福聚講

平成20年6月に発起した福聚講のご案内を掲載します。

大乗起信論・・その50

2023-09-19 | 諸経

「復次に精勤して專心に此真如三昧を修學する者は、現世に當に十種の利益を得る。十とはなにか。一は常に十方諸佛菩薩が護ってくださる。二は諸魔・惡鬼もこの人を恐怖させることができない。三は九十五種の外道や鬼神によって惑亂せれることがない。四は甚深の仏法を誹謗することがなくなり重罪業障がすこしずつ微薄となる。五は一切の疑と諸惡覺觀がなくなる。六は如來にたいして信心が増長する。七は憂を遠ざかり生死の中においても勇猛で怯まない。八は其心が柔和で憍慢を捨て他人の為に惱まされることもない。九は未だ覚りを得なくてもいつでもどこでも煩惱を減して世間的なことをねがわなくなる。十は若し真如三昧を得れば外の一切の音に驚動されない。」

(先に以下の様に説いたところである「真如三昧に入ることによって諸々の現象の根本はすべて同一であると覚ることができる。すなわち一切諸仏の本性としての法身と衆生の身とは根本において平等不二であるからその意味でこの三昧をまた一行三昧と名ずける。このように真如三昧はあらゆる三昧の根本である。若し人がこの真如三昧を修習すればあとは次々と無量の三昧を生ずるに至る」と。)

復次に精勤して專心に此真如三昧を修學する者は、現世に當に十種の利益を得る。云何爲十。一は常に十方諸佛菩薩の護念するところとなる。二は諸魔・惡鬼も能く恐怖するところとならず。三は九十五種の外道鬼神の惑亂するところとならず。四は甚深の法を誹謗することを遠離して重罪業障漸漸に微薄なり。五は一切の疑と諸惡覺觀とを滅す。六は如來の境界において信増長することを得る。七は憂悔を遠離し生死の中において勇猛不怯なり。八は其心柔和にして憍慢を捨て他人の為に惱まされるところとならず。九は未だ定を得ずといえども一切時と一切境界處において則ち能く煩惱を減損して世間をねがわず。十は若し三昧を得る時は外縁の一切音聲の為に驚動せられず。)

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