福聚講

平成20年6月に発起した福聚講のご案内を掲載します。

今昔物語、巻十二

2012-08-22 | 法話
越後の國の神融聖人、
いかづちをしばりてたふをたてたること
縛雷起塔語 第一

今は昔、
越後國に聖人有けり、名をば神融と云ふ。世に古志の小大徳と云ふは此れ也。幼稚の時より
法花経を受け持て、晝夜に讀奉るを以てやくとして年来を経たり。亦、懃に佛の
道を行ふ事怠る事无し。然れば、諸人、此の聖人貴び敬ふ事无限し。
而る間、其の國に一の山寺有り、國上山と云ふ。而るに、其の國に住む人有けり、
専に心をおこして、此の山に塔をたて起たり。供養せむと為る間に、俄に雷電
霹靂して此の塔をくヱやぶりて雷、空に昇ぬ。
願主、泣き悲て歎く事无限し。然とも、「此れ、自然ら有る事也」と思て、即ち、亦改めて此の塔を
造つ。亦供養せむと思ふ程に、前の如く雷下てくヱやぶりて遂ざる事を歎き
悲むで、猶改めて塔を造つ。此の度び、雷の為に塔を被壊る事を止めむと、心を至て泣くなくく願ひ祈
る間に、彼の神融聖人、来て願主に向て云く、「汝ぢ歎く事无かれ。我れ法花経の力を以て、此の度
雷の為に此の塔を不令壊ずして汝が願を令遂む」と。願主、此れを聞て、掌を合せて聖人に向て
泣くなく恭敬礼拜して喜ぶ事无限し。聖人、塔の下に来り居て一心に法花経を誦す。
暫許有て、空陰り細なる雨降て雷電霹靂す。願主、此れを見て、恐ぢ怖れて、「此れ、
前ざきの如く塔を可壊き前相也」と思て、歎き悲む。聖人は、誓ひをおこして、音を擧て法花経を
讀奉る。其の時に、年十五六許なる童、空より聖人の前に堕たり。其の形を見れば、頭の髪
蓬の如くに乱れて、極て恐し氣也、其の身を五所被縛たり。童、涙を流
して、起き臥し、辛苦悩乱して、音を擧て聖人に申さく、「聖人、慈悲を以て
我れを免し給へ。我れ、此れより後、更に此の塔を壊る事不有じ」と。聖人、童に問て
云く、「汝ぢ、何許の悪心を以て此の塔を度々壊るぞと。」童の云く、
「此の山の地主の神、我れと深き契り有り。地主の神の云く、『我が上に塔を起つ。我れ、住む所无かるべし、此の塔を
可壊し』と。我れ、此の語に依て度度塔を壊れり。而るに、今、法花経の力不思議なるに依て、我れ、吉く
被縛ぬ。然れば、速に地主の神を他の所に令移去めて、永く逆心を止む」と。
聖人の云く、「汝ぢ、此れより後のち佛法に随て逆罪を造る事无かれ。亦、此の寺の所を見るに、更に水の
便无し。谷に下て水を汲むに煩ひ多し。何ぞ、汝ぢ此の所に水を可出し。其れを以て住僧の
便と為む。若し汝ぢ水を出す事无くは、我れ、汝を縛て、年月を送ると云ふとも不令去じ。亦、汝ぢ此の東西南
北四十里の内に雷電の音を不可成ず」と。
童、跪て聖人の言を聞て、荅て申さく、「我れ、聖人の言の如く水を可出し、亦、此の山の外四十里の間に雷電の
音を不成じ。何况や、向ひ来る事をやと」云ふに、聖人雷を免しつ。
其の時に、雷、掌の中に瓶の水をいつてい受て、指を以て巖の上をつかみ穿て大きに動して、空に飛び
昇ぬ。其の時彼の巖の穴より清き水涌き出づ。
願主は塔を不被壊ざる事を喜び悲むで本意の如く供養しつ、此の山の住僧は水の便を得たる事を
喜て聖人を礼す。其の後、数百歳を送ると云へども、塔壊る、事无し。
亦、諸の所に雷電震動すと云へども、此の山の東西南北四十里の内に于今雷の音を不聞ず。亦、其の水
不絶ずして于今有り、雷の誓ひ錯つ事无し。實に此れ、法花経の力也。亦、聖人の誓ひの實なる事を知り、
施主の深き願の足れる事を皆人貴びけりとなむ語り傳へたると。や
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