なきこふる なみだにそでの そほちなば ぬぎかえがてら よるこそはきめ
泣き恋ふる 涙に袖の そほちなば ぬぎかへがてら 夜こそは着め
橘清樹
亡き人を泣いて恋い慕う涙で袖が濡れてしまったら、脱いで着替えるついでに夜に喪服を着ましょう。
0654 への返し。人目を忍ぶ恋中のどちらかが死んでしまったら、どんな理由をつけて喪装を纏ったら良いのかとの問いかけに対して、愛しい人が死んだ悲しさで袖がびしょ濡れになるだろうから、それを着替えるというということにして喪服を着ます、との返歌。秀逸な返しだと思います。
作者の橘清樹(たちばな の きよき)は平安時代前期の貴族にして歌人。陽成天皇~宇多天皇の時代に地方官を歴任した人物で、勅撰集への入集は古今集のこの一首のみのようです。
はなすすき ほにいでてこひば なををしみ したゆふひもの むすぼほれつつ
花すすき 穂に出でて恋ひば 名を惜しみ 下結ふ紐の 結ぼほれつつ
小野春風
花ススキが穂を出すように思いを表に出して恋をすると噂になってしまうので、結ばれている下紐のように私の恋情も固く結んで塞いでいることよ。
「花すすき」は「穂」に掛かる枕詞。「結ぼほる」は「しっかりと固く結ばれる」意に加えて「気持ちがふさぐ」の意があり、ここではその両方の意味で使われていますね。
作者の小野春風(おの の はるかぜ)は平安時代前期の貴族にして歌人。古今集には本歌と 0963 の二首が入集しています。勅撰集への入集はこの二首のみのようですね。