Q、地蔵菩薩はなぜ道端に多く祀られているのか?
A,お地蔵さまは道祖神と習合して道端に多く祀られるようになったというのが民俗学者の説です。
・まず柳田国男「道祖神」の中から、「・・閻魔と地蔵とは同じ一つの神の、両面であるといった人もあります。・・・大阪天王寺の地蔵祭りは・・人によっては、これを道碌神の祭りともいいました。道碌神は道祖神さえのかみのことでありますが、これも少年と非常に仲の好い辻の神で、もとは地蔵と一つの神であったのですから、そういっても決して間違いではありません。」
・五來重の「宗教歳時記・地蔵と塞の神祭」に「・・辻々の地蔵も町内に悪霊・邪神を入れないための塞神(道祖神)が地蔵化したもの・・」「しかし塞神祭の前は道饗祭としおておこなわれたものと思う。‥地蔵菩薩と子供の親近性は地蔵を祖霊の表象とすることで解釈されているこれども、その中間項に塞神がある。すなわち先祖のシンボルは古くから石棒であり、これを子供の玩具としたために木製のコケシができあt。この石棒を塞神として村の入口の路傍や町内の入口に立てて火難・盗難・悪疫の侵入を防いだ例は民族に多く残っている。・・これらが地蔵化することによって祖霊が子供を愛するように地蔵は子供を可愛がるという伝説になっていった。・・」
・和歌森太郎の「地蔵信仰について」「・・延命地蔵経では地蔵は地より湧いたとされている。それはまた土地蔵、泥足地蔵、あるいは地面に根を張った地蔵の話に連なってもいる。こういう地神性からも地蔵は道祖神と習合しやすかったのであろうが、何といっても地蔵は冥界六道にいて迷えるものを引導する働きが重視されているので、‥幽明の境の菩薩として受け入れられる可能性が大きかった。それから連想的に現実の境を守るものになれたのであろう。六地蔵というものが墓地の入り口や辻にまつられる特色をもっていることもその現れと見るべきである。すると道祖神と地蔵ははなはだ習合しやすかったのであり・・」
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