次から次へとベストセラー。
1936年 1959年NHKのアナウンサー。30代で作家。
78歳の時、「家族という病」78万部
それからの本が次々ベストセラー
「年齢は捨てなさい」重版が決定。
83歳。83歳と思ったことがない。60歳の還暦から、年取ったと思っていない。自分の感覚で歳を決めればよい。
いけないとかなんとかはない。自分に聞かれたらどうかな。私には歳は私に関係がない。枠には入りたくない。年齢で枠を決められたくない。前期高齢者、後期高齢者だと誰が決めたの!
1曲目 シューベルト「死と乙女」
10年らいの大恋愛と大失恋した。10年間の大恋愛を思い出す曲。友だちに誘われて行った音楽会の出演者の人は私と一緒になる人だと思った。その時に演奏されていた曲。
泣いちゃいそう。私泪がでない。
私は生活に自信がない。家事を一切したことない。なにもできなかった。家事の面白さを教えてくれたのが今のパートナー。好きなことは長続きしない。
「家族という病」の中に、父親は陸軍の軍将だったが追放になった。価値観が変わってしまった。終戦時小学校3年生。あのままだったら嫌な女、鼻持ちならない女になっていた。当時結核で小学2年と3年は学校に行ってなかった。ピンポン台の上に寝かされていた。誰も遊ぶ人がいない。一つだけ生き物、クモが友達だった。クモの巣でクモが獲物をずーっと待っていた。クモから待つことを学んだ。本当にこの人だと思ったら待つことを大切する。手紙だと返事が車で時間がかかる。その間待つ。ところが今は10分返信がないと待てない(サワコ)。その通り、待つことが大切。待つ間に熟成させることが大切。心の中で熟成させることを忘れてはいけない。
「家族=良いもの」という常識に苦言を呈した。家族という役割で生きているところがある。父という役割、母という役割。そういう役割に疑問を持っていた。私は個を大切にしている。もっと自分を大切にしてよいのではないか。家族のことを何も知らなかった。若い時は関わりたくなかった。母は“暁子いのち”だった。体育はしなくてよい。見学ばっかりしていた。家では何もさせられなかった。そのため運動も家事もなにもできなかった。母に説教した。「あなたの考えは間違っている」と言った。母は家を出ていって、1時間後に帰ってきた。ひょっとしたら帰ってこないのではないかと思った。親が子どもの成長を阻止してはいけない。私が親になったらわかる子どもの気持ち。父に性格が似ている。とても繊細で優しい。それを見ずに生きてきた。父の優しさや繊細さは見たくなかった。
孤独は寂しさと違う。寂しさは感情。孤独が悪いことでない。一人で亡くなるのはかわいそうと思うより、よっぽど一人の方がよい。夕方死ぬつもりにしている。闇に変わっていく。闇を見つけたらそれが死ぬときだと。
分かりました。もし亡くなられたら「おっしゃっておられた通りだった、いやちがった」と(サワコ)。
今が一番自由。NHKにいたときがちがちに鎧を着ていた。TVで話したりすることは好きではなかった。今が一番自分の表現だと思う。これまでの回り道が必要だった。本当に書きたいものを書いて来なかった。やっとスタートラインに立った。見て下さる方がいなくても書いていきたい。
2曲目、オペラが好き。カルロス・クライバー指揮のリヒャルト・シュトラウス作「ばらの騎士」を聞いた。
序曲だけど華やかな(サワコ)。
書く前はおろおろしている。散歩にでたり、よけいなことをしている。周りからなまけものみたいに思われている。でもパートナーは何も言わない。飲むのが好きだから外で飲むなら内で一緒に飲もうと。
感想;
流石のサワコさんもタジタジな印象を受けました。
とても言葉に気を遣われていたような印象でした。
個を大切にする。
家族も先ずは個があっての家族なのでしょう。
社会でも個があっての社会なのだと。
その個を家族や社会のために殺してしまっては本来の家族や社会にならないとのことなのだと思いました。
https://blog.goo.ne.jp/egaonoresipi/e/0aca01b248c801bbfd853acdf5afda35
「家族という病」 下重曉子著 ”家族に期待することがあるからいろいろな問題が起きるのでは?”
1936年 1959年NHKのアナウンサー。30代で作家。
78歳の時、「家族という病」78万部
それからの本が次々ベストセラー
「年齢は捨てなさい」重版が決定。
83歳。83歳と思ったことがない。60歳の還暦から、年取ったと思っていない。自分の感覚で歳を決めればよい。
いけないとかなんとかはない。自分に聞かれたらどうかな。私には歳は私に関係がない。枠には入りたくない。年齢で枠を決められたくない。前期高齢者、後期高齢者だと誰が決めたの!
1曲目 シューベルト「死と乙女」
10年らいの大恋愛と大失恋した。10年間の大恋愛を思い出す曲。友だちに誘われて行った音楽会の出演者の人は私と一緒になる人だと思った。その時に演奏されていた曲。
泣いちゃいそう。私泪がでない。
私は生活に自信がない。家事を一切したことない。なにもできなかった。家事の面白さを教えてくれたのが今のパートナー。好きなことは長続きしない。
「家族という病」の中に、父親は陸軍の軍将だったが追放になった。価値観が変わってしまった。終戦時小学校3年生。あのままだったら嫌な女、鼻持ちならない女になっていた。当時結核で小学2年と3年は学校に行ってなかった。ピンポン台の上に寝かされていた。誰も遊ぶ人がいない。一つだけ生き物、クモが友達だった。クモの巣でクモが獲物をずーっと待っていた。クモから待つことを学んだ。本当にこの人だと思ったら待つことを大切する。手紙だと返事が車で時間がかかる。その間待つ。ところが今は10分返信がないと待てない(サワコ)。その通り、待つことが大切。待つ間に熟成させることが大切。心の中で熟成させることを忘れてはいけない。
「家族=良いもの」という常識に苦言を呈した。家族という役割で生きているところがある。父という役割、母という役割。そういう役割に疑問を持っていた。私は個を大切にしている。もっと自分を大切にしてよいのではないか。家族のことを何も知らなかった。若い時は関わりたくなかった。母は“暁子いのち”だった。体育はしなくてよい。見学ばっかりしていた。家では何もさせられなかった。そのため運動も家事もなにもできなかった。母に説教した。「あなたの考えは間違っている」と言った。母は家を出ていって、1時間後に帰ってきた。ひょっとしたら帰ってこないのではないかと思った。親が子どもの成長を阻止してはいけない。私が親になったらわかる子どもの気持ち。父に性格が似ている。とても繊細で優しい。それを見ずに生きてきた。父の優しさや繊細さは見たくなかった。
孤独は寂しさと違う。寂しさは感情。孤独が悪いことでない。一人で亡くなるのはかわいそうと思うより、よっぽど一人の方がよい。夕方死ぬつもりにしている。闇に変わっていく。闇を見つけたらそれが死ぬときだと。
分かりました。もし亡くなられたら「おっしゃっておられた通りだった、いやちがった」と(サワコ)。
今が一番自由。NHKにいたときがちがちに鎧を着ていた。TVで話したりすることは好きではなかった。今が一番自分の表現だと思う。これまでの回り道が必要だった。本当に書きたいものを書いて来なかった。やっとスタートラインに立った。見て下さる方がいなくても書いていきたい。
2曲目、オペラが好き。カルロス・クライバー指揮のリヒャルト・シュトラウス作「ばらの騎士」を聞いた。
序曲だけど華やかな(サワコ)。
書く前はおろおろしている。散歩にでたり、よけいなことをしている。周りからなまけものみたいに思われている。でもパートナーは何も言わない。飲むのが好きだから外で飲むなら内で一緒に飲もうと。
感想;
流石のサワコさんもタジタジな印象を受けました。
とても言葉に気を遣われていたような印象でした。
個を大切にする。
家族も先ずは個があっての家族なのでしょう。
社会でも個があっての社会なのだと。
その個を家族や社会のために殺してしまっては本来の家族や社会にならないとのことなのだと思いました。
https://blog.goo.ne.jp/egaonoresipi/e/0aca01b248c801bbfd853acdf5afda35
「家族という病」 下重曉子著 ”家族に期待することがあるからいろいろな問題が起きるのでは?”