福聚講

平成20年6月に発起した福聚講のご案内を掲載します。

Q, 魔障が起こった時の対治方法如何?

2023-10-25 | Q&A

Q, 魔障が起こった時の対治方法如何?
A,修行中も臨終のときも異常現象が何度おこっても心を動かさなければ魔障はそのうち消える。(当方も阿波太龍寺で求聞持を行じた時、深夜本堂の鐸が鳴ったり、廊下に大岩が落ちる大音声が聞こえたり、見たこともない大蛇が御堂の下にきたり、行中に天井で大きな音がしたり,深夜に岩の上で行をしていると後ろで枯れ木を次々踏みしだいてこちらに向かってくる足音がしたりしましたが、其の時は行に夢中で何も考えなったので無事成満できました。あとから思い返すとぞっとすることばかりでしたが・・。)


夢中問答集(無窓疎石)より
問、魔障もしおこらむときは如何対治すべきや?
答、・・・たとひ日頃にかはり余人にまされる道徳智用(お蔭や智慧)ありとも皆これ幻想なりと知りてこれを執着すべからず。・・・昔唐の道樹禅師、三峯山に住す。衣服つねざまならぬ異人きたりて常に庵辺に徘徊す。佛菩薩の形を現ずる時もあり、天仙の形を現ずることもあり。或は、奇特の光明を放ち、或ひは怪異なる言句をいだす。かやうにすること十年その後は見えずなりぬ。禅師その門弟にかたっていはく、この間、天魔来たって我を悩まさむために種々に変化しつれども我ただ不見不聞を以てこれに対す。かれが変化はきはまることあり、我が不見不聞は尽くることなし。この故にかれ遂に退没しぬと云々。これすなわち魔を降ずる秘術なり。ただ魔境のみにあらず一切の逆順の境に対するときも道樹禅師のごとくならば道行自然に成ずべし。達磨大師の外に諸縁を遂はず、内心喘ぐことなく、心障壁のごとくならば道に入るべし、とおおせられたるもこの意なり。・・臨終到来の時もかくのごとくならば業縁に転ぜらるることあるべからず。黄檗禅師の「伝心法要」にいはく「凡夫臨終のときただ観ずべし、五蘊皆空にして四大無我なり。真心無相にして不来不去、生の時性亦不来、死の時性亦不去、湛然円寂にして心境一如なり。ただよくかくのごとくならば便ちこれ出世のひとなり。もし諸仏来迎し種々の善相ありとも,随ひ去る心を生ずべからず。もし諸諸の悪相の現ずることあるとも怖畏を生ぜず、心を志して法界に同じからしむべし。すなわち是臨終の要節なりと云々。」

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