ドラマ「家族だから愛したんじゃなくて、愛したのが家族だった」(NHK・火曜夜10時)。
不覚にも第8話に号泣した!
認知症の祖母・芳子(美保純)。
娘のひとみ(坂井真紀)が重病で手術を繰り返し、車椅子生活を送っていることに対し、
こう慟哭する。
「どうしてあの子ばかり嫌な目に遭う? 手術手術で体、刻まれて可哀想やろう。
何で何で、もっと元気に生んでやれんかった……!」
ひとみは芳子が認知症であることを娘の七実(河合優実)から聞かされて、
「お母さんに人生の喜びあったかな?」と嘆く。
芳子は奉公に出され、結婚すれば姑に意地悪を言われ、夫のギャンブルで苦しみ、
家事をやりながら働いて苦労ばかりして来たからだ。
このひとみの問いかけに対し、七実はいつもの独特のユーモアで答える。
「あったよ。今もな。婆ちゃん、今も進化中や。進化してどんどん面白い人になっていくんや」
芳子とひとみのエピソードはつらい話だが、この作品のすごい所は悲惨にならないこと。
先程の七実のせりふのように、どこかユーモアがあって笑ってしまう。
この雰囲気を味わうだけでも、この作品を見る価値がある。
そしてクライマックス。
退院して家に戻って来たひとみに芳子はお茶漬けを作ってこう語る。
「お腹すいたんやろ。食べて元気が一番やからな」
「ひとみ、足りるか? これも食べ。ひとみは昔からリンゴが好きやったからな」
・娘のひとみに食事をつくってあげること。
・自分のつくったものを元気に食べる娘を見ること。
これが芳子の幸せだったのだ。
リンゴの皮を剥きながら芳子は心の中でつぶやく。
「大事なひとり娘がわたしのつくったものを食べて大きくなって、
大病しても生きてくれて、今もわたしのつくったものを食べてくれてる。
わたしは幸せや」
この芳子の言葉を聞くと、
僕の母はどんな思いで食事をつくっていたんだろう?
芳子と同じような思いでつくっていたのかな?
母はどんなことに幸せを感じていたんだろう?
などと考えてしまう。
すべての人が心の奥底にしまっている思いをオモテに出してくれる。
「家族だから」はこういう作品だ。
不覚にも第8話に号泣した!
認知症の祖母・芳子(美保純)。
娘のひとみ(坂井真紀)が重病で手術を繰り返し、車椅子生活を送っていることに対し、
こう慟哭する。
「どうしてあの子ばかり嫌な目に遭う? 手術手術で体、刻まれて可哀想やろう。
何で何で、もっと元気に生んでやれんかった……!」
ひとみは芳子が認知症であることを娘の七実(河合優実)から聞かされて、
「お母さんに人生の喜びあったかな?」と嘆く。
芳子は奉公に出され、結婚すれば姑に意地悪を言われ、夫のギャンブルで苦しみ、
家事をやりながら働いて苦労ばかりして来たからだ。
このひとみの問いかけに対し、七実はいつもの独特のユーモアで答える。
「あったよ。今もな。婆ちゃん、今も進化中や。進化してどんどん面白い人になっていくんや」
芳子とひとみのエピソードはつらい話だが、この作品のすごい所は悲惨にならないこと。
先程の七実のせりふのように、どこかユーモアがあって笑ってしまう。
この雰囲気を味わうだけでも、この作品を見る価値がある。
そしてクライマックス。
退院して家に戻って来たひとみに芳子はお茶漬けを作ってこう語る。
「お腹すいたんやろ。食べて元気が一番やからな」
「ひとみ、足りるか? これも食べ。ひとみは昔からリンゴが好きやったからな」
・娘のひとみに食事をつくってあげること。
・自分のつくったものを元気に食べる娘を見ること。
これが芳子の幸せだったのだ。
リンゴの皮を剥きながら芳子は心の中でつぶやく。
「大事なひとり娘がわたしのつくったものを食べて大きくなって、
大病しても生きてくれて、今もわたしのつくったものを食べてくれてる。
わたしは幸せや」
この芳子の言葉を聞くと、
僕の母はどんな思いで食事をつくっていたんだろう?
芳子と同じような思いでつくっていたのかな?
母はどんなことに幸せを感じていたんだろう?
などと考えてしまう。
すべての人が心の奥底にしまっている思いをオモテに出してくれる。
「家族だから」はこういう作品だ。