福聚講

平成20年6月に発起した福聚講のご案内を掲載します。

東洋文化史における仏教の地位(高楠順次郎)・・その12

2020-09-17 | Q&A
とにかく仏教の方は四百年しか覚えることが出来なかったが、バラモン教の方は今に至る四千年間覚えているのであります。バラモンはこれを本職としているのであります。そういうことを専門にしているのがバラモン族であるが、仏教はそうでなく、昨日まで百姓をしておった者も、バラモン族も、王族も、男も女も皆入るのでありますから覚えておれといってもなかなか困難である、そこで紀元前八年頃に一切経を文字に書き残しました。それから以後その通りを守っているのが是が小乗の一切経であります。セイロン、ビルマ、シャム、カンボジャの一切経も同じことであります。同じ一切経を死守しております。それより他のものは一切入れない、その時に決めた通りを今に守っております。これがインドの小乗一切経である。

 所が大乗という方はそんなことをしない。一所に集成してこれが大乗の一切経でございというようなことはいわない。それでありますからどんな形であったか分らない。全部で幾らあったかも分らない。それでインドで出来た小乗一切経はシナに一冊も来ないといってよい。たくさんきておることはきておりますが、向うで一切経だといっているものは一冊もきておりませぬ。たった一冊「善見律(上座部における比丘戒や比丘尼戒の解説)」というのを訳したのがありましたのを私が発見した。二冊目を探そうとしても見出せない。そのくらい一切経を一遍にシナに持ってきたということはない。インドからシナに来る人が持って来る。また玄奘三蔵とか法顕三蔵(399年(隆安3年)から413年(義熙9年)までインドに渡り『摩訶僧祇律』、『雑阿毘曇心論』『五分律』、『長阿含経』等を招来、法顕伝あり)というような人がインドに旅行して持って帰る。少しずつ持ってきたのを翻訳した。後漢の時代から宋の時代までに、九百六十年間に百七十余人の学者が、その中にはシナ人もいるしインド人もおりますが、九百六十年の永の年月かかって翻訳したのであります。それを集めて見ると広大な一切経となり、経もあり、律もあり、論もあってあれだけの大部の物となりました。シナに持って来る時にこれは本当の物だと思っても嘘の物もあったかも知れない。シナに持ってきてから偽作した物もあるかも知れない。インドの偽作という物は尚更多いかも知れない。偽作があるからいけないということをいう人もあります。

 小乗の方の人はちゃんと決めたままそのままを持っているからこれが正しいこれが歴史的である、これが原始仏教的であり根本仏教であるといって非常に西洋人には評判が良かったのでありますが、私はそんなことは関係しない。仏に説かれて、それを守っておったのであるとしても、初めには文字がない時が四百年間もあった。どうせ説かれた通りであろう筈がない。それに偽作もあってこそ本当の思想も分りまた各時代の思想を見ることが出来る、偽作と偽作でないのとを比較区別するということが研究なので、本当の物だけであると研究も何も要らない。それでありますから一切経はまあたくさんあるだけよい、遅い物も早い物も一緒にあるのがよい、こういうように見たいと思うのであります。

 それで(一切経をシナでは後漢の時代から宋の時代までに、九百六十年間に百七十余人の学者が翻訳した)百七十人の人が訳したのでありますがその中にたった一人日本人がいる、これはわれわれ忘れてはならない人で、奈良の興福寺から留学した霊仙法師、これが弘法大師、伝教大師などと一緒に入唐した、若いのに偉かってシナ学僧の上座に立ちて訳場の首席であった。そのため嫉みを受けて五台山に逃げて行っている中に朝鮮人に毒を盛られて殺されてしまった。その死ぬる時に五台山停点普通院の壁上に左の手記あるを慈覚大師が発見せられた、「日本国内供奉翻経大徳霊仙元和十五年九月十五日到此蘭若」としてあった。それから持っておった物などは常暁律師(平安初期、大師に密教を学び入唐、金剛界法を習得し太元帥秘法を将来した)がシナに留学した時にシナ人弟子から受け取って還った。大元帥法という仏教の儀式は霊仙の教えた所である。霊仙はインドから来た般若三蔵の下に在って心地観経を訳した。この経は四恩のことを書いてある大切な経であります。これはシナの一切経には霊仙三蔵が訳したとは書いてない、その訳した時に自分で写して日本の皇室に奉ったのが石山寺に残っている、それで分ったのです。霊仙訳と書いてあるのであります。この人だけは三蔵法師と称せられておった。
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