・風の電話
風の電話は心で話します
静かに目を閉じ
耳を澄ましてください
風の音が又は浪の音が
或いは小鳥のさえずりが聞こえたなら
あなたの想いを伝えてください
・http://bell-gardia.jp/guide/kaze-no-denwa/
当初はガーデンのオブジェとしてベルガーディアにやってきた電話ボックス。ベルガーディアを訪れる人が他界した家族や友人など大切な人と「想いをつなぐ」ということが喪失感(グリーフ)から立ち直るきっかけになると立ち上げました。
「風の電話」はどこにも電話線はつながっていません、つながっていないからこそ想いはつながるのかも知れない。これが心の想像力であり、人の持つ力なのかも知れません。これが希望となり、生きる力になる。それを支えているのが心で話す「風の電話」なのです。
突然訪れた別れには「最後に一言伝えたかった」という思いが逝かれた方、残された方にも残ります。また遠くに離れてしまった友人、何か大切なものを失った方々もグリーフを感じます。そんなグリーフを抱えた方々が心で話します。
見えない相手と対話し、心の内を吐露することで心の負担を軽くします。そうすることにより、鳥の声を聞き、風を感じたり、周りの風景が見えるようになり「感動・感激」する心が蘇ります。やがて、自分の意識の向け換えが出来るようになります。
「風の電話」には他の五感(見る、聞く、味わう、触れる,嗅ぐ)の他に“感じる”という表に現わすことのできない感覚で、癒されることを実感できます。この表に現すことができないところは「祈り」と同じものを感じます…。
そうです、「風の電話」は宗教と関係ない「祈り」の場なのです。
・「風の電話」を訪れる人について、二つの特徴
・「語り合う」という感覚
・「自ら、出向く」行為
・電話Boxに置かれたノートより
1)大切な人の声を聴きたい、会いたい、感じたい
2)想いを伝えたい
・生前伝えられなかった想い
・今田行へ不明の家族、友人への想い
・生活の様子
・決意表明
3)今回の震災で被災した人々や東北の復興を想う
4)ガーデンに訪れてみたい
・震災で最愛の妻を亡くした方(10回以上「風の電話)訪問)
生きている自分、生かされている自分を感じる。ちゃんと人のために良い仕事をした。被災後に支援してくれた人たちへの恩返しという気持ちもある。頑張りたいと思う。だって、妻には胸張って会いたいしょ。次に会うときは、自分のやってきたことを妻に誇れるようでありたいと思っている。
「妻は自分のなかで生きていて、これからも共に人生を歩んでいく」という感覚がご本人のなかで育まれているようだった。
・夫を亡くしてもケアマネージャーとして日中は住民支援にまわり、その合間にいたいの情報リストから夫の情報を探し求める日々だった。
・やるべき「仕事」があることで、少なくとも日中はそこに集中した。「これがあったから助かった」と今でも思っている。
・「自分はなんのために生きているのだろう」と、自分の「生」が認められずとても苦しかった。それこそ身体中が苦しく、首辺りも痛かった。
・「なぜ、自分だけが生きているのか」という気持ちも強かった。でもその旨の内や気持ちを語れなかった。一つの言葉で自分の気持ちを言い表すことは不可能だった。
・なにもかも失い、今の状態を受けとめられないときに、仏壇の前にいる時間が長くなった。色々なことに心を惑わされないようひたすら祈った。そうしないと、祈りが届かないと思った。
・苦しかったが、その苦しみを消したいとは思わなかった。苦しみが癒えて、その先に「薄れて」いくことの方に抵抗があった。苦しいけれど、忘れたくない。その中にいたいという気持ちが強かった。
・本当に苦しくてたまらなかった。でも徐々に、本当に徐々にだが、心のなかに、風を感じるようになり、苦しさが違ってきた。苦しみのなかに、段々、夫と「一緒にいる」という感じが生まれてきた。「不在だけど、でも一緒にいる」という感じ。「そして、これも家族なんだ」と思うようになって、だんだん、悲しいけれど、「(これまでとは)違う自分になる」ような気がしてきた。
・グリーフワーク
・死者は生きている
・死を深く悼むということ
・想いを聴いてくれる人の存在
・死者とともに生きる
・2017年10月28日毎日新聞のコラムで、大震災後の車による移動図書館で多くの方に読まれた本の中に、ビクトール・フランクルの「夜と霧」があることを知った。
・浜垣先生
「喪(悲嘆)の作業 グリーフワーク」には、自身の喪失体験に新たな「意味」を見出し、そこに新しい人生の方向を見出すことが大切であり、そのためには亡くなった人との「対話」が重要な役割を果たすと指摘している。
・Dyke先生
相手(死者)へ想いを声にだして伝える作業は、「自身のこころを開け放ち、感情を解放する」と述べている。
・宮沢賢治「無声慟哭」(妹トシが死んだ日に書いた)
・心的外傷というものが、本人にとって苦痛を伴っている理由
1)深刻な外傷記憶には、強い恐怖感、無力感、罪悪感、孤立感などの否定的な感情が、固く結びついてしまっていることにある。
2)外傷的な出来事は多くの場合、当事者にとって取り返しのつかないような「喪失」を伴っているという、厳しい現実である。
・回復のための治療
・「眼球運動による脱感作と再処理法(EMDR)」
・「持続エクスポージャー法(PE)」
・「風の電話」で「話せた・話せなかった」が重要なことではなく、そこでの体験そのものがその人にとって意味があること、そこで私たちは亡き人を想いつつ自分の生き方も見つめる機会にもなるのでは。
・「風の電話」の二つの意味合い
1)シンボリック(象徴的)な意味合いを示す存在
2)訪問者を実体験へと結びつける現実のツールとして
感想;
繋がっていないけど、繋がっていると思えば繋がっている。
まさに、自分の心の中に亡くした人を住まわせて、そして対話することができるのでしょう。
人は物理的な死の他に、皆から忘れ去られてしまうという精神的な死もあるのでしょう。
”風の電話”を訪れること自体が対話なのかもしれません。
佐々木 格ご風雨が”風の電話”を始められましたが、風の電話を訪れた人が、佐々木ご夫婦との語らいも、訪れる人にとって大きな力になっているように思いました。
風の電話は心で話します
静かに目を閉じ
耳を澄ましてください
風の音が又は浪の音が
或いは小鳥のさえずりが聞こえたなら
あなたの想いを伝えてください
・http://bell-gardia.jp/guide/kaze-no-denwa/
当初はガーデンのオブジェとしてベルガーディアにやってきた電話ボックス。ベルガーディアを訪れる人が他界した家族や友人など大切な人と「想いをつなぐ」ということが喪失感(グリーフ)から立ち直るきっかけになると立ち上げました。
「風の電話」はどこにも電話線はつながっていません、つながっていないからこそ想いはつながるのかも知れない。これが心の想像力であり、人の持つ力なのかも知れません。これが希望となり、生きる力になる。それを支えているのが心で話す「風の電話」なのです。
突然訪れた別れには「最後に一言伝えたかった」という思いが逝かれた方、残された方にも残ります。また遠くに離れてしまった友人、何か大切なものを失った方々もグリーフを感じます。そんなグリーフを抱えた方々が心で話します。
見えない相手と対話し、心の内を吐露することで心の負担を軽くします。そうすることにより、鳥の声を聞き、風を感じたり、周りの風景が見えるようになり「感動・感激」する心が蘇ります。やがて、自分の意識の向け換えが出来るようになります。
「風の電話」には他の五感(見る、聞く、味わう、触れる,嗅ぐ)の他に“感じる”という表に現わすことのできない感覚で、癒されることを実感できます。この表に現すことができないところは「祈り」と同じものを感じます…。
そうです、「風の電話」は宗教と関係ない「祈り」の場なのです。
・「風の電話」を訪れる人について、二つの特徴
・「語り合う」という感覚
・「自ら、出向く」行為
・電話Boxに置かれたノートより
1)大切な人の声を聴きたい、会いたい、感じたい
2)想いを伝えたい
・生前伝えられなかった想い
・今田行へ不明の家族、友人への想い
・生活の様子
・決意表明
3)今回の震災で被災した人々や東北の復興を想う
4)ガーデンに訪れてみたい
・震災で最愛の妻を亡くした方(10回以上「風の電話)訪問)
生きている自分、生かされている自分を感じる。ちゃんと人のために良い仕事をした。被災後に支援してくれた人たちへの恩返しという気持ちもある。頑張りたいと思う。だって、妻には胸張って会いたいしょ。次に会うときは、自分のやってきたことを妻に誇れるようでありたいと思っている。
「妻は自分のなかで生きていて、これからも共に人生を歩んでいく」という感覚がご本人のなかで育まれているようだった。
・夫を亡くしてもケアマネージャーとして日中は住民支援にまわり、その合間にいたいの情報リストから夫の情報を探し求める日々だった。
・やるべき「仕事」があることで、少なくとも日中はそこに集中した。「これがあったから助かった」と今でも思っている。
・「自分はなんのために生きているのだろう」と、自分の「生」が認められずとても苦しかった。それこそ身体中が苦しく、首辺りも痛かった。
・「なぜ、自分だけが生きているのか」という気持ちも強かった。でもその旨の内や気持ちを語れなかった。一つの言葉で自分の気持ちを言い表すことは不可能だった。
・なにもかも失い、今の状態を受けとめられないときに、仏壇の前にいる時間が長くなった。色々なことに心を惑わされないようひたすら祈った。そうしないと、祈りが届かないと思った。
・苦しかったが、その苦しみを消したいとは思わなかった。苦しみが癒えて、その先に「薄れて」いくことの方に抵抗があった。苦しいけれど、忘れたくない。その中にいたいという気持ちが強かった。
・本当に苦しくてたまらなかった。でも徐々に、本当に徐々にだが、心のなかに、風を感じるようになり、苦しさが違ってきた。苦しみのなかに、段々、夫と「一緒にいる」という感じが生まれてきた。「不在だけど、でも一緒にいる」という感じ。「そして、これも家族なんだ」と思うようになって、だんだん、悲しいけれど、「(これまでとは)違う自分になる」ような気がしてきた。
・グリーフワーク
・死者は生きている
・死を深く悼むということ
・想いを聴いてくれる人の存在
・死者とともに生きる
・2017年10月28日毎日新聞のコラムで、大震災後の車による移動図書館で多くの方に読まれた本の中に、ビクトール・フランクルの「夜と霧」があることを知った。
・浜垣先生
「喪(悲嘆)の作業 グリーフワーク」には、自身の喪失体験に新たな「意味」を見出し、そこに新しい人生の方向を見出すことが大切であり、そのためには亡くなった人との「対話」が重要な役割を果たすと指摘している。
・Dyke先生
相手(死者)へ想いを声にだして伝える作業は、「自身のこころを開け放ち、感情を解放する」と述べている。
・宮沢賢治「無声慟哭」(妹トシが死んだ日に書いた)
・心的外傷というものが、本人にとって苦痛を伴っている理由
1)深刻な外傷記憶には、強い恐怖感、無力感、罪悪感、孤立感などの否定的な感情が、固く結びついてしまっていることにある。
2)外傷的な出来事は多くの場合、当事者にとって取り返しのつかないような「喪失」を伴っているという、厳しい現実である。
・回復のための治療
・「眼球運動による脱感作と再処理法(EMDR)」
・「持続エクスポージャー法(PE)」
・「風の電話」で「話せた・話せなかった」が重要なことではなく、そこでの体験そのものがその人にとって意味があること、そこで私たちは亡き人を想いつつ自分の生き方も見つめる機会にもなるのでは。
・「風の電話」の二つの意味合い
1)シンボリック(象徴的)な意味合いを示す存在
2)訪問者を実体験へと結びつける現実のツールとして
感想;
繋がっていないけど、繋がっていると思えば繋がっている。
まさに、自分の心の中に亡くした人を住まわせて、そして対話することができるのでしょう。
人は物理的な死の他に、皆から忘れ去られてしまうという精神的な死もあるのでしょう。
”風の電話”を訪れること自体が対話なのかもしれません。
佐々木 格ご風雨が”風の電話”を始められましたが、風の電話を訪れた人が、佐々木ご夫婦との語らいも、訪れる人にとって大きな力になっているように思いました。