「多度神宮寺伽藍縁起資財帳」延暦廿年801十一月三日
「去る天平宝字七年歳次癸卯763十二月庚戌朔廿日丙辰、神社の東に井有るを以て道場と為し満願禅師居住し、阿弥陀丈六を敬造す。時に人在り。神托して云く「我は多度の神也。吾経久劫作罪業重く、神道の報を受く。今冀くは永く神身を離れ、三宝に帰依せんと欲す。是の如く託し訖りぬ。数遍忍ぶと雖も猶弥ほ託す云云」。茲に於いて満願禅師、神坐山南辺を伐掃し小堂及神御像を造立し、号して多度大菩薩と称す。」
「多度神宮寺伽藍縁起資財帳」延暦廿年801十一月三日
「去る天平宝字七年歳次癸卯763十二月庚戌朔廿日丙辰、神社の東に井有るを以て道場と為し満願禅師居住し、阿弥陀丈六を敬造す。時に人在り。神托して云く「我は多度の神也。吾経久劫作罪業重く、神道の報を受く。今冀くは永く神身を離れ、三宝に帰依せんと欲す。是の如く託し訖りぬ。数遍忍ぶと雖も猶弥ほ託す云云」。茲に於いて満願禅師、神坐山南辺を伐掃し小堂及神御像を造立し、号して多度大菩薩と称す。」