諸菩薩は代受苦の菩薩であること。
・代受苦とは仏・菩薩が大悲の心から、衆生に代わって苦しみを受けることをいいます。大悲代受苦ともいいます。諸経をみるに、観音様・お地蔵様をはじめすべての菩薩がこの代受苦の行者であるとわかります。菩薩は、すべての人びとの苦しみを自分の苦しみとして受けとめ、またその苦しみからの救済を約束しておられます。以下諸経を載せます。
・「維摩経」には、維摩居士がなぜ病気になったのか、との問いに対し、「一切衆生病むをもって、この故に我れ病む。もし一切衆生の病滅せば、則ち我が病も滅せん。…またこの疾やまい、何の所因より起こるやと言わば、菩薩の病は大悲をもって起こるなり」(正蔵一四・五四四中)とあり、
・「請観世音菩薩消伏毒陀羅尼経』に「(観世音菩薩は)地獄に遊戯し代わりて苦を受く」とあり、
・悲華経に「(お釈迦様は)諸々の衆生もし業報未だ尽きずんば我、まさに壽を捨てて阿鼻地獄に入り代わりて苦業を受くるべし・・」とあり、
・「仏説延命地蔵菩薩経」では、「(地蔵菩薩曰く)我當に六道衆生を抜済すべし。若し重苦あらば 我れ代りて苦を受けん」とあり、
・大方廣佛華嚴經卷第五十五・入法界品第三十四之十二には「(釈尊の前世の善伏太子曰く)『我代りて獄に囚れ諸楚毒を受けん。願くは我を苦治せよ。我彼を救んが為に不惜身命、罪囚をして悉く得解脱せしめんと欲す。所以は如何。若し我、此の衆生を救ざれば、云何が能く三界の牢獄を濟ん。諸の生死の牢獄にある衆生は悉く貪愛の為に纒縛され愚癡の所蔽となり種種の苦を受け、身形鄙陋に心常に放逸にして而も出要の道を知ること能わず。智慧の光無く諸の法界に著し、福慧有ることなくして實智を遠離し、結垢に染縛せられて苦獄に幽閉し、惡魔に隨順して生老病死し、常に憂惱の逼迫する所となる。我當に云何んが彼をして解脱せしむべき。我今應當に自の身命を捨てて之を救拔せん。』」とあります。