十悪業道の義を論ずる。業は思が造作する業なり。これ不善の思いが身と口と心によりて業をつくって来世の悪趣の苦果を生ずる義なり。
不善の思いが身に遊履してつくれる業に三あり。一には殺生業、人間、鳥獣魚等の依身を殺すこれなり。二には偸盗業、不善の思いが依身を使うがゆえにあるいはひそかに他の財を盗み、あるいは顕に強盗押取する等、または博奕して他の剤を取るこれなり。三には邪淫、不善の思い、我が依身をつかいて他人の妻、他人の娘を誑かして交通する是なり。
不善の思い、口を使いて造る業に四あり。一に虚誑語、これは他人に悪事を勧める妄語なり。二には麁語。他人に対して麁語悪口し、そしるこれなり。三には離間語。両舌をもって和合のひとをしてしまも不合ならしむ。四には雑穢語、不善の思が他人の心を誑かさんがために諂ひて口に、もとかっておもわざることを説かしめて己がまごころを穢す語なり。
不善の思いが意に遊履して造る業に三あり。一には貪欲の業、二には瞋恚の業、三には邪見の業なり。
十善業道は善の思が身口心の三に遊履して造作する不殺生等の業なり。かくのごとく有漏の善悪の思は皆生死を招く種なれば(迷いの心で行う善悪の思いは皆煩悩を起こす元であるから)無上菩提に廻向する利益衆生の菩薩の修行の思いを起こして、一生涯の間に光明真言十万遍を満ずべし。一生の間に十万遍を満じたる人はかならず往生を遂ぐるがゆえに。
(10万遍を5年で達成しようとすると一日55回でできます。10年で達成するとすると半分の一日に27回でいいのです。まさに易行です。)
不善の思いが身に遊履してつくれる業に三あり。一には殺生業、人間、鳥獣魚等の依身を殺すこれなり。二には偸盗業、不善の思いが依身を使うがゆえにあるいはひそかに他の財を盗み、あるいは顕に強盗押取する等、または博奕して他の剤を取るこれなり。三には邪淫、不善の思い、我が依身をつかいて他人の妻、他人の娘を誑かして交通する是なり。
不善の思い、口を使いて造る業に四あり。一に虚誑語、これは他人に悪事を勧める妄語なり。二には麁語。他人に対して麁語悪口し、そしるこれなり。三には離間語。両舌をもって和合のひとをしてしまも不合ならしむ。四には雑穢語、不善の思が他人の心を誑かさんがために諂ひて口に、もとかっておもわざることを説かしめて己がまごころを穢す語なり。
不善の思いが意に遊履して造る業に三あり。一には貪欲の業、二には瞋恚の業、三には邪見の業なり。
十善業道は善の思が身口心の三に遊履して造作する不殺生等の業なり。かくのごとく有漏の善悪の思は皆生死を招く種なれば(迷いの心で行う善悪の思いは皆煩悩を起こす元であるから)無上菩提に廻向する利益衆生の菩薩の修行の思いを起こして、一生涯の間に光明真言十万遍を満ずべし。一生の間に十万遍を満じたる人はかならず往生を遂ぐるがゆえに。
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