類聚国史に「淳和天皇弘仁十四年823十月癸巳十三日、皇后院に於いて大僧都空海法師に息災の法を行わせしむ。三日三夜なり。」
淳和天皇后・正子内親王は、第52代嵯峨天皇の皇女で弘仁14年(823年)頃、叔父の淳和天皇に入内し3人の皇子を産まれました。大師が息災の法を修せられたのはこの頃と思われます。
類聚国史に「淳和天皇弘仁十四年823十月癸巳十三日、皇后院に於いて大僧都空海法師に息災の法を行わせしむ。三日三夜なり。」
淳和天皇后・正子内親王は、第52代嵯峨天皇の皇女で弘仁14年(823年)頃、叔父の淳和天皇に入内し3人の皇子を産まれました。大師が息災の法を修せられたのはこの頃と思われます。