福聚講

平成20年6月に発起した福聚講のご案内を掲載します。

釈雲照師「十善業道経講義」から・・その39

2018-04-08 | 諸経
「かくのごとく竜王、要をあげて言はば十善道を行ずれば戒の荘厳をもってのゆえに能く一切の仏法の義理を生じて大願を満足し忍辱の荘厳を持ってのゆえに仏の円音を得て衆の相好を具し、精進の荘厳をもってのゆえに能く魔怨を破して仏の法蔵に入る。定の荘厳をもってのゆえに能く念慧と慚愧と軽安とを生ず。慧の荘厳をもってのゆえに能く一切の分別の妄見を断ず。(以上六度の荘厳)。
(六度ということは六波羅蜜のこと。即ち檀戒忍進禅慧、これである。檀とは施をすること。戒とは十善戒。忍というは忍辱。進というのは精進。禅は禅定。慧というは般若、すなわち智慧にしてこの智慧というは真理道徳から発する。智慧道徳を一つ覚えたら一つだけ智慧が発する。智慧が一つ発したら一つだけ道徳が進歩する。譬えて言うと釈迦如来のことを両足尊という、仏の位に登ろうと思へば智育と徳育の二つの足が具備せねばならぬ。それで今の般若というは智育のこと、それ以前の施、戒、忍、進、禅の五つは徳育のことじゃ。それで智育と徳育がそろうと両足がそろうようなもの。・・仏法においても生死の淵をいでて涅槃の山に入り、生死の海をいでて涅槃の岸に至らんとするものは必ず智育徳育のふたつが備わらねばならぬ
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