投稿者:鈴木小太郎 投稿日:2021年 5月28日(金)23時08分34秒
「警固の者ども数百人」は蜘蛛の糸に絡めとられてしまって何の役にも立たず、大森彦七はたった一人奮戦して何かを取り押さえますが、彦七が膝の下に抑え込んだそれを、逃がすまいとして皆で押さえつけると「大きなる瓦気の破るる音して、微塵に砕け」てしまいます。
結局、それは「曝たる死人の首」、野ざらしになっていたしゃれこうべということで、これで一安心かと思いきや、彦七は肝心の剣がいつの間にか無くなっていることに気付いて驚愕します。
ただ、この後、次のような展開となります。(兵藤裕己校注『太平記(四)』、p92)
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有明の月の隈なく、中門〔ちゅうもん〕に差し入りたるに、簾台〔れんだい〕を高く巻き上げさせて、庭上〔ていしょう〕を遥かに見出だしたれば、空中より、手毬の如くに見えたる物、ちと光りて叢〔くさむら〕の中へ落ちたり。なにやらんと走り出でて、これを見れば、先に盛長に押し砕かれつる首の、半ば残りたるに、件〔くだん〕の刀自〔おの〕づから抜けて、柄口〔つかぐち〕まで突き貫ぬいてぞ落ちたりける。不思議なんど云ふもおろかなり。やがてこの首を取つて、火に投げくべたるに、火の中より跳〔おど〕り出でけるを、金鋏〔かなばさみ〕にてしかと挟みて、つひに焼き砕いてぞ捨てたりける。
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「空中より、手毬の如くに見えたる物」が落ちて来て、それは大森彦七に「押し砕かれつる首の、半ば残りたる」ものであって、そこに問題の剣が刺さっていた、ということですが、今一つ事情が分かりません。
怪物の実体は野ざらしのしゃれこうべであり、それは彦七との格闘中に彦七によって二つに割られてしまったか、あるいは自ら二つに分かれてたか、とにかく半分だけになってもしぶとく彦七の剣を奪って上空に逃れたものの、そこで剣が自発的に動き出し(?)、残り半分を刺し貫いた、ということでしょうか。
あるいは、彦七との格闘中、剣が「自づから抜けて」しゃれこうべを刺し貫き、そこで二つに割れて半分は彦七が抑え込み、残り半分は剣に突き刺されたまま上空に逃げたものの、力尽きて落ちて来た、ということでしょうか。
「自づから抜けて」というのは鞘から抜けたということでしょうから、後者の解釈の方が自然かもしれませんが、この辺り、ストーリーの展開がちょっと雑になっているような感じがしないでもありません。
また、第四幕では「怪物急所をや差されたりけん、脇の下より鞠の如くなる物、つつと抜け出でて、虚空を指して去りにけり」とありましたが、この「鞠の如くなる物」は第五幕の「手毬の如くに見えたる物」と同じ物、即ち野ざらしのしゃれこうべということなのでしょうか。
いろいろ謎ですが、この後、更に続きがあります。
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事静まりて後、盛長、「今はこの怪物〔ばけもの〕、よも来たらじと覚ゆる。その故は、楠がともなふ者七人ありと云ひしが、かくて早や来たる事七度なり。これまで(にて)ぞあるらん」と申せば、諸人、「げにもさ覚え候ふ」と云ふを聞いて、虚空にしわがれたる声にて、「よも七人には限り候はじ」と、あざ笑う声しけり。こはいかにと驚いて、諸人、空を見上げたれば、庭なる鞠の懸かりに、眉太く作つて、金黒〔かねぐろ〕なる女の頸〔くび〕の、回り四、五尺もあるらんと覚えたるが、乱れ髪を揮〔ふ〕り上げて、目もあやに打ち咲〔わら〕ひ、「恥づかし」とて後ろ向く。見る人、あつと怯えて、同時に地にぞ倒れける。
かやうの怪物は、蟇目〔ひきめ〕の声にこそ怖〔お〕づるなれとて、夜もすがら番衆〔ばんしゅ〕を置いて、宿直〔とのい〕蟇目を射させければ、虚空にどつと笑ふ声、射る度〔たび〕に天を響かせり。さらば、陰陽師に四門〔しもん〕を封ぜさせよとて、符〔ふ〕を書かせて門々〔かどかど〕に押させければ、目に見えぬ物来たつて、符を取つてぞ捨てたりける。
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ここもちょっと変で、大森彦七は「楠がともなふ者七人ありと云ひしが、かくて早や来たる事七度なり」と言いますが、指折り数えても怪物が来たのは五回ですね。
あるいは、ここは彦七が相変わらず「物狂い」の状態に置かれていることを示しているのかもしれませんが、しかし、それでは「諸人」が「げにもさ覚え候ふ」と納得してしまうのが変です。
ま、それはともかく、彦七が怪物はもう来ないだろうと言ったそばから、不気味な女の首が登場し、「七人に限った訳ではないでしょうに」と嘲笑います。
「乱れ髪を揮り上げて、目もあやに打ち咲ひ、「恥づかし」とて後ろ向く」は第一幕に登場した美女を思い出させますね。
そして、怪物は「蟇目の声」、即ち鏑矢を射る時の音に怯えるだろうということで番衆に鏑矢を射させてみたところ、怯えるどころか、その度に「虚空にどつと笑ふ声」がするということで、女の首の登場以後、笑い声が連続して響きます。
更に陰陽師に護符を書かせて貼っておいても、「目に見えぬ物」が来て、護符を取って捨ててしまいます。
ここまでを第五幕と考えてよいと思いますが、とにかく決め手のないまま、ダラダラと神経戦が続いた後、「或る僧」が抜本的な対処方針を提案します。
「警固の者ども数百人」は蜘蛛の糸に絡めとられてしまって何の役にも立たず、大森彦七はたった一人奮戦して何かを取り押さえますが、彦七が膝の下に抑え込んだそれを、逃がすまいとして皆で押さえつけると「大きなる瓦気の破るる音して、微塵に砕け」てしまいます。
結局、それは「曝たる死人の首」、野ざらしになっていたしゃれこうべということで、これで一安心かと思いきや、彦七は肝心の剣がいつの間にか無くなっていることに気付いて驚愕します。
ただ、この後、次のような展開となります。(兵藤裕己校注『太平記(四)』、p92)
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有明の月の隈なく、中門〔ちゅうもん〕に差し入りたるに、簾台〔れんだい〕を高く巻き上げさせて、庭上〔ていしょう〕を遥かに見出だしたれば、空中より、手毬の如くに見えたる物、ちと光りて叢〔くさむら〕の中へ落ちたり。なにやらんと走り出でて、これを見れば、先に盛長に押し砕かれつる首の、半ば残りたるに、件〔くだん〕の刀自〔おの〕づから抜けて、柄口〔つかぐち〕まで突き貫ぬいてぞ落ちたりける。不思議なんど云ふもおろかなり。やがてこの首を取つて、火に投げくべたるに、火の中より跳〔おど〕り出でけるを、金鋏〔かなばさみ〕にてしかと挟みて、つひに焼き砕いてぞ捨てたりける。
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「空中より、手毬の如くに見えたる物」が落ちて来て、それは大森彦七に「押し砕かれつる首の、半ば残りたる」ものであって、そこに問題の剣が刺さっていた、ということですが、今一つ事情が分かりません。
怪物の実体は野ざらしのしゃれこうべであり、それは彦七との格闘中に彦七によって二つに割られてしまったか、あるいは自ら二つに分かれてたか、とにかく半分だけになってもしぶとく彦七の剣を奪って上空に逃れたものの、そこで剣が自発的に動き出し(?)、残り半分を刺し貫いた、ということでしょうか。
あるいは、彦七との格闘中、剣が「自づから抜けて」しゃれこうべを刺し貫き、そこで二つに割れて半分は彦七が抑え込み、残り半分は剣に突き刺されたまま上空に逃げたものの、力尽きて落ちて来た、ということでしょうか。
「自づから抜けて」というのは鞘から抜けたということでしょうから、後者の解釈の方が自然かもしれませんが、この辺り、ストーリーの展開がちょっと雑になっているような感じがしないでもありません。
また、第四幕では「怪物急所をや差されたりけん、脇の下より鞠の如くなる物、つつと抜け出でて、虚空を指して去りにけり」とありましたが、この「鞠の如くなる物」は第五幕の「手毬の如くに見えたる物」と同じ物、即ち野ざらしのしゃれこうべということなのでしょうか。
いろいろ謎ですが、この後、更に続きがあります。
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事静まりて後、盛長、「今はこの怪物〔ばけもの〕、よも来たらじと覚ゆる。その故は、楠がともなふ者七人ありと云ひしが、かくて早や来たる事七度なり。これまで(にて)ぞあるらん」と申せば、諸人、「げにもさ覚え候ふ」と云ふを聞いて、虚空にしわがれたる声にて、「よも七人には限り候はじ」と、あざ笑う声しけり。こはいかにと驚いて、諸人、空を見上げたれば、庭なる鞠の懸かりに、眉太く作つて、金黒〔かねぐろ〕なる女の頸〔くび〕の、回り四、五尺もあるらんと覚えたるが、乱れ髪を揮〔ふ〕り上げて、目もあやに打ち咲〔わら〕ひ、「恥づかし」とて後ろ向く。見る人、あつと怯えて、同時に地にぞ倒れける。
かやうの怪物は、蟇目〔ひきめ〕の声にこそ怖〔お〕づるなれとて、夜もすがら番衆〔ばんしゅ〕を置いて、宿直〔とのい〕蟇目を射させければ、虚空にどつと笑ふ声、射る度〔たび〕に天を響かせり。さらば、陰陽師に四門〔しもん〕を封ぜさせよとて、符〔ふ〕を書かせて門々〔かどかど〕に押させければ、目に見えぬ物来たつて、符を取つてぞ捨てたりける。
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ここもちょっと変で、大森彦七は「楠がともなふ者七人ありと云ひしが、かくて早や来たる事七度なり」と言いますが、指折り数えても怪物が来たのは五回ですね。
あるいは、ここは彦七が相変わらず「物狂い」の状態に置かれていることを示しているのかもしれませんが、しかし、それでは「諸人」が「げにもさ覚え候ふ」と納得してしまうのが変です。
ま、それはともかく、彦七が怪物はもう来ないだろうと言ったそばから、不気味な女の首が登場し、「七人に限った訳ではないでしょうに」と嘲笑います。
「乱れ髪を揮り上げて、目もあやに打ち咲ひ、「恥づかし」とて後ろ向く」は第一幕に登場した美女を思い出させますね。
そして、怪物は「蟇目の声」、即ち鏑矢を射る時の音に怯えるだろうということで番衆に鏑矢を射させてみたところ、怯えるどころか、その度に「虚空にどつと笑ふ声」がするということで、女の首の登場以後、笑い声が連続して響きます。
更に陰陽師に護符を書かせて貼っておいても、「目に見えぬ物」が来て、護符を取って捨ててしまいます。
ここまでを第五幕と考えてよいと思いますが、とにかく決め手のないまま、ダラダラと神経戦が続いた後、「或る僧」が抜本的な対処方針を提案します。