幸せに生きる(笑顔のレシピ) & ロゴセラピー 

幸せに生きるには幸せな考え方をすること 笑顔のレシピは自分が創ることだと思います。笑顔が周りを幸せにし自分も幸せに!

「江戸のうんちく 社会と生活」大石学著 ”歴史を知る”

2019-06-16 03:07:07 | 本の紹介
・黒沢とき「上京日記」
 徳川斉昭の処分に憤慨し、幕府の姿勢と斉昭の無実を訴える長歌を朝廷に献じるために、1859年、老母を家に残し京都へ旅立っている。とき54歳の二月出会った。日本初の小学校女性教師として活躍し、1890年85年の生涯を閉じた。

・江戸時代、「御役三病」といわれた病に、疱瘡(天然痘)、麻疹(はしか)、水疱瘡(水痘)。

・江戸時代は「早婚で子だくさん」?
起訴湯舟村では17世紀末から18世紀初期に結婚した、初婚同士の男女の結婚年齢は男27歳、女21歳であった。早く家族労働量力を補充しないければならない地方はいきおい早婚とならざるを得なかったのである。

・「7つ前は神のうち」と考えていた民衆の間では間引きも赤子の魂を神の世界にお返しする行為、「子返し」として考えられていた。「百姓嚢」の中でも、三人目以上の子を間引くのが村里の風習になっていることが述べられている。

・子育てに関しての三つの段階で発達した。
 1)儒者による日常道徳の追求
 2)幕府・諸藩の政策や心学者の教化活動による民衆教化
 3)教化を目的とせず、自由に意見を開陳できる在野の学者による子どもの生命尊重

・「平均寿命三十代」というカラクリ
生後一年間の乳児死亡率は20~30%ほどであった。

・「はげ山」が多かった江戸時代
「天下の山林十に八尽き」
土砂災害を引き起こすほどの環境破壊に直面していた。

・麻の時代から木綿の時代へ。戦国時代から江戸初期にかけて広まった木綿の栽培・生産は人々の衣生活を豊かなものにかえていった。
日宋貿易の貴重な輸入品として日本に。

・呉服屋 江戸に進出した三井越後屋の快進撃
1)現銀掛値なし。
2)呉服の切り売り
3)商品の一種類ごとに専門の係が一人いる。
4)客の要望に応じて即座に衣類を仕立て渡す。

・化粧 美しくありたいと思う気持ちは時代を超える
1813年、化粧マニュアル本「都風俗化粧伝」が江戸・京都・大阪で一斉に出版された。

・「薬食い」といえども、いまだ肉食は禁止されていたため、看板には紅葉(鹿肉)・牡丹(猪肉)を描いた。

・京都に行くことが「上がり」、反対が「下り」であった。江戸の人々は、上方で作られたものを「下り物」とよび、高級品として扱った。一方、江戸廻りで作られたものは「地廻り物」とよばれた。現在の「下らない」という言葉はこの頃から使われはじめた。
江戸地廻り醤油の中心地となったのが下総(千葉)の銚子と野田であった。濃口で、香りや色の濃さが特徴であった。
酒はやっぱり「下り物」

・富山売薬 全国各地に薬を届けた行商人
富山売薬は、得意先に家々に一定量の薬を預けておき、次の行商時に使った分の代金のみ払ってもらう「先用後利」のシステムをとり、全国各地を組織的に行商したことで知られる。
「江戸城腹痛事件」で諸大名が自藩の内での販売を頼んだとも伝えられている。

・園芸 癒しと熱狂
万年青(おもと)、唐たちばな

・祭 将軍も見た江戸の天下祭
江戸三大祭;山王権現の山王祭、神田明神の神田祭、根津権現の根津祭

感想
今当たり前と思っていることは、江戸時代と異なっている者があることを知りました。

鹿肉は紅葉、猪肉は牡丹、これは花札の絵から来ているのでしょう。