な、なにするの?!」
「隙あり、麗夢ちゃん!」
 いまだラグビーでタックルを決めたような形で麗夢のお尻に抱きついていた夢見小僧は、麗夢の剣が離れた瞬間、もぞもぞっと麗夢の身体の上にはい上がり、その両脇に自由になった手を添えた。
「言うこと聞いてくれないんだったら、こうなんだから!」
「ひゃっ! ちょ、ちょっと駄目! イヤ、そこは、あは、やめて! あははははは! み、美奈ちゃん、助けてぇ!」
 背後から抑え付けられ、自由を失った麗夢の脇腹に、夢見小僧の両の手がワキワキと蠢いた。
「美奈ちゃん! 手を出したら、次は貴女の番よ!」
 蛇に睨まれた蛙、というのはちょうどこういう姿を言うのだろう。肉食獣さながらの半分イってしまったかのような夢見小僧の爛々と輝く目と笑顔に、美奈はひっと悲鳴を呑むと、そのまま固まってしまった。
「美奈ちゃーん!」
 夢魔の女王に対してひるまず立ち向かった勇気は、この「猛獣」相手にはまるで通じなかったようだ。麗夢は絶望的な悲鳴を上げて美奈の名を叫んだが、美奈はびくっと一瞬ふるえただけで、夢見小僧の再度の睨みに全く身動きがとれなかった。
「ほれほれほれほれ! どーぉ、私のお願い、聞いてくれる気になった?」
「いやーっ! 判った、判ったからやめてぇっ!」
 手足をバタつかせ、泣き笑いと脂汗に額へぐっしょりと前髪をへばりつかせながら懇願する麗夢に、夢見小僧もようやく満足したようだった。
「はぁ、はぁ、判ってくれてうれしいわ。あ・り・が・と・う」
 と、名残惜しげにぐったり脱力した麗夢の耳元に口を寄せて呟き、蠱惑げに曲げた右手の指で背中をひとなでした夢見小僧は、麗夢がひゃん! と色っぽい悲鳴を上げたのを合図に立ち上がった。
「さあ、麗夢ちゃんも同意してくれたし、魔法の鏡さん、よろしくお願いね!」
『かしこまりました』
 相変わらず陰惨な感じの拭えない声だったが、心なしか弾んでいるように聞こえたのは気のせいだろうか。美奈は二人の嬌態に頬を赤く染めながらも、ようやく出番がきた鏡の様子に、何故かほっと息を付いていた。
『まずはこの二人から参りましょう』
 鏡の表が突然真っ白に輝いた。油断していた一同が目をくらませる。
「二人って、ちょっと芸が無さ過ぎよ・・・?」
 てっきりレギュラーの美男子2人が呼び出されたモノ、と思いこんだ夢見小僧は、薄れる光に現れた巨体と漆黒の姿に、ぽかん、と口を開けた。
「「何だここは?」」
 異口同音に声を上げた「2人」の前で、鏡の声が響き渡った。
『エントリーナンバー1番、夢魔王殿。同じく2番、死神博士死夢羅ことルシフェル殿~』
「あ、あなた達!」
「貴様! 麗夢!」
 夢見小僧のくすぐり&セクハラ攻撃にすっかりどうにでもしてくれ、と自暴自棄な麗夢だったが、いきなり現れた、辺りを闇に染めるかのような姿が戦士の本能に火をつけた。麗夢はまだ馬乗りになっていた夢見小僧を突き飛ばすようにして立ち上がると、油断無く剣を構えた。相手の二人も、突然のことに訳が分からないなりに、いきなり現れた(と二人には見えた)宿敵の姿に、それぞれの獲物を構え直す。
「夢見さん! 美奈ちゃん! こっちへ!」
 今にも一触即発の危機的状況に、麗夢の緊張はいや増しに増した。一度は滅ぼした夢魔王に加えて、死神まで目の前にして、二人をかばいつつ闘えるのか、あまりに心許ない。だから止めておけば良かったのに、と夢見小僧を止められなかったことに歯がみしつつ、迫る脅威に剣を振りかざしたその時だった。
『双方武器をお引きなさい』
 鏡の声がまたも辺りを震撼とさせた。
「何だと? 鏡風情がこのわしに命令しようというのか?」
 夢魔王が不快げに鼻を鳴らすと、ルシフェルもまた、嘲りも露わに鏡に言った。
「そうだ。邪魔はせんでもらおう」
 しかし、鏡は見た目一向にひるむ様子もなく、淡々と二人に言った。
『あなた方は私の魔力で一時的にこの場に顕現したに過ぎませぬ。姿、意識は往事のままでも、所詮は鏡に映し出された影。その力までは再現されておりませぬ』
「「何?!」」
 またも二人同時に驚愕の叫びを上げ、信じられぬという目でおのが獲物を見つめた。
 麗夢もまた、改めて目の前の敵を睨みすえ、鏡の言うことが確かに正しいことを見て取った。そう、視覚は間違いなくただならぬ脅威を知覚しているのに、麗夢の戦士としての鋭敏な感覚は、二人を全く脅威として認めていなかったのだ。あの人を威圧して止まない強烈な殺気も、心を腐食させ、光を闇に染め変える瘴気もまるで感じられない。麗夢はそれでも構えた剣を降ろそうとはしなかったが、ようやく事態を把握した傍らの友人が蠢き出すのを止めることは出来なかった。
「ちょっと鏡さん! 何よこの二人は!」
『何、と申されますと?』
「私は、夢世界一の男を選ぶって言ったのよ!」
『ええ、ですから、私の視点でまず候補者を選んだ積もりですが』
「あのねえ、この二人のどこに夢世界一の男としてエントリーする資格があるのよ。私は、化け物や枯れたじじいの一番を選びたいんじゃないの。そこんとこ判ってる?」
 何だとこの小娘! と異口同音にいきり立つ二人の猛者を無視して、鏡は言った。
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短編小説『鏡の悪戯 後編』 その2

2008-05-21 22:39:01 | 麗夢小説 短編集
『男の価値は単に見栄えだけではないでしょう。他にも、膂力、知性、決断力、カリスマ性、ファッションセンス、危険な悪の香り、等々、判断材料は多岐に渡るはずです。それに、昨今は「ちょい悪親父」なるものがはやっているとも聞き及びます。このお二方には十分エントリーの資格がある、と思いますが?』
「ちょい悪って、この二人が?」
「何だその目は?」
 さすがに麗夢も呆れながら二人を見れば、どうやら暴れるのは無理、と悟ったのだろう。死夢羅が鎌を所在なげに肩に掛け、麗夢を見返した。夢魔王も獲物の蛮刀を下げ、腕を組んで怒りを収める。
「だが、夢世界一の男を選ぶというのなら、仕方あるまい。しばらく付き合ってやる。さあ鏡よ、さっさと残りを呼び出すがいい! まあ、誰が一番になるかはもう決まったも同然だがな」
「ふん、高々夢魔風情が偉そうに。だが、確かに一番が誰か、は既に決定していると言ってよかろうな」
「何を!」
 ルシフェルの嘲弄に突っかかろうとした夢魔王を、鏡の次なる呼び出しが遮った。
『エントリーナンバー3番、聖美神女学園体育教師殿~。4番、夢隠村首無し武者殿~』
 鏡の声と共に現れた二人の姿に、麗夢はもう打つ手無し、とばかりにしゃがみ込み、美奈は失神寸前の有様でその傍らに腰からストン、と落ちた。一方夢見小僧は、何なのよ一体、と憤慨しながら、鏡をにらめ付けていた。
「絶対誤解してる。鏡の奴ぅ!」
 鏡はそんな周囲の空気などどこ吹く風、とばかりに、更に次々と候補者を読み上げていった。
『エントリーナンバー5番、南麻布学園闇の皇帝殿~。6番、フランケンシュタイン公国ジュリアン怪物バージョン殿~、7番源衛門兼孝殿8番佐々兵衛玄海殿9番海堂平々衛道秀殿~・・・」

 さてどれくらい時間がたったか、と、麗夢には果てしない地獄の業苦のごとく感じられた数分間が過ぎた頃、ようやく鏡がエントリーの終了を告げた。
『以上、27名の方が、夢世界一の男と選ばれるにたる方々です』 
 麗夢、美奈、そして夢見小僧は、その鏡の間を埋め尽くした「錚々たる」メンバーに、さすがに息を呑んだ。
 夢魔王、ルシフェル等に加え、円光、鬼童、榊の3人、豪徳寺家当主とその執事、直人、美衆達彦、恭章の兄弟、平智盛、ハンス・ゲオルグ・ヴァンダーリヒ、夢サーカス団長、ジェペット翁、ヴィクター・フランケンシュタイン博士、ケンプ将軍、ジュリアン正規バージョン、ボリス博士、白川哀魅の父と弟までいる。
「ちょっと鏡さん? 同じ人が複数混じってるみたいだけど?」
『場所、時代、能力、外観等が大幅に変わる人については、それぞれお呼びいたしました』
「あ、そう」  
 敵味方、時代も場所も入り乱れた一大集団は、今はおのおの一人孤高を保つものもいれば、2、3人の小さなグループに分かれて寄り添っているものもあり、呼び出された時の騒ぎも収まって、一応の小康状態を保っていた。疑問も片づき、『化け物』以外にも取りあえずエントリーがあったことにほっと一息ついた夢見小僧は、またどこからかリンゴの木箱をとりだしてくるとその上に立ち、ハンドマイクを手に一堂へ呼びかけた。
「エー皆さん静粛に! すでに皆さんご理解いただいているものと思いますが、これより、この27名のうちから、夢世界一の男を決めるコンテストを開催いたしまーす。私は進行役の夢見小僧、そして、アシスタントの美奈ちゃんです!」
「よ、よろしくお願いします」
 何だか訳が分からないまま紹介されてしまった美奈が、顔を真っ赤に染めてぺこり、とお辞儀をした。その顔が上がるのも待たず、夢見小僧は言葉を継いだ。
「それでは皆さん! 頑張って栄冠を勝ち取って下さい! なお、見事一番になられた方には、先に行われました夢世界美人コンテストで堂々の優勝を果たされましたこちら、綾小路麗夢さんより、素敵なキスをプレゼントいたします!」
「ちょっと待って!」
 おぉーとどよめく中に、「れ、麗夢さんと、キス・・・」「麗夢殿と・・・せ、せ、せ接吻?」などと早くも妄想モードに入るつぶやきが耳に入る中、麗夢は悲鳴を上げて夢見小僧を制した。
「そ、そんなこと聞いてないわよ!」
「いーじゃない、夢世界美人コンテストの優勝者なんだから、それくらいサービスしても」
「いやよ、絶対いや!」
「まあまあ」
 リンゴの木箱の上下でちょっとした押し問答が繰り広げられる中、再びざわめきだした会場に、突然一声、黄色い叫びがこだました。
「ちょっと待ったぁ!」
 何だ? と一堂の目が集中する先に、一人の少女が立っていた。見事な金髪にピンクのリボンを立て、白いエプロンドレスをまとった愛くるしい少女。その少女が、両手を腰に付けて乏しい胸をこれでもかと張り、愛らしい顔を怒りの表情で飾りながら、こちらをにらめ付けていたのだ。
「あなたROM? か、帰ったんじゃなかったの?」
 麗夢が呼びかけると、ROMはきっと視線を向け、右手人差し指をぴっと麗夢に向けて叫んだ。
「これはどういうことよ! 麗夢ちゃん!」
「な、何? 何怒ってるの?」
「何? ですってぇ?!」
 ROMは怒りも露わにツカツカと歩み寄ると、呆然とする一堂を押しのけ、麗夢の胸ぐらを掴まんばかりに迫った。
「どーしてここに屋代博士がいないのよ! おかしいでしょこんなの! 夢世界一の男を決めるんなら、一番相応しい屋代修一博士がいなくっちゃ始まんないじゃない!」
「そ、そんなこと言われても・・・」
 大変なROMの剣幕にたじたじとなる麗夢の背中から、また別の少女達が声をかけてきた。
「私も納得できないよ、麗夢ちゃん」
「そぉよねぇ。おかしいわよねぇ」
「ちゃんと説明してもらおうか。どうして私達の松尾先生がここにいないのか」
「貴女達まで・・・」
 振り向いた先に立つのは、南麻布女学園古代史研究部の面々。眞脇由香里、纏向静香、斑鳩日登実の3人だった。
「わ、私は闇の皇帝様がエントリーなさっておられるからそれでいいでしょ、って言ったんだけど、ね・・・」
 3人の後ろで、珍しくも申し訳なさそうな荒神谷弥生の姿が見える。
「大体なんなのよこの連中は! 化け物に妻子持ちに、おじいさんや子供までいるじゃない! これのどこが「夢世界一の男」を決めるコンテストの候補者なの?」
「いや、私もそう思うんだけど・・・もう! 夢見さん、何とかしてよ!」
「私に言われても・・・。ねえ、美奈ちゃん」
「取りあえず、魔法の鏡さんに聞いてみたら良いんじゃないかと思います」
 一人離れて見ていた美奈は、どうやら一番早く冷静さを取り戻していたらしい。あわてふためく夢見小僧に代わってツカツカと鏡まで歩み寄ると、鏡に言った。
「この方達の言う男性は呼び出せないの?」
 すると鏡は、表面を困惑げに渦巻く雲で彩りながら、答えた。
『ご要望には応じかねます』
「「「「どうして!」」」」
 麗夢に詰め寄っていたROMとあっぱれ4人組のうちリーダーを除く3人が、鏡の方へ振り返った。
『呼び出すのに必要な、映像データが不足しているのです』
「「「「はぁ?」」」」
『ですから、どのようなお姿なのか、知るための手だてが存在しないのです。お気の毒ですが・・・』
「貴方魔法の鏡なんでしょ?」
「何とかなさいよ!」
「松尾先生は、ショーユ顔の超イケメンなのよ!」
「いい加減なこと言ってると、叩き壊すんだから!」
「うるさいぞ! 小娘共!」
 それまで、完全に蚊帳の外に放置されていた男性陣のうち、夢魔王が痺れを切らせて怒鳴り声を上げた。その瞬間、鏡に向かっていた4人が、くるりと夢魔王をにらめ付けた。
「黙らっしゃい!」
「今大事なお話中!」
「口挟まないで!」
「雑魚は黙ってなさい! 雑魚は!」
 あまりの剣幕にさしもの夢魔王もウッとばかりに上体を引いた。だが、雑魚呼ばわりされては沽券に関わると言うものである。夢魔王は再び吠えた。
「ええい! この儂を雑魚呼ばわりとは良い度胸だ! 目にもの見せてくれる!」
 蛮刀を振り上げ、今にも鏡の方へ向かおうとした夢魔王の傍らで、ルシフェルがぼそりと呟いた。
「雑魚というのは間違っておらんがな」
「なにおぅ!」
 夢魔王がくるりと振り返り、獲物の切っ先をその鷲鼻の先に突きつけた。
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短編小説『鏡の悪戯 後編』 その3

2008-05-21 22:38:39 | 麗夢小説 短編集
「貴様、いい気になるなよ?」
「ふふふ、何度も言わすな。夢魔風情が」
 ルシフェルも死神の鎌を再び構え、退屈しのぎとばかりに挑発的な嘲笑を浮かべる。そんな不穏な気配が男達全体に広がった。もともと三分の一以上が血の気も多い荒くれ者達でもある。足を踏んだの肘が当たったのとつまらないきっかけから、たちまちあちこちでののしりあう声や小競り合いが始まりだした。
「お高くとまりやがって! もともと嫌いだったんだよ平氏なんざ!」
「おのれ下郎! 主に刃を向けるか!」
 それまで同じ時代から呼ばれたとあって、ひとかたまりになっていた平智盛とその郎党3人組が、二手に分かれて剣を抜きあった。
「ドウシテ私ヲないふデ刺シタノデスカ?」
「ウガーッ!」
「お、お前は生まれてはいけなかったんだ!」
「ま、待てジュリアン! 鬼童! 助けてくれ!」 
 その姿を目ざとく見つけた2体のジュリアンがボリスに迫り、間に割って入ったケンプとヴィクターが鬼童に助けを求めた。わ、判った、と慌てて走り寄ろうとした鬼童の前に、美衆達彦が立ちはだかった。
「鬼童、お前、俺を騙したな!」
「何を言ってるんだ、判らないぞ美衆!」
「うるさい! 財宝はどうなった! 鬼童!」
「鬼童殿!」
 さっきまで、麗夢の唇は自分のモノだ、と鬼童と角付き合わせていた円光が慌てて加勢しようとしたとき、美衆恭章がその墨染め衣にしがみついた。
「いっちゃやだ! 円光様!」
「は、放しなさい!」
「いや! 放さないよ円光様!」
 そんな合間を縫って、美少女達のミニスカートの中を拝もうと、体育教師が匍匐前進で鏡に向かう。榊がそれを咎めようとして近づくと、それと気づかず、周りの喧噪から逃れようとした豪徳寺主従がぶつかってきた。榊は直人や夢サーカス団長まで巻き込んで、その場に派手にひっくり返った。その反動で首無し武者が闇の皇帝に体当たりする形となり、互いに不倶戴天の敵、とばかりにとっくみあいを始めてしまった。
 そんな混乱を極める最中、少し離れたところで、いつの間に出したのか屋外型の喫茶店にあるような簡素なテーブルを挟んで、ジェッペットと白川哀魅の父が、「若い者は元気がいい」とよく似た顔を付き合わせた。
「れ、麗夢さん、どうしましょう?」 
「どうしようって言われても、ねえ」
「こ、このまま、バトルロイヤルで一番を決める、ってことで、どうかしら?」
「貴女ねぇ!」
 「元凶」の無責任な言いようを、さすがに麗夢がたしなめようとした時だった。ざわめきが暴動に代わりつつあった喧噪の中、びしっとむちを振るうような凛とした声が、一瞬で皆の動きを静止させた。
「智盛様! 何をなさっておいでです!」
 見れば、白の狩衣に烏帽子を付けた麗夢そっくりの女性が、畳んだ扇を右手にしつつ仁王立ちしている所であった。
「れ、れいむ! い、いやこれはあの・・・!」
「智盛様の笛で私が舞う約束でございましょう! それとも何か? 私の舞よりこちらの方が大事とでも?」
「い、いや待て! 誤解だ、誤解だぞれいむ! そなたをおいて、儂に大事なことなど無い」
「ではお早くお戻りなさい」
 冷たい視線で睨み据えられ、智盛は見るからにしょげ返って刀を引いた。
「待て、まだ決着が・・・」
「何か?」
 智盛に追いすがろうとした3人の郎等衆に、夢御前がずいと身を乗り出した。その迫力に、思わず3人がうめき声をもらし、足が止まった。
「その方等ももう戻れ。今日のことは、夢とでも思おう」
「は、はあ」
 すっかり毒気を抜かれた4人に加え、やはりこの姿になっても想い人には頭が上がらないのであろう。首無し武者までが闇の皇帝から離れ、無表情にただ黙って見据える少女の元にとぼとぼと足を運んだ。
「それではこれにて失礼する」
 誰にともなく頭を下げた智盛と郎党衆、それに首無し武者は、ようやく満足げに笑みをこぼす少女と共に、いずかたとも知れず宙に溶けていった。
「何だったのあれ?」
「さあ?」
「ハンス-! ご飯出来たよ~! ほら、父さん達も早く帰っておいで!」
 首を傾げて平安時代御一行様を見送った麗夢達の前に現れたのは、白川哀魅だった。
「哀魅さん」
「あ、ゴメンねー麗夢さん、またお邪魔しちゃって。すぐ連れて帰るから」
「ちょ、ちょっと待って。まだこっちの用事が・・・」
「ほら、早くしないと冷めちゃうんだから!」
 哀魅は、夢見小僧の制止も聞く耳持たないとばかりにハンスを喧噪から引きずり出すと、父と弟も連れて、来たとき同様忽然とまた帰っていった。
「おじいちゃんに博士! ご迷惑じゃない!ジュリアンも喧嘩しちゃ駄目!」
 今度は金髪碧眼の美少女シェリーが、もはやもつれ合って何が何だか判らなくなりそうな5人組の前に現れた。すっかり気を失ったボリスを除く4人は、自分達の3分の1もなさそうな小さな身体が頬をぷっと膨らませているのを見て、しゅん、としおらしくうなだれた。
「すまんシェリー」
「ゴメンナサイ」
「じゃあ帰りましょう」
「あ、あ、待ってーっ!」
 夢見小僧の叫びが虚しく響く中、シェリーに引かれて5人の男達が姿を消した。
 男性の人数がほぼ半分になった会場は、何となく閑散とした様子になってきた。しかも、いなくなったのが平智盛にハンス、ジュリアンと、この場でも一二を争う美形揃いである。夢見小僧は半ば茫然となって何となく争いさえ虚ろになり出した会場を見据えていたが、やがてぼそりと麗夢に言った。
「もういい、麗夢ちゃん」
「え?」
 まさかここで夢見小僧が折れようとは思っていなかった麗夢は、思わずオウム返しに問い直した。すると夢見小僧は、今度こそはっきりと、疲れた、と言う様子も隠さず、麗夢に告げた。
「せっかく・・・せっかく夢世界で一番いい男をここで選ぼうと思ったのに・・・何これ? 残ってるのは、化け物かむさいおっさんしかいないじゃない。もうこれ以上やる意味無いよ」
「何だと小娘!」
 お互い本来の力がまるで発揮できない中、ドングリの背比べでやり合っていた夢魔王とルシフェルが、ボロボロの姿も厭わず怒鳴りつけた。
「おい! まだ僕らがまだいるだろう!」
 続けて、美衆兄弟に絡まれていた鬼童と円光が、声を揃えて向き直った。その足元で、あぐらをかいた榊がおいおい、と二人をなだめているが、麗夢の唇が諦めきれない二人にはさほどの効果もなさそうである。
「屋代博士はどうなるのよ!」
「松尾先生は?」
 さっきまで鏡と押問答していた4人も、まだ諦めきれない様子である。
「ま、潮時じゃの」
 そんな未練がましい空気の最中、よっこらしょ、とイスから立ち上がったジェッペットが言った。
「麗夢さん、ここは一息に片づけてはどうじゃ?」
「一息に?」
「そう。わしらはその鏡の魔力でここに呼びつけられた影みたいなもんじゃ。麗夢さんの力なら、まさに一吹きなはずじゃよ」
 イタズラっぽくウインクする人なつこそうな老人に、麗夢もにっこり笑顔を返した。
「そうね、ジェッペットさんの言うとおりだわ。いいわね、夢見さん」
「うん、もうなんでもいい」
 ようやく許可を得た麗夢は、長かったどんちゃん騒ぎを片づけるべく、夢の戦士の力を解放した。
「みんな、もう本来の場所にお帰りなさーい!」 
 まさに一振り!
「麗夢さーん!」
「麗夢どのー!」
「おのれ麗夢めぇっ!」
「麗夢ちゃんまったね-!」
「いつでも遊びに来て-!」
「円光さま-!」
「鬼童お宝-!」 
 それぞれの名残惜しげな最後の一声が消えたとき、麗夢はようやく夢世界に静けさが戻ってきたことを知って、安堵の溜息をついた。

終わり
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短編小説『鏡の悪戯 前編』 その1

2008-05-18 20:26:01 | 麗夢小説 短編集
 夢魔の女王の陰謀も記憶の片隅にすっかりファイルされた頃、その『事件』は起こった。ヨーロッパでの一騒動や、「夢サーカス」の事件でてんてこ舞いした後の虚を突かれたと言えばそうかも知れない。麗夢は自分の油断にほぞをかみながら、目の前の危険な混乱を、成す術なくただ呆然と見つめていた。
 
 事の発端は、麗夢が久々に美奈の訪問を受けた所から始まった。美奈の訪問、それは互いの異能に立脚した、夜の逢瀬である。夢魔の女王を滅ぼしてからしばらく、麗夢はアルファ、ベータと共に夢の中で美奈のリハビリに付き合っていたのであるが、それがすっかり必要なくなってからも、こうして夢の中でおしゃべりするのを楽しんでいるのだ。この日もそんな日常から始まったのであるが、話の拍子に夢魔の女王の事が出てきたのが運の尽きであった。
「夢魔の女王の鏡?」
 美奈の何気ない一言に、麗夢の眉が軽くひねり上がった。
「そんなものが、まだ残っていたの?」
「ええ」
 病院にいた頃とは見違えるほど元気になった美奈が、少し不安げに頷きながら、昨日見た夢の話を麗夢に聞かせた。
「初めはそこがどこか判らなったんだけど、あの夢魔の女王がいるような、いやな感じがしたの。そしたらその鏡が目の前にかかっていて……」
 夢魔の女王は確かに滅ぼしたはずだ。だが、あれは世の女性達の嫉みや妬みなどの負の感情が結晶した夢魔だった。つまり、世に女性がいる限り、夢魔の女王がいつ復活してもおかしくは無い。しかも、その持ち物がまだ残っていたとなれば、そんな器物を基に再生したりするのかも知れない。そうなればこれはゆゆしき事態である。
「そんな鏡は早く壊しておいた方がいいわ。いきましょう美奈ちゃん。アルファ、ベータ、あなた達は外から不穏な気配が動かないか、見張っていて頂戴!」
「にゃーん」
「ワン、ワンワン!」
 さっきまで美奈のところでじゃれ合っていた小さな毛玉が二つ、それぞれ愛らしい尻尾を振って返事をした。
「じゃあお願いします。麗夢さん」 
 あの部屋の気配に不安を抱いていた美奈は、
大喜びで麗夢の案内に立った。

 それは、姿見という名に相応しい大きさの、逆三角形をした鏡だった。上部に直線の亀裂が幾つも走り、装飾も古風だったが、主を失った空虚な暗闇に、それだけがぽっかりと浮かび上がっているのは、一種異様でもある。そのせいか、空間自体に息苦しさを覚える不安が満ちあふれているようにさえ感じられた。だが、慎重に鏡へ近づいてその表面にそっと手を触れた麗夢は、すぐに想像していたほどの危険はないことに気が付いた。確かに何か力を隠し持っているような気配はあるが、それにしたところであの夢魔の女王には遠く及ばない微弱さだ。
 麗夢は小さくほっと一息を付くと、すぐ後ろで不安げに佇むお下げの少女に振り返った。
「今のところ差し迫った危険はないわ。でもちゃんと壊しておいた方がいいと私は思うの」
 麗夢の言葉に、美奈も胸をなで下ろして笑顔をようやくほころばせた、その時である。
「ちょっと待ったぁ!」
 びくっと肩を震わせた麗夢が、反射的に脇のホルダーから愛用の拳銃を抜き放つ。その黒光りする危険な銃口を突きつけられた相手は、思い切り万歳をしで、ひっと息を呑んだ。
「あ、貴女は……、夢見さん?」
「麗夢ちゃん、いきなり酷いよぅ」
 呆気にとられつつも銃を下げた麗夢に、夢見小僧は苦笑を浮かべつつ手を下ろした。
「だっていきなり背後から叫んだりするから、てっきり夢魔でも出てきたのかと思って……、って、一体どうやってこの夢の世界に?」
「いやぁ、『仕事』中何げに鏡覗いたら、いつの間にかいたのよねぇ。ほんと、私にも訳わかんないわ。まあそんなことはともかく、ねえ、麗夢ちゃん!」
 つり目な大きな瞳がキラリと光った。これは危ないかも、と麗夢の心に不安がよぎる。案の定、つかつかと鏡に歩み寄った夢見小僧は、つるりとしたその表面に右手を添えながら、麗夢に振り向いて言い放った。
「この鏡、私に頂戴!」
 あ、始まった、と麗夢は思った。夢見小僧は夢が関係するアイテムを狙う泥棒で、警視庁からは怪盗241号という符号で指名手配されている。ただ、世間的には神出鬼没な仕事ぶりから名付けられた、「怪盗夢見小僧」という令名の方が圧倒的に通りがよい。その怪盗としての食指が、この夢魔の女王の忘れ形見に舌なめずりして見せたというわけである。
「駄目よ夢見さん。これはすっごく危険なものかも知れないのよ?」
「だって麗夢ちゃんもさっき大丈夫だって言ってたじゃない」
「だからといってはいどうぞ、とは言えないわ。第一、ホントにただの鏡だったら、夢見さんちに粗大ゴミが一つ増えるだけじゃない」
「わ、私の収集物はゴミじゃないわよ。でも確かにただの鏡ではしょうがないかも……」
「麗夢さん、鏡を見て!」
 突然割り込んできた美奈の一声に、二人は驚いて振り返った。すると、さっきまで麗夢と夢見小僧が映していた鏡が、急に暗くなって渦をなす雲の様なものを浮かべ、その中央に一対の目が現れたのである。
「あ、やっぱりただの鏡じゃなかった!」
 夢見小僧が小躍りして胸の前で手を合わせた時、鋭くも陰惨な気配を宿らせる、まがまがしさに満ちた視線が、相応しい暗い声で語りはじめた。
 『私めは魔法の鏡でございます。さあ、何でも望みのものを見せて差し上げましょう』
「このっ!」
 麗夢がさっき夢見小僧に向けたばかりの拳銃を、改めて鏡に突きつけた。
「待って麗夢ちゃん! 壊すのはいつでも出来るわよ!」
「どいて夢見さん!」
 慌てて銃口を遮ろうとする夢見小僧と、とにかく破壊しようと言う麗夢がもみ合う中、はらはらしながら見守る美奈に、直接鏡が話しかけてきた。
『お嬢さん、貴女が見たいモノは何?』
「え、え、私?」
 美奈が口ごもると、にやりと笑ったように鏡の目がすうっと細くなった。
「かしこまりました。『この世界で一番美しいのは誰か』でございますね?」
「え、私まだ何も言ってない……」
『どうぞご安心下さい。私めに投げかけられる質問は、ほとんどそれなのですから』
 まだ目を白黒させている美奈を置いて、鏡の目が更に細くなって、雲の渦の中に消えた。
 ふと気づくと、夢見小僧が美奈に向けてウィンクしてにっこり笑った。
「まったくもう!」
「だって鏡よ鏡、って言ったら、これが定番だよね?」
 曖昧に頷く美奈に、麗夢も一旦は諦めて、渦なす雲を見守った。やがて鏡の表面が晴れて、一人の少女の姿が浮かび上がってきた。
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