福聚講

平成20年6月に発起した福聚講のご案内を掲載します。

四国八十八所の霊験その7

2014-05-07 | 四国八十八所の霊験
Q、何日かかりますか?装束は?その間なにか自分に課題を課していたことがありますか? 
A、平成17年に通しで歩いた時は33日かかりました。このときは車のお接待等で一部歩いてないところがありますが、すべて完全に歩けば40日以上かかるといわれます。経費は寝袋などもっていけば安くまわれます。知り合った大学生はバスなど乗り継いで2週間で回ったといっていました。地元の人は車で一週間で回るといっていました。区切り打ちと称して一度に数寺ずつおまいりする人も多いようです。サラリーマンで土日のみ廻っている人もいました。バスの団体やマイカー、自転車などの巡礼もいます。こういう人たちはかなり短縮された日程で回れます。しかしわたしはお遍路さんたちにせっかくの機会ですからゆっくり回りましょうといつもいっています。そして折角の遍路ですから俗世を離れた気持ちになって、杖、笠、白衣という正統派のお遍路の格好で巡拝することが大切です。これは死装束です。四国は死装束をつけた遍路が他界である聖地四国を回る滅罪と供養の旅です。このとき笠には「迷故三界城、悟故十方空、無本来東西、有何所南北」と書きますがこれは浅井證善師の「へんろ功徳と巡拝習俗」によれば「諸回向清規」「小叢林清規」「真言引導要集便蒙」にでている言葉といいます。死者の天蓋の四隅に書く言葉です。私もこの言葉を笠に書いて出発しました。

四国は死者の霊も集まっているところです。これらの霊も供養し、霊の滅罪、菩提をいのるところでもあります。お遍路さんのお経をこれ等の霊も聞いていて救われているのです。

この間、自分への課題としては、札所の本堂と大師堂2箇所に梵字般若心経を計176枚写経して納めること、本堂、大師堂それぞれに座して理趣経を1巻ずつあげること、この間禁酒することなどを課して守り通しました(正確には愛媛の遍路宿でお婆さんからお接待でもらったミニビール缶を1度だけ飲んでいますが)。その後の区切打ちでも心経の写経を必ず納めることにしています。いままでの納経を合計すると一千巻近くになると思います。平成17年のとき書き上げた梵字般若心経は自己流でしたがこの時の納経のおかげでこの3年後に京都東寺で慈雲尊者中天相承の梵字を松本俊彰大和上から伝授いただく縁に恵まれ、24年10月31日に考試を受け正式の中天相承悉曇免許をいただけました。おかげは思わぬところで何年もかけてぐるっと廻って巡ってきます。
 あと、本当は野宿と托鉢が必須なので、20年ぶりにやろうとしたのですが今回はできませんでした。20年前には高野山での四度加行のあと徳島一国を、1週間くらいかけてお参りしました。このとき托鉢もしました。一日7軒といわれていますが最初はなかなか人家の前でお経が上げられませんでした。しかしなれるとなんとかお経は上げられますが今度はお接待にお米を沢山もらい頭陀袋がおもくて困ったことがありました。昭和15年ころ遍路した山頭火の「四国遍路日記」を読んでも「托鉢でお米をいくら頂いてそれを遍路宿でいくら払った・」という記事ばかりです。つい最近まで遍路は托鉢するとお米を頂くことになっていたのがよくわかりました。
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