「役行者和讃」
「敬礼奉る 熊野金峯山 胎金両部諸菩薩。
因果定慧の曼荼羅は 行者の出世に顕現す。
唯佛輿佛の位にて 互に首伴となり玉ふ。
自行に化他と先として 専ら衆生を済度せり。
月氏西天妙なるも 一念発起の縁により、
日域東土を鑑みて 七生までに化生せり。
金杵を夢に見し人は 行者の母儀となりたまふ。
金剛不壊の御身にて 誕生有るぞ目出たけれ。
竹馬に鞭をうつときも 螻蟻をふむもいたりはりき。
雲車(仙人が車のように乗り回す雲)に脂をさすときも 降雨も御衣を濡さず。
悉達太子の発心は 十九出家ましましき。
身体衣の立居には 小篠の露の色をそへ、
枝葉の扉その明け暮れに 峰の嵐も音信(おとずれ)し、
坐禅の床の紅葉を 錦の茵と重ね敷き、
岩屋の内の青苔は 翠の座具のべしけり。
法起菩薩(役行者16歳の時、金剛山で修行中に感得の仏。そのお姿は五眼六臂)と號しては 葛城抖擻に功を積み、
役行者と称しては 大峰修行に身てしほる。
捨悪持善の意にて 悪鬼も来たり跪く。
邪正一如の姿にて 山神袖をひるがへす。
三世の諸仏随喜して 金剛童子となりたまふ。
二山と蔵王と諸ともに 抖擻の人を憐愍す。
慈尊の出世にあらざれば 千基の石塔顕はれず。(役行者は先祖供養の為、深仙の宿に千基の石塔を立てたとされる)
現在入定し玉ひて 立石仙人新なり。(二上山雄岳の山頂に位置する葛城修験26番経塚には安山岩の立石がたつ。)
南山飛滝の砌には 曠劫化生の機縁にて、
最初の行者と成り玉ひ 不動尊と顕現す。
位は十地の菩薩にて 済生利物尋伺せり。
箕面寺には弁財天 龍樹と号する時もあり、
罪障懺悔の霊地にて 貴賤の市を常になす。
内証五智の方便は 思量分別及ばれず、
外用四弘の誓願は 奇代未聞の次第なり。
既に鵞王(仏)の未来記に 金剛山をば載せ玉ふ。
頗る鷲嶺の西方は 菩提の嶺とはなりにけり。
飡霞臥嵐百箇日 人跡絶たる嶺続き、
難行苦行三僧祇 鳥も音せぬ山なれば、
清見原の天皇も 吉野の奥に御幸して、
行者の加護に酬へてぞ 終には帝位にりき。
葛木山の明神は 深谷不退鳴動す。
讒託迷暗積りつつ 果たして自業の苦輪なり。
飛滝の法水拝すれば 碧落懸るかに雨ふりて
嶺嵐波浪を翻し 無始の罪垢を灑ぐなり。
補陀落他所の非ざれば 生身補處の菩薩也。
行者の門人たる者は 誰か彼の地に臨まざる。
抑々役優婆塞は 大権菩薩の化身にて
実相真如の月澄て 和光利物の影清し。
超世の悲願ましませば 明神仏陀も諸ともに
南山修行を縁として 無上菩提を成したまへ。
南無大悲役行者大菩薩。」