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強姦冤罪事件、女性の「うそ」で服役 裁いた国の責任は ”疑わしきは罰する?/罰しない?”

2019-01-05 17:51:28 | 社会
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190105-00000024-asahi-soci 朝日新聞社1/5(土)

 強姦(ごうかん)事件などで服役中に被害証言がうそだったとわかり、再審で無罪となった男性(75)と妻が国と大阪府に計約1億4千万円の国家賠償を求めた訴訟の判決が8日、大阪地裁である。男性側は冤罪(えんざい)の責任は捜査機関だけでなく、裁判所にもあると訴えている。

 訴状などによると、男性は2004年と08年に当時10代の女性に自宅で性的暴行を加えたとして強姦と強制わいせつの罪で起訴された。一貫して無罪を訴えたが、大阪地裁は09年5月、「女性が被害をでっちあげることは考えがたい」として、女性本人や被害を目撃したとする親族の証言などから懲役12年の判決を言い渡した。最高裁が11年4月に上告を退け、確定した。

 しかし男性が服役中の14年、女性が「被害はうそ」と告白。親族も証言が虚偽と認めた。その後の大阪地検の調べで、女性が被害届を出した後に受診した医療機関に「性的被害の痕跡はない」とするカルテがあったことが判明。男性は14年11月に釈放され、15年10月に地裁の再審で無罪判決を受けた。

感想
疑わしきは罰する?
証拠もないのに罰せられるのは、”性犯罪”だけ?

しかし、詩織さんの準レイプ事件では被疑者は逮捕直前に上?からの指示で逮捕されませんでした。
いったい違いは何なのでしょうか?
元毎日新聞の記者が安倍首相とお友達だったからとも言っている人もいます。

日本はどういう国なのでしょうか?
法治国家の前に、”為政者のための”法治国家のように思ってしまいました。



阿川佐和子さん「サワコの朝 浅野ゆう子さん」 ”新人賞取ってからが大変!”

2019-01-05 08:20:00 | 生き方/考え方
新婚さんです。1960年神戸生まれ。デビューはアイドル歌手。高い身長と足。レコード大賞新人賞。「抱きしめたい」でダブル浅野。昨年結婚。

ムロイさんの舞台の後、タクシーに同乗したのがきっかけでサワコさんと初めて話をした。
ご飯を毎日作っている。主人は私の料理を食べるのが楽しみと言ってくれる。
57歳で結婚。クックパッドで作っている。結婚して、良かったこと。掃除してくれる。お風呂、トイレ、空気清浄機など。靴も磨いてくれる。作ってくれるたのは美味しいとおだて上手。

1曲目、小さな恋のメロディの主題歌「メロディ・フェア」。こんな素敵な世界があるんだ。女優になりたい。主演のマークレスターが日本に来て相手役の一般公募があった。応募したが、年齢がまだ達していなく、夢破れた。メロディに憧れた。

両親と一緒に過ごした期間が短かった。小学校1年生で両親が離婚した。母は働くために、親戚の家に転々と預けられた。学校でも家でも気を使っていた。夕飯のおかずは我慢していた。「私はこれが欲しい」とは言えなかった。子どもの頃から楽天家で我慢していた。

デビューしたのが13歳の中学1年生。神戸から単身上京。天地真理さんに憧れた。母は反対だった。母と一緒に暮らせるようになって2年だった。1、2曲目は売れてレコード大賞を取った。3曲目から売れなくなった。その後、岩崎宏美さん、片平なぎささんが出てきた。

デビューした頃は3か月に1曲だったのが、半年に、そして1年に1曲になってきた。歌はだめでしょうと。ゆう子のゆうは石原裕次郎の裕を取った。母が石原裕次郎さんに憧れていた。女優の第一歩は「太陽に吠えろ」。

久世さんに「あなたは見た目と年齢のギャップが埋まったときに良い仕事ができる」と言われたが、オーディションは落とされた。「刑事くん」を見ながら、「へたくそでごめんなさい」。歌より演技が恥ずかしい。怖いもの知らずだった。着々とドラマの仕事が増えてきた。1件/年ぐらいで仕事が来るようになった。子どもの声から大人の声に変わったが、聞きやすい声にするためにトーンを落として、ゆっくり話すようにした。関西出身なので早口だった。ご飯食べるのも早かった。

2時間ドラマに出るようになった。それを見て下さっていたのが、「抱きしめたい」のドラマのプロデューサーだった。W浅野の二人に憧れた人が多かった。温子さん、お仕事にとてもまじめで、台詞を全て覚えておられたので、自分もしっかりやらなければと教えられた。過去のことにしがみつくと、見えなくなるので、離れて自分を見ている自分がいるようになった。ちやほやされることに溺れなかったのは、時代に恵まれていたかもしれない。バブルに溺れないようにしていた。当時はタクシーチケットなどバンバン出していた。でも最終の電車で帰るなどしていた。バックをいっぱい買っていた時代もあったけど今は欲しいものがあっても、ポイントが付く時期まで待つようにしている。

2曲目は槇原敬之さん「どんなときも」。紅白の司会をした時に槇原さんが初出場で歌われた曲。舞台に出ていくときとか、自分を励ましたい時に必ず聞いている。

好きなことが好きと言えない時代が長かったので、わがままは言えるのですか?(サワコ) どうなのでしょう(浅野)。ぜひご主人の前で言ってください(サワコ)。お幸せに(サワコ)。阿川さんこそお幸せに。

感想
新人賞を取れば、その後はバラ色と思っていましたが、そうではなかったようです。
女優という新しいことにチャレンジされて来られたから今があるのでしょう。
最初は下手でも、それに努力を積み重ねていると上手くなっていくようです。

自分に枠を嵌めずに、新しいことにチャレンジし続けることが大切なんだと改めて思いました。