幸せに生きる(笑顔のレシピ) & ロゴセラピー 

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居直りNHKに批判殺到 安倍首相「サンゴ移植」の嘘タレ流し "NHKの態度は結果的に逆では?”

2019-01-13 08:36:08 | 社会
http://news.livedoor.com/article/detail/15859054/ 2019年1月11日 日刊ゲンダイ
 これで公共放送といえるのか――。
“外交の安倍”赤っ恥 会見で質問取り違えメイ英首相がア然
 安倍首相は6日、NHK「日曜討論」で、辺野古基地移設工事で希少なサンゴや絶滅危惧種が死滅する恐れについて、「土砂投入に当たって、あそこのサンゴは移植している」「砂浜の絶滅危惧種は砂をさらって別の浜に移す」などと放言。根拠のない話を事実のごとく語っていたが、何のチェックもせずに放送したNHKにも「ウソを垂れ流しか」などと批判が集まっている。

 驚きなのは、安倍首相の“フェイクニュース”を放送したにもかかわらず、NHKが訂正や釈明の姿勢を一切見せていないことだ。

 辺野古問題に詳しいジャーナリストの横田一氏が8日に、①琉球新報の指摘通り事実誤認ではないか②訂正放送の予定はあるか③首相の事実誤認発言を放送したことを検証する予定はあるか――とNHKに文書で問い合わせると、次の回答だったという。
「番組内での政治家の発言について、NHKとしてお答えする立場にありません。また、他社の報道についてはコメントいたしません」(広報部)

 法大名誉教授の須藤春夫氏(メディア論)がこう言う。
「国民に安倍首相の発言を伝える必要はあるものの、報道機関の役割はあくまで、事実を検証することです。今回の場合、安倍首相の発言を受けて、サンゴをどこへ、どのように移したのか調べなければなりませんでした。言っていることを流すだけでは、“広報機関”と変わりません」

 さらに、公共放送として重大な過ちを犯したという。
「放送法第4条は、公平公正な報道や多角的な論点を明らかにすることを義務付けています。メディア法学者の中には、この規定が、視聴者と放送事業者との間の倫理規定であり、法的な契約だとみなす人もいます。つまり、第4条は視聴者との向き合い方を定めたものなのです。権力者側の言い分を垂れ流していては、4条違反だとのそしりを免れません」(須藤春夫氏)
 いつまで“政権広報”の立場に甘んじているつもりか。

感想
安倍首相の誤解(意図的?)をNHKはそのまま流しました。
NHKは検証する機会があったかもしれません。
あるいはNHKも勉強不足で知らなかったのかもしれません。

人はミスをします。
大切なことは、ミスをした後の考え方と行動です。
ミスなら、ミスと訂正する”勇気と行動”が求められています。
それがNHKのトップにはないと多くの国民に思われてしまいます。
安倍首相も同じなのですが・・・。
結局、その人の大きさ、限界なのかもしれません。


「オープンダイアローグとは何か」齋藤環著 ”統合失調症の治療;対話することが治療になり、愛に!”

2019-01-13 02:53:53 | 本の紹介
・オープンダイアローグでは、依頼があってから24時間以内に最初のミーティングが開かれる。

・参加者は患者本人とその家族、親戚、医師、看護師、心理士、現担当医、そのほか本人にかかわる重要な人物なら誰でもいいのです。

・この治療法を導入した結果、西ラップランド地方において、統合失調症の入院治療期間は平均19日間短縮されました。薬物を含む通常の治療を受けた統合失調症患者群との比較において、この治療では、服薬を必要とした患者は全体の35%、2年間の予後調査で82%は症状の再発がないか、ごく軽微なものにとどまり(対照群では57%)再発率は24%(対照群では71%)に抑えられていたというのです。

・「急性期精神病における開かれた対話によるアプローチ Open Dialogues Approach in Acute Psychosis」

・セイックラ教授はオープンダイアローグが「技法」や「治療プログラム」ではなく、「哲学」や「考え方」であることを繰り返し強調しています。

・ミーティングにはファシリテーターはいますが、対話を先導したり結論を導いたりするような「議長」や「司会者」はいません。

・最も重要な原則のひとつなので繰り返しますが、本人抜きではいかなる決定もなされません。

・「あなたはよくがんばっている」と言われるよりも、「あなたがすごくがんばっていると、〇〇さんが誉めていました」と言われるほうがずっとうれしい。

・オープンダイアローグのゴールは、全員が合意に達することではありません。それぞれの異なった理解を、うまくつなぎ合わせ、共有することです。合意や結論は、この過程から一種の“副産物”のようにしてもたらされるのです。

・オープンダイアローグの理論的な柱はいくつかありますが、最も重要な位置を占めるのはグレゴリー・ベイトソンのダブルバインド理論です。さらにはベイトソンの影響下で家族療法を発展させたイタリア・ミラノ派の手法も援用されています。

・オープンダイアローグとは、「ニーズ適合型アプローチの形式のなかで、対話の技術を洗練し発展させたようなもの」と考えることもできます。

・オープンダイアローグが目指す方向は、まず第一に対話のなかで新たな言葉を生み出し、象徴的コミュニケーションを確立することでした。その確立に成功すれば、患者の健康なアイデンティティと物語、さらには患者と社会とのつながりを回復することにもつながるでしょう。

・有意義な対話を生成していくためにも、治療チームは、患者や他のメンバーの発言すべてに応答しなければなりません。その応答は、相手の発言内容に即しながらも、さらなる別の問いかけの形をとる必要があるとされています。私達は必然的に、モノローグ(独白)を脱してダイアローグ(対話)を志向する存在なのです。

・オープンダイアローグは、さらに一歩踏み込みます。つまり質問を重ねることで、さらにくわしく妄想を語ってもらおうとするのです。

・こうした変化は、介入によってその人を変えていこうといった戦略を意図していないプロセスの中で起こるのです。

・実践のための12項目
1)ミーティングには2人以上のセラピストが参加する
2)家族とネットワークメンバーが参加する
3)開かれた質問をする
4)クライアントの発言に応える
5)今この瞬間を大切にする
6)複数の視点を引き出す
7)対話において関係性に注目する
8)問題発言や問題行動には淡々と対応しつつ、その意味には注意を払う
9)症状ではなく、クライアントの独自の言葉や物語を強調する
10)ミーティングに置いて専門家どうしの会話(リフレクティング)を用いる
11)透明性を保つ
12)不確実性への耐性

・「望ましい対話の条件」
 ・対話のやりとりの主導権や内容に関して、全般にクライアント側が優位であること
 ・現実をただ指し示す言葉よりも、象徴的な言葉(比喩やたとえを使った話し方)が多く用いられること
 ・治療チームとクライアントのあいだで、言葉のキャッチボールが成立していること
 ・患者の重要な訴えが無視されず、しっかりリフレクティングされていること

・オープンダイアローグの古くて新しい特徴は、人間という存在の「固有性」や「現前性」をきわめて重視しているところです。

・ミーティングの際に生まれる「愛」の感覚は、エロティックなそれでなく、むしろ家族愛に近い感覚です。

・「オープンダイアローグは、まるでジャズのアドリブのようだ」(トレーニングされた自由) うっかりコードにそぐわない音を弾いてしまったとする。なんの問題もない。それがまた、新たな即興の始まりになるのだから。

・結論を急がない
 ・対話そのものが答えを出すか、そもそもの問題がなくなってしまうまで、回答は保留されます。
 ・予断や憶測は、ことのほか避けるべきです。

・今あなたは問いを生きて下さい。そうすればおそらくあなたは次第に、それと気づくことなく、ある遥かな日に、答えの中へ生きて行かれることになりましょう。(「若き詩人への手紙・若き女性への手紙」ライナー・マリア・リルケ著)

・「聴くこと」は「質問すること」よりも重要です。このため、ミーティングの最初の問いかけは、できる限り開かれた形でなされます。

・意味は応答でつくられる
 まさにそのはじまりから対話を生み出していくために、質問者がなすべきことのひとつが、患者であれ誰であれ発言に対して「応答」を返していくことです。ただしその応答は、患者のそれまでの発言をふまえた別の質問という形をとるのが普通です。

・結論を急がない
 危機的状況が突きつける「いま何をなすべきか?」という問いについては、対話そのものが答えを出すか、そもそもの問題がなくなってしてしまうまで、回答は保留されます。すぐに助言したり結論を急いだり、従来どおりの介入手段に訴えるやり方では、安全と信頼の確立はおろか、精神的な危機の真の解決にはつながりません。

・ライナー・マリア・リルケ著「若き詩人への手紙・若き女性への手紙」
今あなたは問いを生きて下さい。そうすればおそらくあなたは次第に、それに気づくことなく、ある遥かな日に、答えの中へ生きて行かれることになりましょう。

・まずは聴くこと
「聴くこと」は「質問すること」よりも重要です。

・意味は応答でつくられる

・結論も合意も目指さない
意見が食い違った時に大事なことは、正しいか間違いか白黒はっきりさせることではなく、すべての声が受け入れられ、傾聴とやりとりが促されることです。

・対話の全般的な傾向
 ・クライアント優位か治療者優位か
予後良好群では、シークエンスの過半(55~57%)においてクライアントが優位であり、予後不良率群ではそれが10~35%にとどまりました。
 ・指示的か象徴的か
  予後不良群では、会話のなかで象徴的な言い回しがわずか(0~20%)しか見られませんでしたが、予後良好群ではごく当たり前(38~75%)に求められました。
 ・モノローグ的かダイアローグ的か
  予後不良群では大きなばらつきがみられました。ダイアローグ的な対話もあるにはあったのですが、予後良好だった3事例のように、当たり前にはなされていませんでした。

・ミーティングのプロセスをゆっくり進めることは、ことのほか重要です。

・バフチン
 「言葉にとって(すなわち人間にとって)、応答のないことばほど恐ろしいことはない」

・ただし応えるということは、説明や解釈を与えることではありません。
 ・ただしその際に、誰かが間違ったことを発言したかのようなほのめかしは、いっさいするべきではありません。

・つらい体験こそ宝である。

・ミーティングにおいて感情プロセスが出現したら、それはモノローグからダイアローグへの移行を示すサインである。

・心は関係性から生まれる

・対話のための3つのポイント
1)できるだけ話しやすい雰囲気で、かつ苦悩に直面しつつ語られるように、質問の仕方を工夫する。
2)誰の話しに対しても、神経を集中しつつ、思いやりを持って耳を傾ける。
3)治療チームのメンバーどうしのリフレクティングを導く。その際、ネットワークメンバーの発言に対してだけでなく、その発言に対する治療チームの発言にもコメントする。

・人は、自分の言葉がきちんと聴いてもらえていることがわかれば、自身も他者の経験や意見に耳を傾け、関心を持つようになるのです。

・介入から対話へ、治療から愛へ

感想
統合失調症は治ることが難しいと言われています。
薬でなんとか日々を乗り切っておられる人もおられますが、薬を飲んでも働くまでできないで苦しんでいる人も多いようです。
ベテルの家は統合失調症の方々が集まって活動をされています。
そこでは薬は最低限の処方で抑えられています。
ベテルの家では、”事例研究”と称して、ミーティングが活発に行われています。
オープンダイアローグも当事者を含んだ話し合いにより、治療効果を上げています。

ベテルの家の事例研究では、当事者が自分の幻聴や幻覚を話してそれにどう対応するかを仲間からアドバイスを受け、試してみます。
それを繰り返すことで自分なりの幻聴/幻覚に対処する方法を学んでいきます。

心身一如
心と身体は一体化しており、身体の不調が心に影響し、心の不調が身体に影響します。

うつ病の効果に認知療法が薬と同じくらいの効果があるようです。

仏教用語”唯識”、自分がどう考えるかで、自分の世界が変わり、気持ちまで変わるそうです。
自分を幸せにする考え方を身に付けることが、生きるうえで大きな力になるのでしょう。

https://blog.goo.ne.jp/egaonoresipi/e/a4c93b87afe26d7fad16f5213f44a708
「オープンダイアローグ」ヤーコ・セイックラ/トム・エーリク・アーンキル共著 ”統合失調症に新たな光が!”

阿川佐和子さん「サワコの朝 島崎和歌子さん」 ”若い頃に戻りたいとは思わない”

2019-01-12 08:18:01 | 生き方/考え方
「おまえは、山口百恵さんみたいになれる。山口百恵さんを目指せ」と言われた。美とダイエットは女性の永遠のテーマ。エレガントにするには両手で動作をする。

この方がいらっしゃると安心。
今年で芸能生活30周年。あっという間。アイドル歌手だった。高知県から上京。「オールスター感謝祭」の司会に18歳で大抜擢。

アイドルを目指してオーディション。お菓子メーカーだったので、1年分のお菓子とか。オーデションには落ちたが、プロダクションの社長が「おまえは山口百恵になれる」と言って、声をかけてくれた。

「美人」で島崎和歌子さんをきれいに撮った写真が掲載。
大声で笑わなければいいんだけど!

1曲目、中山美穂さん「50/50」。オーディションの時に歌った。レコードも変えなかったの歌番組で録音して覚えて歌っていた。
ぜんぜん歌えなかった。初心忘れずですね。真面目なんです。この笑いは遺伝で、母も同じように笑う。父親は反対した。母親はいつか結婚して家を出るもんだからと。東京に行く不安が全然なかった。

「弱っちゃうんだ」デビュー曲。何曲か出した。デビューした時代がアイドル冬の時代と言われた。バンドが人気が出ていた。当時森口博子さんや松本明子さんたちがバラドルを開拓してくれていた。歌手以外の道があるのは嬉しかった。

18歳で「オールスター感謝祭」の司会。ずっとやっている。
初め3時間。台本はあった「和歌子、ここ話す」。10代の時は癒えなかった。大失敗連続。答えは言うは、噛むは。しかし、芸能人は聞いていない。
辛いのを当てるのにサワコさんが出たとき、島崎さんが隣にいて辛さでせき込んでいた。問題文を正しく読むのは難しい。アナウンサーさんのテキスト貰ってやった。「何でおまえはできないんだ」と怒られ、泣きながらやっていた。終わった後、「食事にいくぞ!」と普通に誘ってくれたのはありがたかった。この時の努力が大きかった。
辞めるとか逃げるとの選択はなかった。
高知は女の人が頑張る。離婚率も高い。女4人で三升飲んだ。
芸能界屈指の酒豪。飲んでいても笑っている。一升のお酒をどれだけ早く飲むかの大会が高知にある。勝つのが女性が多い。

アラフォーになると好きな服が変わってくる。肌に合うものが変わってきた。服は衣装さんが用意してくれるし、パーティがもうない。あるのはお別れ会だけ。スイッチが入って、使っていないものは捨てるようになった。何を見栄を張っていたんだろう。洗濯物の置き場になっていた。それでL字のソファーを捨てた。物を捨ててすっきりしたら部屋が寒く感じるようになった。ちょっと目につくものがないとダメです。マツコ・デラックスと同い年。気が合った。頭の中の考えは男。心は女。マツコさんから「ムダにきれいね」と言われている。結婚、結婚と言われ続けている。TBSのプロでユーサーに「誰かいませんか?」と尋ねたら、「誰もいない」と言われた。

2曲目。竹内まりやさんとばったり会った。シャンパン飲んでいて隣に座って「『駅』が好きなんです」と言って「駅」を入れたら、歌ってくれた。お店全員の人が聴き惚れた。
心の広い人にならないとね。驕っていなくて。お礼状出さないといけないですからね? 何年前? 8年前。今頃。それから会う機会はない。
若い頃に戻りたいとは思わない。二人とも思わない。

感想
美人なんだけど、美人路線でないお仕事を。
芸能界も生き残るのは大変なんだと思いました。
そのための水面下の努力があるのを知りました。
一緒にいると楽しい方のように思うのですが。

「もうひとつの『心病む母が遺してくれたもの』」夏苅郁子著 ”人の力を信じて”

2019-01-11 01:41:14 | 本の紹介
・精神を病む人が身内にいる、いないにかかわらず、家族の存在は人が生きる支えになると同時に、時には他人より手ごわく、生きる気力を失わせてしまう「魔物」のような存在になり得ます。

・私自身、自分を取るか、母(統合失調症、両親は離婚)を取るかの選択を迫られ、「自分を優先」の生き方を貫きました。

・もう一つお伝えしたいことは、まだ精神科医療とは縁の無い、一般の皆さんへ「精神医療はこのままでよいのだろうか」という問いかけです。
・人が人との出会いによってどれほど変わることができるのか、回復には締切もも限界がないということを実感していただければ、今、変わりたいと願っている方へのエールになるのではないかと期待しています。

・私と引き離された母は(私が三歳の時には肺結核にかかり、二年間隔離病棟に入院しました)、毎日泣いていたらしく、それを見ていた同室の患者さんがキリスト教への入信をすすめ、母は信者となりました。信仰が母の表情を生き生きとさせたのだと思います。

・私が覚えている母の異変は、私が10歳の頃のことでしたが、信仰により安定を得ていても、病の芽はこうした生育環境からすでに始まっていたのだと思います。母はその後、統合失調症という病気になってしまいました。

・78歳で亡くなった母の遺品の中には二つの免許証がありました。看護師免許と栄養士の免許です。どちらも女学校を卒業した後、働きながら取得したものです。母は努力の人でした。晩年に俳句を始めると、緑内障のため満足に字を読めなくなっていたにもかかわらず、何万という季語をテープに録音し、昼夜ずっと眠らずに聞いて覚えてしまいました。

・連続射殺犯の永山則夫も数々の文学作品を残しました。彼がその才能を発揮できるような教育の機会や、たった一人であっても彼を評価する人の存在があれば、不幸な事件は起きずに済んだののかもしれません。これは決して私たちにとって無関係なことではなく、誰もが被害者にも加害者にもなり得るのだと思うのです。

・19歳の少年が、なぜ四人もの人々を無差別に射殺したのか-永山則夫の犯行の動機は祖父母世代にまでさかのぼります。この一家もまた、統合失調症を家族に抱えていました。

・「心の病は、あなたの人生のどこかで出会う病気です」-こらは、私が講演で常に訴えるキャッチフレーズとなりました。

・夫は「健全な」家庭で育った人だったので、私は子どもが生まれてからは「子どもを愛することは、どういうことか」を夫から見よう見まねで教えてもらいました。それは決して「言葉」から学んだのではなく、子どものことぉ心から可愛がる夫の「姿勢」から学んだものでした。

・「家族心理教育から地域精神保健福祉まで」後藤雅博著

・出版後に私はたくさんの方からお手紙をいただきましたが、その中にとても辛い手紙がありました。「私は子どもの時から精神疾患の母と、知的障害の妹の面倒をみて生きてきた。私はそれだけで精一杯で、自分の人生など考える余裕もなかった。父はすっと以前に病死、母は施設に入り、最近、母が病気で亡くなった。母の死を看取ることだけがを生き甲斐にしてきたので、今は一人ぼっちになってしまい、自分は何を目的に生きていけば良いのか分からなくなった。いつか自死してしまいそうな気がする」とありました、便箋10枚を超えるものでしたが、丁寧な文字まで切々と訴えながら、それでも「生きていこう」「幸せになりた」とい叫びが聞こえてくるような内容でした。
私は「よく頑張ってこられましたね。これからは自分のために時間を使ってほしいと思います。自分のための生き甲斐を探す練習を、こらからでも決して遅くはないから、やっていきましょう」と、返事を書きました。
四往復の文通後、お正月となりました。その方がご自宅で自死を遂げていたことを、そして亡骸のそばに私の手紙が置いてあったことを聞かされました。たまたま文通していた私の他に、身よりはなかったそうです。
私は、ギルバート(映画「ギルバート・グレイプ」)もこの手紙の方も、「家族という閉鎖空間・システム」から自力では脱出することができなくなった人だと思いました。

・当時、私は「親を見捨てた一人娘」「父親の期待に応えられない娘」といった罪の意識に苛まれていました。たとえ世間的には「医師」という肩書きは持っていても、実際には自信もプライドも何もなかったのです。こんな私にとって「心の浄化ができたら」-そんな期待から、いつしか内観療法に惹かれ、有る年の大晦日、吉本伊信先生のいる奈良の古いお寺を尋ねました。

・吉本先生は、「内観中の方たちは仏様」と仰って、私たちのことをとても丁寧に扱ってくださいました。驚いたことに、もうお正月だというのに内観をするための人たちでお堂は満員でした。凛とした厳しい空気が漂う中、「世の中には悩んでいる人が本当に多いんだな」と、精神科医である自分の職業が無力に思えて、複雑な心境になりました。

・私が一番慎重にならなければいけないと思っているのが「親の病名をどう伝えるか」です。なぜなら私自身が医学生の時、講義の中で初めて母の病気のことを聞き、大変なショックを受けたからです。30年以上前のことですが、統合失調症は今よりもっと悲惨な病気と考えられていました。私は「自分の未来は完全に終わった」と思いました。

・肝心なのは「子どもへの安全の保障」をすることです。私にとって、押し入れに隠れていた時の恐怖は生涯忘れることはないと思います。親や親戚と一緒だから安全だとは限らないことを常に心にとどめておくために、私はあの八歳の少女(私が以前担当した患者さんには、八歳になる娘さんがいました。お母さんは結婚後に統合失調症となり、入退院の果てに夫と離婚して、実家にこのお嬢さんを身を寄せていました。実家のご両親はすでに年金暮らしで、生計を支えていたのは未だ独身の伯父でした。その子は急に大粒の涙を流しながら「家にいるのが怖い・・・」と、小さな声で話してくれました。それは耳をふさぎたくなるようなおぞましい内容でした。・・・この子は伯父から性的虐待を受けていたのです。・・・私はすぐに児童相談所へ通報し、彼女は施設入所となり、伯父は逮捕されました。そして10年ほど経った或る日、彼女がひょっこり私の診療所を訪ねてきました。すっかり女性らしくなった彼女は、その後定年制高校を卒業して、就職が決まったことを報告に来てくれたのでした)の姿をいつも思い浮かべています。

・今度生まれてくるならば、本に書くような体験をしない平凡な人生を送りたいと思います。
でも、縁あって親子になった母の人生も父の人生も、それぞれが愛おしいと思えるようになりました。「一生懸命に生きたんだね」と、天国で再会できた時には言いたいのです。そして、この両親のもとに生まれてきた自分のことも愛おしいと思えるようになりました。第二、第三の「私」へ-どうか「良き人生」を送られることを心から祈ります。

・人の力を信じて
 私は石川義博先生と出会い、運命を変える「人の力」と「一人の怖さ」をあらためて思い知りました。この世に生まれてきたからには、良い意味での「人の力」となりたいと願います。

感想
どんな家庭に生まれるかはわかりません。
生まれた環境で、どう生きるかが問われているのかもしれません。
著者は母が統合失調症、親が離婚、親戚に預けられたりとか。
精神科医になっても自分のうつ病を直せなくて何度も自殺未遂を。
それでも患者さんに向かわないといけない。

そういったいろいろがあったからこそいまがあるのでしょう。
大変でしたが、その時その時を精一杯生きて来られたからなのでしょう。

人によって傷つきますが、人によって癒され助けられるようです。

「Lily」石田ゆり子著 ”一番いいのはいま、淀まず止まらず”

2019-01-10 02:27:08 | 本の紹介
・日々のカケラを拾い集めるように
 思い返せば15歳の5月、
 自由が丘の街を歩いているときに、声をかけられ
 それがきっかけで女優という仕事を始めることになりました。
 カメラが怖くて震えているような、
 全くの素人の女子高生だったわたし。
 芝居のなんたるか、も分からない、そんな状態。
 あれから33年。今もこうしてカメラの前に立つ日々を
 送っていることに我ながら驚きます。
 人生は小さなことの積み重ね。
 それは女優という仕事にもそのまんま当てはまり、
 大切なのは日々の小さな努力と鍛錬の積み重ね。
 毎回、こんなんじゃダメだと反省し、次へ次へと進んできた毎日。
 本当にあっという間に時間は経ちます。
 でもこの、さらさら流れる時間に逆らわず
 自然に、潔く、生きていきたい。
 淀まず止まらず。これは私の座右の銘です。
 ・・・
 これまでのわたしを作ってくれた
 わたしをとりまく環境の全てに。
 全ての方々に感謝を込めて。
 楽しんでいただけると幸いです。
   2018年の初め。自室にて。石田ゆり子

・「年を取るのが嫌だ」と思ったことはありません。

・私自身、20代は辛かった。辛いというか、ずっと悩んでいました。人生経験もないのに、注目されてしまったこと。本当は何もできないのに、できるふりをしなくちゃいけない。

・周囲に期待されることも怖かった。

・ラクで美しいものはないのだと思います。

・未完成なものが好きなのです。

・コーヒー党

・一輪だけ花を 大輪のラナンキュラスの蕾などに出会ったら本当に幸せ

・本は友達/人生の相棒 2歳の頃から絵本「かまきりのちょん」「おやすみなさい フランシス」、「錦繍」宮本輝著など

・私が美しいと感じるのは、素敵な表情をしている人です。

・いつからか、一年の終わりに、頑張った自分へのご褒美としてアクセサリーを買うようになっていました。

・笑顔で眠る

・文章を書くことが小さな頃から好きでした。なんていうか、口で説明することが苦手でした。心の中にたくさん言いたいことがあるのに、口では想いを上手く伝えられませんでした。

・競うことや誰かと比べることがとても苦手なのです。

・いやはや。しかしわたしは独身主義なんかじゃありません。人はひとりでは生きていけないといつも思っていますし、人生を共にするパートナーには、いつだって出会いたい。だけど、確かに、そう言いながらも、どこかで独身であることが自分には必要なんだとする思っています。

・占いは信じますか? ⇒いいことだけ。

・口癖はありますか? ⇒やってみなきゃわからない。そんなのいま決められない。

・年をとっても、いつも「一番いいのはいま」と思っています。

・自分の強みは? ⇒どんなところでも楽しめること。

・言われてうれしい褒め言葉は? ⇒一緒にいると楽しい。

・生きてゆく上で、いちばん大事なものは何だと思いますか? ⇒ユーモア

感想
見た目から落ち着いて、かつ華やかに思えても、生きるということは悩みと共にあるのでしょう。
四苦八苦
生きることも苦痛なのかもしれません。
その生きるをより素晴らしくするためには、努力という日々の積み重ねが必須なのだと思います。

「占いはいいことだけ信じる」。
これは自分を幸せにする秘訣でもあるように思いました。
「どんなところでも楽しめる」。
これも素晴らしいですね。
楽しい時間だけだと人生は短くなります。
嫌だなと思う時間も、愉しめる工夫をしていけると人生がより楽しくなりますね。