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合理主義(山片蟠桃)

2017-02-17 | ベック式!日本史用語集

 

 

●江戸時代(文政3年)

 1820年〈山片蟠桃 『夢の代』を完成〉★★

Despite his poor eyesight,Yamagata Banto devoted 18 years to writing the book titled "Yumenoshiro" which had as many as 12 volumes. In this book he supported the heliocentric theory, criticized the age of gods and advocated for atheism. He played a pioneering role of bringing about modern thought.

いやに大きな 夢の山。

     1820年       夢の代』 山片蟠桃  

 

山片蟠桃は、比較的豊かな播磨国の農民に生まれ、大坂へ出て商才を発揮して両替商升屋の番頭にまで上る。「蟠桃」はこの「番頭」からとったもの。懐徳堂中井竹山・履軒兄弟に儒学をんだ。1820年、18年を要し失明をこえて『夢の代』を完成した。その中で、「生ズレバ、智アリ、血気アリ、四支・心志・臓腑ミナ働キ、死スレバ智ナシ、神ナシ、血気ナク、四支・心志・臓腑ミナ働クコトナシ。然レバ何クンゾ鬼アラン。又神アラン」と、無神論を問いた。地動説を確信し、『古事記』『日本書紀』の神代巻(応神以前)を批判している。また理財に優れ、仙台藩などの財政立直しに手腕を発揮し名声を博した。

 

[ポイント]
1.山片蟠桃無鬼論を唱え『夢の代』を著す。

[解説]
1.山片蟠桃(1748~1821)は、比較的豊かな播磨国の農民に生まれ、大坂へ出て商才を発揮して両替商升屋の番頭にまで上る。「蟠桃」はこの「番頭」からとったもの。懐徳堂中井竹山・履軒兄弟に儒学を学び、そのほか天文学や蘭学も修め、唯物論・無神論(無鬼論)を唱えるに至った。
 20年を要し失明をこえて『夢の代』(1820(文政3)年)を完成した。その中で、地動説を確信し、『古事記』『日本書紀』の神代巻(応神以前)を批判している。また理財に優れ、仙台藩などの財政立直しに手腕を発揮し名声を博した。

〈2014明大・国際日本(国際日本)

問10.史料Ⅰ(本居宣長『秘本玉くしげ』)が著される時期まで、江戸時代を通じて、総じて農業技術は発達し、農村の生産力は上がったが、その結果、農村は全国的な貨幣経済に組み入れられ、村内では豪農などの有力百姓と、貧農の間の格差が広がり、多くの人々が村を離れ、仕事を求めて都市に流入するなど、社会の構造が大きく変容することにもつながった。これに限らず、この史料が著された頃にも社会の様々な局面で、徳川幕府の体制が揺らぎ始めていた。そうした状況の中での学問・思想について述べた文として誤っているものを、下記の1~4の中から選びなさい。

 1 『海国兵談』でロシアの南下を警告し海防論を説いた林子平が、人心を惑わせたとして『海国兵談』の版木は没収、本人も禁固刑となるなど弾圧されたが、同じ年、ロシアの使節ラクスマンが、大黒屋光太夫を伴い根室に来航し通商を求めた。

 2 天文方では、高橋至時が西洋暦法を取り入れた寛政暦を作り、高橋に学んだ伊能忠敬が全国の沿岸を測量し、『大日本沿海輿地全図』を作成した。
 3 水戸学においては、『大日本史』の編集に当たった藤田幽谷、幽谷に学んだ会沢正志斎、幽谷の子藤田東湖らによって、朱子学の大義名分論に基づいて天皇を幕府より上位とみなす尊王論が展開され、攘夷思想とも結びつき、倒幕連動の思想的基盤となった。
 4 八戸の医師だった山片蟠桃は、自然の世界の根本法則を追究し、これに反するものとして封建社会を厳しく批判し、万人が農耕に従事すべしとする『自然真営道』を著したが、当時は公刊されなかった。」

(答:4×山片蟠桃ではなく安藤昌益の誤り)〉

〈2011文教大・全学部

 1820年、(i)懐徳堂に学んだ山片蟠桃は「生ズレバ、智アリ、血気アリ、四支・心志・臓腑ミナ働キ、死スレバ智ナシ、神ナシ、血気ナク、四支・心志・臓腑ミナ働クコトナシ。然レバ何クンゾ鬼アラン。又神アラン」と、その(j)著書の中で無神論を問いた

問9  下線部(i)について述べた文として正しいものどれか。次の中から一つ選べ。

 1.蘭学者緒方洪庵が大坂に開いた私塾で、門下から幕末・維新の人材を輩出した。

 2.荻生徂徠が江戸に開いた私塾で、積極的に幕政改革のための提言を行った。
 3.大坂の町人らが出資して設立した学問所で、町人学者を生み出していった。
 4.石田梅岩が説く町人道徳としての心学を学ぶ場として開設された。

問10  下線部(j)の「著書」に該当するものとして正しいものどれか。次の中から一つ選べ。


 1自然真営道 2夢の代

 3出定後語  4西域物語」

(答:問9→3、問10→2)〉

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富永仲基

2017-02-17 | 『新世界史頻出年代暗記』

 

江戸時代延享2

 1745年〈富永仲基、『出定後語』を刊行〉

Tominaga Nakamoto writes Shutujyokogo; Buddha’s Comments after His Meditation.

異な仕事みな出場な。

      1745年 富永仲基 『出定後語』         

 

 江戸時代、大坂の町人学者であった富永仲基懐徳堂で三宅石庵に学び、1745年『出定後語』を刊行。儒教・仏教・神道を批判し、人のあたり前を基本とする「誠の道」を提唱したが、翌年32歳で夭折した。

 


[ポイント]

1.富永仲基は、『出定後語』(1745年)を著した。

[解説]

1.富永仲基(1715~46)は、父は醤油(しょうゆ)醸造業者で懐徳堂創立者の一人。10代初めから懐徳堂に学び、三宅石庵から儒学を学んだ。やがて合理主義の立場から、儒・仏を歴史的に批判した書『出定後語』(1745年刊)を著す。32歳で没。

〈2014早大・教育

問9 下線部e文政の時代に活動していた文人をすべて選べ。

 ア柳亭種彦   イ曲亭馬琴
 ウ近松門左衛門 エ三浦梅園
 オ松尾芭蕉   カ富永仲基
 キ井原西鶴」


(答:ア・イ ※ウ近松・オ芭蕉・キ西鶴は元禄期(17世紀後半)、エ梅園は明和・天明期(18世紀後半)、カ仲基は享保・元文期(18世紀前半))〉


〈2014立教大・現心コミュ福祉観光営

問7.この社会の身分制を批判した自然真営道の著者は誰か。次のa~dから1つ選べ。

 a.安藤昌益  b.富永仲基

 c.三浦梅園  d.山片蟠桃」

(答:a)〉


〈2011文教大・全学部

「1820年、懐徳堂に学んだ山片蟠桃は「生ズレバ、智アリ、血気アリ、四支・心志・臓腑ミナ働キ、死スレバ智ナシ、神ナシ、血気ナク、四支・心志・臓腑ミナ働クコトナシ。然レバ何クンゾ鬼アラン。又神アラン」と、その(j)著書の中で無神論を問いた

問10  下線部(j)の「著書」に該当するものとして正しいものどれか。次の中から一つ選べ。

 1自然真営道 2夢の代

 3出定後語  4西域物語」

(答:問10→2)

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