善財童子の訪問者と教え(華厳経入法界品)49
四十八番目、南方沃田城 妙月長者
堅固解脱長者に「この城の中に一長者あり、名けて妙月となす。その長者常に光明あり。汝かしこに詣でて問え・・」といわれ、善財が同じ城のなかの 妙月長者を問うと、長者は短く
「善男子よ、我菩薩の解脱を得たり。名て【淨智光明】という。善男子よ、我唯だ此の智光解脱を知るのみ。諸菩薩摩訶薩の無量解脱法門を證得せるが如きは我云何ぞ彼の功徳を能く知り能く説くべき。」とのみいいます。淨智光明解脱門の中身については一切触れません。冷暖自知ということでしょう。ここも探玄記では「会縁入実相」とされ「淨智光明」については「内証は障を離るるを淨智となし、後智は物を摂するがゆえに光明といふ」としています。「華厳五十五所絵巻」には「会縁入実相」の七番目ということで「第七知識」と書かれています。
これも昔谷中の全生庵に座禅の真似事に通っていたころご住職は平井玄恭老師でした。この方は山本玄峰老師の侍者をしておられた方で今から思うと非常に味のある昔の禅僧の雰囲気を伝えておられるお方でした。言葉ではいえません。こういうお方を見ていると冷暖自知・師子相承ということが分かります。その人の味とでもいうものは書物や言葉では表せません。
四十八番目、南方沃田城 妙月長者
堅固解脱長者に「この城の中に一長者あり、名けて妙月となす。その長者常に光明あり。汝かしこに詣でて問え・・」といわれ、善財が同じ城のなかの 妙月長者を問うと、長者は短く
「善男子よ、我菩薩の解脱を得たり。名て【淨智光明】という。善男子よ、我唯だ此の智光解脱を知るのみ。諸菩薩摩訶薩の無量解脱法門を證得せるが如きは我云何ぞ彼の功徳を能く知り能く説くべき。」とのみいいます。淨智光明解脱門の中身については一切触れません。冷暖自知ということでしょう。ここも探玄記では「会縁入実相」とされ「淨智光明」については「内証は障を離るるを淨智となし、後智は物を摂するがゆえに光明といふ」としています。「華厳五十五所絵巻」には「会縁入実相」の七番目ということで「第七知識」と書かれています。
これも昔谷中の全生庵に座禅の真似事に通っていたころご住職は平井玄恭老師でした。この方は山本玄峰老師の侍者をしておられた方で今から思うと非常に味のある昔の禅僧の雰囲気を伝えておられるお方でした。言葉ではいえません。こういうお方を見ていると冷暖自知・師子相承ということが分かります。その人の味とでもいうものは書物や言葉では表せません。