幸せに生きる(笑顔のレシピ) & ロゴセラピー 

幸せに生きるには幸せな考え方をすること 笑顔のレシピは自分が創ることだと思います。笑顔が周りを幸せにし自分も幸せに!

「心理療法の交差点2」 ”短期力動療法、スキーマ療法、ブリーフセラピー”

2019-06-27 10:00:10 | 本の紹介
短期力動療法
・マラン
二つの三角形
 ・葛藤の三角形;防衛/衝動・感情/不安
  ・人の三角形;治療者・転位/現在の重要人物/過去の重要人物
 ・防衛された情動を中心に、その人のあり方の過去と現在、そして治療関係を紐解くためのパターン、あるいは力動なのである。
 ・抵抗の解除と情動の力
 ・ユング
  「夢と同じように、神話やおとぎ話では、魂は自分自身について語る」
 ・心理療法とは、魂の意図に、あるいは、魂と人間との差異に、クライエントとセラピストの双方が襲われる「場」なのだろう。

スキーマ療法
 米国の心理学者ジェフリー・ヤングが構築した、認知行動療法を中心とする統合的な心理療法である。
 ・認知を
  ①自動的に生じるその場限りの思考やイメージ(浅い認知)
  ②その人の中にすでに定着している思考やイメージ(深い認知)
  前者を「自動思考」、後者を「スキーマ」と呼ぶ。
 ・ヤングの早期不適応対応スキーマ
早期不適応スキーマ ウィキペディアより
早期不適応スキーマ(Early maladaptive schemas)とは、子供時代に確立された、人生の全体に繰り返される、自己敗北的な感情的・認知的パターンである。それらは過去の傷、悲劇、恐怖、虐待、ネグレクト、安全性のニーズの非充足、放棄、一般に正常な人間の愛情の欠如などなど、感情的な思い出で構成されている。スキーマには、それら感情的記憶に関連する、身体感覚も含まれ得る。
第一領域:切断と拒否[編集]
人とのかかわりが断絶されること
1.見捨てられスキーマ
2.不信・虐待スキーマ
3.「愛されない」「分かってもらえない」スキーマ
4.欠陥・恥スキーマ
5.孤立スキーマ
第二領域:自立性とパフォーマンスの障害
「できない自分」にしかなれないこと
1.無能・依存スキーマ
2.「この世は何があるかわからないし、自分はそれにいとも簡単にやられてしまう」スキーマ
3.巻き込まれスキーマ
4.失敗スキーマ
第三領域:他者へとの方向性[編集]
他人を優先し、自己を抑えること
1.征服スキーマ
2.自己犠牲スキーマ
3.「ほめられたい」「評価されたい」スキーマ
第四領域:過度の警告と禁止
物事を悲観し、自分や他人を追い詰めること[10]
1.否定・悲観スキーマ
2.感情抑制スキーマ
3.完璧主義的「べき」スキーマ
4.「できなければ罰せられるべき」スキーマ
第五領域:壊れた限界[編集]
自分勝手になりすぎること
1.「俺様」「女王様」スキーマ
2.「自分をコントロールできない」スキーマ
 ・スキーマに対する不適応的な3つのコーピングスタイル(ヤング)
 ①スキーマへの服従(スキーマの言いなりになること)
 ②スキーマの回避(スキーマが活性化される状況自体を回避すること)
 ③スキーマへの過剰補償(スキーマと反対の極端な行動を取ること)
 ・スキーマ療法の進め方
  ・スキーマ分析
  ・スキーマワーク(スキーマの解体・再構築とモードワーク)
   自分を生きづらくさせるスキーマを手放したり、自分を生きやすくしてくれる当たらなスキーマを手に入れたりするためのワークを行う。またモードについては「モードワーク」という対話に基づくワークを行い、「脆弱なチャイルドモード」を癒し、「非機能的コーピングモード」の影響力を弱め、「非機能的ピアレントモードと戦い、「幸せなチャイルドモード」を呑み、「ヘルシーアダルトモード」を強化するということを目指す。
 ・スキーマ療法の主要技法
  ①認知的技法
  ②行動的技法
  ③感情的・体験的技法
  ④治療関係
   「治療的再養育法」という治療関係を形成し、その関係性の中で当事者の早期不適応的スキーマを癒したり、「幸せなチャイルドモード」や「ヘルシーアダルトモード」を育んだりする、ということを重視する。

・ブリーフセラピー
戦略とシステム理論(円環性を含む;円環性は脳から抹消へ、末梢から脳へのいう動作法の発想と同様である)に基づく心理療法である。同時に構成主義を心理療法に持ち込んだパイオニア的心理療法である。
 ・何回の面接回数ならばブリーフと言えるのかということではなく、その考え方や手法を用いた結果、短期的な問題解決を提供するというかたちになっている。
 ・問題をシンプルな形で共有する
 ・ブリーフセラピーと言えば、パラドックスである。
  「娘さんに口うるさく言ってしまうのは仕方がないことです。娘さんがそのような行動さえとらなければ、お母様は口うるさく言う必要がないのですから」などという言葉をかけていく。そのようにせざるを得ない、という会話をしていく。「難しいと思いますが・・・」「できなくても仕方ないですが・・・」「一番嫌なことだと思いますが・・・」などと言う言葉を採取に示しながら話していく。
 ・ユーモアの利用

感想
セルフカウンセリング

自分で自分の心を落ち着かせるなど、自らマネイジメントすることが必要なんだと思います。
カウンセラーがいろいろな心理療法を使っています。
カウンセラーが使っている心理療法が自分に合っているかどうかもあります。
先ずは、自分がいろいろな心理療法を知ることなのでしょう。

心は自分のものでも、なかなかコントロールできません。
そのためにはコントロールする技術を学ぶことが必要なのだと思います。


児相から自宅に戻るたび性暴力 長女被害、数年繰り返す ”児相はなんのために存在しているのか?”

2019-06-26 08:35:35 | 社会
https://news.goo.ne.jp/article/asahi/nation/ASM6P5CMZM6PUBNB00C.html?from=popin
2019/06/21 (朝日新聞)

 当時中学生だった長女に性的暴行を加えたなどとして、青森地裁八戸支部が青森県在住の50代の男に準強姦罪などで懲役6年(求刑懲役8年)を言い渡した事件で、長女が児童相談所に保護されては自宅に帰され、再び被害に遭う状況が繰り返されていたことが、捜査関係者などへの取材でわかった。児童相談所は「個別の事案についてはお答えできない」として、当時の状況を明らかにしていない。
 判決などによると、男は2011年1月中旬、県内の自宅で、長女に対して性的暴行を加えた。長女が小学6年生のころから暴行や脅迫、性的虐待を繰り返していたといい、抵抗することが困難な「抗拒不能」の状態に長女が陥っていることに乗じたものだった。
 長女は性的暴行を受ける直前の10年12月中旬に、男の暴行が原因で児童相談所に一時保護されていた。だが約1カ月後、長女は児童相談所から自宅に戻され、それから1週間もたたないうちに男から性的暴行を受けたという。
 岩崎慎裁判長は判決で、「安全であるべき自宅に戻ったにもかかわらず、再び性交を強要されることになった当時13歳であった被害者の心情は察するにあまりある」と指摘した。
 捜査関係者によると、長女はこのとき学校に性的暴行の被害を訴え、再び児童相談所に身を寄せた。だがこのときも約1カ月で自宅に帰され、性的暴行はその後も数年間にわたって繰り返されたという。
 当時、児童相談所から県警には通報がなく、県警は一連の事態を認知していなかった。昨年末、男が長男に対し暴行しているのを長女が止めに入ったところ、自らも暴行を受け、110番通報。県警が男を傷害容疑で逮捕したことで、長女が長年にわたって性的暴行を繰り返されていたことが明らかになった。

感想
https://blog.goo.ne.jp/egaonoresipi/e/260ff2274e95fee4e37c6aa8a3d572e4
「告発 児童相談所が子供を殺す」 山脇由貴子著 ”児童福祉司は誇りを持って活動されているか?”


https://blog.goo.ne.jp/egaonoresipi/e/86e21b2ccad28104aec0479a32ca23c0
心愛さん母に懲役2年求刑 弁護側「夫の支配下に」 ”児相相談所&教育委員会の責任は?”


https://blog.goo.ne.jp/egaonoresipi/e/38d71c81e853cff69449b09e1a8f2fca
2歳女児衰弱死、児相に通告複数回 1カ月前から暴行か "児相は会えなかったのではなく、是が非でも会おうとしなかった!”


児相の責任者はプライドがないのでしょうか?
自分たちが何のために存在しているか。
子どもたちを守るためであって、自分たちを守ることではないはずです。

こんな児相の責任者だと、きっと他でも問題を起しているでしょう。

それにしても、こんなに多くの児相で問題が起きているのは、児相のトップの問題なのかそれとも構造的な問題なのか。
きちんと責任を取らせることをしないと、また起きるでしょう。
このような児相は一部で、多くの人はプライドを持って一生懸命やられていると信じたい。


「戦国の群像」小和田哲男著 ”百姓とは農民にかぎらない”

2019-06-26 08:20:20 | 本の紹介
・戦国時代の見方
 北条早雲による伊豆討ち入りの1493年から、その北條氏が滅亡する1590年までのおよそ100年間と考えているが、応仁・文明の乱が勃発した応仁元年1467年から、大阪の陣で豊臣家滅亡までだとおよそ150年間になる。

・戦国大名の成り立ち
 1)守護大名;甲斐の武田、駿河の今川、薩摩の島津、豊後の大友
 2)守護代の下克上;長尾為景、尼子経久
 3)国人一揆;毛利元就
 それ以外;北畠、姉小路(公家から)

・北条氏が同時代の戦国大名の中でも年貢率が低かった。4公6民
 他は5公5民。

・国造り(川の洪水防止)
 ・武田信玄の信玄堤
 ・加藤清正の清正堤

・国力増強のための産業育成

・戦国時代の名乗り(諱(いみな))
 ・奥州の伊達晴宗、越後の長尾春景、甲斐の武田晴信
  室町幕府十二代将軍足利義晴の「晴」の字をもらっている。
 ・伊達輝宗、上杉輝虎、毛利輝元は十三代将軍足利義輝の「輝」をもらっている。
 実力の時代にあっても権威による支配がまだ生き残っていたことになる。

・「明智日向守が云う、仏の噓を方便と云い、武士の噓を武力と云う」

・名誉ある死が家名の存続へとつながっていったのである(子孫は優遇された)。

・百姓とは何か
 百姓は凡下と同じで、国家によって支配される者の総称である。したがって、百姓の中には漁師もいれば、商人・職人も含まれていた。たまたま、農業を主たるなりわいとした「農人(のうにん)」が人口も多く、また、田畠からの年貢収入が国家財政の基盤になったことから百姓の代表といった扱いを受け、百姓イコール農民という理解になっていったのである。
農民といういい方は中世史料には出てこない。「農人」として出てくることはある。

・農民は3つに分かれていた。
 ①名主層
 ②散田作人層
 ③「下人」「所従」

・闘いにたちあがる百姓たち
 「侘言(わびごと)」(文書)それがだめなら「郷中期」(逃散)

・百姓たちの闘いとしての新田開発
「六年荒野」;開発した水田は7年目から年貢が取られるがそれまでは、年貢・諸役がかかってこない。

・「欠落」(かけおち)と「人返し」
 散発的な逃散(欠落)した農民を探して戻す(人返し)。

・「本土寺過去帳」
 室町中期から戦国期にかけて、上は大名層から下は下人まで、あらゆる階層の物故者がおよそ1万人、死亡理由に至るまでしょうさいに記録された過去帳
 4月~6月まで志望者が多く、7月~12月までは少ないという、季節ごとにはっきりした違いがあったことになる。4月~6月は食糧が確保できない端境期にあたっている。

・あたりまえだった略奪行為「乱取り」
 家具道具、米などの食料を奪うことはもちろん、人間もさらっている。

・街道整備と伝馬制

・関所の撤廃と楽市楽座令
 商品流通の妨げとなっていた関所
 信長がこの関所撤廃にふみきった理由は二つあった。
 1)商人たちの往来をしやすくするため
 2)商品の値段を低くし、商品流通を活発にさせる

・御用商人に商人を束ねさせる

・商人たちの戦争協力と特権付与

・武具(刀・弓・槍・鉄砲)製造に携わる人びと 

・石垣を積む城の流行と石工

・金・銀・鉄の産出と金堀り・山師
 灰吹法の導入
 1533年、博多の豪商の一人神谷寿偵が、この進んだ精錬法を身につけた宗丹と桂寿という二人の吹工(精錬工)を中国から招き、この二人を連れて石見銀山に入って、銀の産出をさせたのにはじまるという。やがて、灰吹法は銀だけでなく、金の採取にも応用され、減少しつつあった砂金採取に代わる産金方法として隆盛をみた。

・「たたら製鉄」
 戦国大名尼子経久が短期間に出雲を中心に大きな勢力を築くことができたのは、出雲の良質な鉄があったからだる。

・「女戦国大名」今川寿桂尼
今川氏親の妻。氏親が死んだとき、あとつぎの長男氏輝はまだ14歳の若さであった。かつ病弱だった。氏親の補佐役となったのが、氏親未亡人。

・「女地頭」井伊次郎法師
 井伊直政が出、江戸時代には彦根藩主となった。

・内助の功を越えていた妻たちの働き
 ・秀吉の妻おね
  秀吉が長浜城下町を作るために「長浜に移り住めば、年貢。地子のほか、諸役も免除する」とのお触れを出した。またたく間に長浜には商人。職人たちが集住し、短期間で城下町として体裁ができあがった。その様子をみた秀吉、目的が達成されたと考えたのであろう。「これからは、年貢・地子を取り、諸役を賦課する」という命令を出している。すると、このことを知った秀吉の正室おねが、その命令を撤回するように秀吉に「異見」しているのである。
「それでは商人・職人たちに約束したことを違えることになる」。結局、秀吉はおねの「異見」を受け入れ、前言撤回し、元通り、年貢・諸役は免除するとしている。
 ・まつ(前田利家)
 「金ばかり貯めないで兵を養いなさい」

・合戦と性暴力
薩摩の島津勢が豊後に攻めこんできたとき、「薩摩勢が実におびただしい数の人質、とりわけ、婦人、少年、少女たちを拉致するのが目撃された」という証言を収録している。

・武将子弟の教育を託された禅僧
 武田信玄の師;岐秀元伯 臨済宗
 上杉謙信の師;天室光育 曹洞宗
 徳川家康の師;太原崇孚(雪斎) 臨済宗
 伊達政宗の師;虎哉宗乙 臨済宗
四書五経の他に武経七書(ぶけいしちしょ)を教育
武経七書
『孫子』『呉子』『尉繚子』『六韜』『三略』『司馬法』『李衛公問対』

・宣教師がもたらした文化と技術
 地球儀、ぜんまい式時計、望遠鏡、メガネ

・戦国三大文化
 周防の大内氏、越前の朝倉氏、駿河の今川氏

感想
勢力を伸ばした武将は戦が強いだけでなく、産業立地や治水工事、農民の懐柔などを行っていたようです。
今までの延長ではなく、新しいパラダイムを導入し、力を付けていったのでしょう。

お家を維持するためには、きちんと引き継ぐものの教育が大切だったようです。

「野党のみなさん、恥を知りなさい!」 三原じゅん子氏“ド迫力演説”の波紋 ネット上では賛否両論 ”恥を知らないのは自民党ですよ! 天に向かって唾を吐く”

2019-06-25 18:51:51 | 社会
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190625-00000007-ykf-soci 夕刊フジ6/25(火)

 自民党の三原じゅん子参院議員(54)による、大迫力の反対討論が話題となっている。野党4会派は24日、安倍晋三首相への問責決議案を参院に提出した。三原氏は本会議で、自民・公明与党を代表して反対討論に立ち、野党の姿勢を一刀両断したのだ。女優時代を彷彿(ほうふつ)させるドスの利いた演説の影響もあり、決議案は反対多数で否決された。

 立憲民主党の福山哲郎幹事長は同日、問責決議案提出の趣旨説明に立ち、「老後資産2000万円」問題をめぐる安倍首相の説明について、「不誠実極まりない」などと非難した。

 これを受け、純白のスーツに身を包んだ三原氏が登壇し、「国民にとって大切な大切な年金を『政争の具』にしないでいただきたい」と切り出し、以下のような反対討論を展開した。

 「高齢者の不安をあおらないでいただきたい。猛省を促します。では、問います。野党のみなさんは年金を増やす具体策を持っているのでしょうか? 具体案もないまま、いたずらに国民の不安をあおる。かつて民主党のマニフェストで華々しくブチ上げた、できもしない最低保障年金。あれは一体、何だったのでしょうか」

 野党議員のヤジも気にせず、三原氏は続けた。

 「民主党政権の3年間、年金支給額は増えるどころか、引き下げられていた。はっきり言って無為無策だった。安倍政権では今年、年金支給額はプラスとなった。民主党政権の『負の遺産』の尻拭いをしてきた安倍首相に感謝こそすれ、問責決議案を提出するなど全くの常識外れ。『愚か者の所業』とのそしりは免れません」

 そして、こう言い切った。

 「野党のみなさん、もう一度改めて申し上げます。恥を知りなさい!」

 ネット上では「品位に欠ける」「ひいきの引き倒しでは」という否定的意見もあったが、「スカッとした」「腹がすわった迫力」「さすが俺ら世代のヤンキー姉さん」という肯定的意見も多かった。

感想
https://www.jcp.or.jp/akahata/aik4/2006-01-04/2006010415_01_2.html
年金保険料の損失3682億円/二束三文で売却/保養基地「グリーンピア」


https://yoshiko-sakurai.jp/2007/06/07/593
「年金改革、国は国民を騙すな」週刊『週刊新潮』 2007年6月7日号 日本ルネッサンス 第266回

年金問題を取材していた9年前、官僚たちの信じ難い無責任さを痛感したことがあった。当時厚生省は20兆円を超える額を自主運用していた。年金福祉事業団を通して一部はグリーンピア事業に使われ、株式市場には約10兆円が投資されていた。そして厚生省は資金の運用全体で1兆4,000億円の損失を出していたのだ。この点を尋ねると、矢野朝水年金局長(当時)は、「23兆円余りの運用で1兆4,000億円の赤字は、市場の平均並みです」と言ってのけた。退職後の暮らしに、或いは老後のために年金保険料を払ってきた国民の切実な思いなど、殆ど感じていないような回答だった。


まさに自民党が今の年金問題を引き起こしてきたのです。
そして「100年安心 年金」と安倍首相が甘言されていました。
しかし、やはりお役人はそれは違うでしょう。
国民にも自己資産運用して少しでも年金だけに頼らないで欲しいと本音を出したのです。
厚労省2000万円、金融庁1500~3000万円
そうしたら麻生大臣は受け取らないと。
受け取っていないから問題はなかったと詭弁を言う自民党議員まで出てきました。

国民を不安にさせたのはこれまでの自民党の政策であって、それを指摘した野党ではないと思うのですが?

三原議員、どこまで勉強しての発言かわかりませんが、発言を見て、なんか気の毒に思いました。
強い口調で言えば言うほど、それは”天に向かって唾を吐いている”行為だと気付かれていないのでしょうか?
自民党トップの手足になっていないことを願います。

今の年金の問題は、過去の政策の失敗の結果が出ているだけです。
その過去に蓋をして、やりとりだけ云々するものではないかと思います。
そして今これからどうしていくか、それを国会でも話し合って行くことだと思います。
その話し合いを、「恥を知れ!」とは何か哀れに思ってしまいました。
一生懸命頑張っておられると思うのですが・・・。


自民、辺野古工事業者から献金 衆院選中に沖縄3議員側 "えっ! 献金のために工事をやっているの?”

2019-06-25 15:45:55 | 社会
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190625-00000077-kyodonews-pol KYODO 6/25(火)
 2017年の衆院選期間中、沖縄県の選挙区から出馬した自民党の3議員が代表を務める政党支部が、15年に米軍普天間飛行場(宜野湾市)の名護市辺野古移設の関連工事を受注した業者から献金を受けていたことが25日、分かった。

 3議員は西銘恒三郎氏(沖縄4区)、国場幸之助氏(比例九州)、宮崎政久氏(同)。西銘氏と国場氏の事務所は取材に「誤解を与えないよう返金した」とコメントした。一方、宮崎氏の事務所は「担当者が不在で対応できない」としている。

 各支部の政治資金収支報告書によると、献金をしたのは沖縄県浦添市の建設業者。各支部にそれぞれ20万円ずつ寄付していた。

感想
2議員は返金したとのことですが、いつ献金があって、いつ返金したかです。
返金したということはいったん受け取ったということです。

宮崎氏の事務所は、なぜ担当者で携帯電話で確認されないのでしょう?
返金していなかったので、今前後策を考えていると推察されてしまいます。

利害関係がある団体からの献金を受け取ったことになります。
自民党が沖縄県民の声を無視して、工事を行っており、政府側が業者を選定しています。

建設業者はなぜ献金したのでしょうか?
工事を発注してくれた感謝のつもり?
この3人が動いてくれたからお礼のつもり?
あるいは献金して後日問題になることを見越して敢えて献金した?