親鸞聖人『高僧和讃』
「煩悩にまなこさへられて
摂取(せっしゅ)の光明みざれども
大悲ものうきことなくて
つねにわが身をてらすなり」
(我利我利亡者の我々凡夫からは仏様のお姿をみることはできないが仏様は常にこのようなおろか極まりない凡夫を憐れんで見守ってくださっている)
「煩悩にまなこさへられて
摂取(せっしゅ)の光明みざれども
大悲ものうきことなくて
つねにわが身をてらすなり」
(我利我利亡者の我々凡夫からは仏様のお姿をみることはできないが仏様は常にこのようなおろか極まりない凡夫を憐れんで見守ってくださっている)