たぎつせの はやきこころを なにしかも ひとめつつみの せきとどむらむ
たぎつ瀬の はやき心を 何しかも 人目つつみの せきとどむらむ
よみ人知らず
早瀬のように激しい気持ちを、どうして人目を憚る気持ちが堤防となって堰き止めるのだろうか。
0659 に続いて「人目つつみ」という印象的な語が使われていますね。前歌は人目を憚って逢いに行けないという歌でしたが、こちらは思いそのものが人目によって堰き止められるという詠歌。表現は違いますが詠んでいる情景・心情は同じと言って良いでしょう。人目を憚る事情はわかりませんが、身分違いの恋というところでしょうか。
おもへども ひとめつつみの たかければ かはとみながら えこそわたらね
思へども 人目つつみの 高ければ かはと見ながら えこそ渡らね
よみ人知らず
あなたのことを恋慕ってはいますが、堤の高い川を渡ることができないように、人目を憚るが余り、そこにあなたがいるとわかっていても逢いに行くことができないのです。
「つつみ」は憚る意味の「慎み」と川の堤防を意味する「堤」、「かは」は「彼は」と「川」の掛詞になっています。三十一文字の中に巧みに二重の意味を詠み込んだ、味わい深い歌ですね。
ゆめぢには あしもやすめず かよへども うつつにひとめ みしごとはあらず
夢路には 足もやすめず かよへども うつつに一目 見しごとはあらず
小野小町
夢の中では足を休めることもなくいくどもあなたのところに通いますけれど、現実に一目お逢いしたときの喜びにはかないません。
同じ「ひとめ」という言葉が使われていますが、0656 では「人目」でこちらは「一目」。作品として連作だったのか、古今集の編者が内容から近くに並べたに過ぎないのかわかりませんが、併せ読むことで味わいが増すように思います。