地蔵菩薩三国霊験記 10/14巻の9/10
九噁に前世を知らしめ玉ふ事。
丹波國村ともと云所に噁の法師あり。あまりの事に耳も聞へずなんぬ。されども修行の志厚くして學ばざるに地蔵を貴みけり。是則ち前生の縁なり。一句信受の輩は万劫にも失せずとはこれをもてしれり。人の親の子をあはれむならひにて草の庵を結びて本尊には三尺の地蔵の古佛を求めて授けたりければ、心には何をか思ふやらん。日夜つとめけり。親もあはれに思ひ同じく地蔵を信仰す。月の廿四日には通夜しけり。伏して願ふは是の如く片輪者はいかなる罪の中より来ると示し玉へと祈りけり。されば日数ほどへて、月の十八日の夜、小僧来たり玉ひて立ち向ひ、あまりに汝宿命智を祈るほどにいざいざ見せんとて父子を引連れて焔摩王宮に入り玉ふが、此の方へ来たれとて脇の門よりさし入て高き楼閣に至り、王の階を登り、大床に至り玉ひて殿の中央に大なる鏡あり。かれに立ち向て見せ玉へば三世の所作皆歴々たり。彼の噁の法師の前生は大智恵ある僧にて弟子数多あり。弟子二世を見るに北海に百獣の首を生れつきたる赤目大魚と云あり。彼僧の讀誦し玉ひければ初の生に法師と生れて弟子あまたあり。彼等が非を挙げ是を慢どり他の法師に色々の異名を付けて嘲弄しける因果生々世々につぐひつくすべきに、大智荘厳の徳あるによりて百世の報を一生につくさんために百獣の首を一身に頂き大魚と生れて北海にあり、三生は今の噁なり。説法に浅智のともがらをののしり、他を謗る故なり。此の生つきて正位に皈すべきと見て夢覚めけり。さてこそ天性と地蔵を信仰しけるよ、有智高行の人も因果の道理はまぬかれがたし。いかにいはんや愚頑の者をや。百丗の報をつつ゛めて一生に尽くすことは大智力によってなり。真に智者の作る罪は大なれども鉢の水にうかびやすきがごとし。愚者の作る罪は少なりといへども針の水に沈みやすきに似たり。されば貴きと賤きとなく因果を恐れ一心に地蔵を念じ玉はば、利生のほど此の如くなるべきなり。強ひて我智にほこり眼前の利をねらひ因果の理をしらずんば人にして人にあるべからず。