コーサラ国の都 サーヴァッティーの長者の箱入り娘パターチャーは召使の男と 恋仲になりある夜 二人で夜逃げをする。二人は 遠い村で暮らしていたが、やがて彼女は妊娠し、地方の風習に随い「 実家に帰って お産をしたい。」 と夫に言ったが、男は 躊躇い一日延ばしにしているうちに、子供が生まれてしまった。二度目に妊娠した時もいくら頼んでも 夫が一緒に行ってくれないので、パターチャーラーは上の子を連れて 実家に向けて出発した。夫は気づいて あとを追った。途中で嵐がの中で 彼女は二人目の子供を産んだので夫は 急いで小屋をつくる木々を探しに ジャングルに入って行ったがコブラに噛まれて死んでしまった。パターチャーラーは 恐がって泣く子供を守って一夜を過し、夫を探しに行くと、夫が 蟻塚のそばで 死んでいた。 彼女は泣き悲しみ、夫を埋葬したあと、 しかたなく実家に向けて、生まれたばかりの赤ん坊を背中にくくりつけ、上の子の手を引いて歩き出した。
すると行く手にアチラヴァティー という川があり、水量が増していた。彼女は 背中の子を、岸に残し、上の子を抱いて渡り、 向こう岸に子を置いてから 赤ん坊の方にもどろうとして 川の中ほどまで来た時、一羽のタカが 赤ん坊をつかんで さらって行った、彼女は大声をあげ、手を振って タカをおどしたが、向こう岸にいた上の子は 母が自分を呼んでいるものと思って 川に入り、急流に のまれてしまった。
夫と 二児を失った パターチャーラーは、ひとり実家に帰ろうとして、サーヴァッティーの
近くで 町からやって来る男と出会い、実家の父母の消息をたずねると、「あなたの両親もも兄弟も、前夜の暴風で倒れた家の下敷きとなって 死にました。 今、死体を集めて 火葬にしているところです。 あそこに見える煙が それです。」という。
彼女は正気を失い、着物が 体から落ちるのも気づかず、裸のままで ふらふらと町の中を歩きまわった。 人々は 裸で歩き廻る彼女に、ごみや くずを投げつけた。裸まのままで、彼女は、 「 二人の息子も 死んでしまった。 夫も死んだ。 両親も 兄弟も灰になった。」 と泣き叫んで さまよっているうちに、いつしかお釈迦様の説法されている祇園精舎の近くに来た。人々は 女を 押しとどめようとしたが、お釈迦様は彼女を呼び寄せ、「 妹よ。 気を確かにもちなさい。」 と声をかけて目を 見つめられた。その瞬間、パターチャーラーは 正気を取りもどし、一人の信者が彼女に上着を投げかけてくれた。彼女は それを急いで身につけ、お釈迦様に 不幸の数々を告白した。その場にいた人々は それを聞いて 一人残らず泣いた。
お釈迦様は「 パターチャーラーよ。 遠い昔から、子を失った親が流した涙は、四海の水よりも多い あなたは、このサンガに入りなさい。」といってくださった。お釈迦様はさらに 「 無常の世界にあっては、子供も 父母も、 確実なものではない。 涅槃の世界だけが真実です。」と説法された。
パターチャーラーはマハーパジャパティー尼(お釈迦様の伯母)のもとで 修業を積み、『持戒第一』といわれ指導者として数多くの尼僧を導き敬された。また彼女と その弟子 の尼僧達 は 多くの困窮している女性達を サンガに入れて救ったという。
「テーリーガーター」に、パターチャーラーとその弟子の尼僧達の言葉が残っている。
「 わたしは、両足を洗って、その水の中に映った 自分の姿を見ました。そうして、足を洗った水が 高い所から 低い所に流れるのを見て、 その時、私は、生まれの良い駿馬を御するように、心を安定させました。」
「 それから、私は、灯火を手にとって、私の庵室に入りました。 私は、臥す所を見渡して、臥床に近づきました。」
「 それから、私は 針を手にとって、灯心を引き下げました。 燈火が消え失せる如くに、心の解脱が起こりました。」
「為して苦しまないところの、覚者(ブッダ)の教えを為せ。すみやかに、〔両の〕足を洗い清めて、一方に坐せ。心の寂止に専念した者となり、覚者(ブッダ)の教えを為せ」〔と〕。
「彼女の言葉を聞いて、わたしは、パターチャーラー(人名)の教示を〔為す者となり〕、彼女たちは、〔両の〕足を洗って、一方に近坐した。〔彼女たちは〕心の寂止に専念した者となり、覚者(ブッダ)の教えを為した。
「〔その〕夜の、〔三つの〕夜の区分の最初において、〔彼女たちは〕過去(前世)の生を思念した(想起した)。〔その〕夜の、〔三つの〕夜の区分の中間において、〔彼女たちは〕天眼を清めた。〔その〕夜の、〔三つの〕夜の区分の最後において、〔彼女たちは〕闇の集塊[かたまり]を破った。
「〔彼女たちは〕立ち上がって、〔パターチャーラーの両の〕足を敬拝した。「あなたの教示は為されました。戦場において敗者ならざるインダ(インドラ神)を三十〔三〕天〔の神々〕たちが〔尊ぶ〕ように、〔あなたを〕尊んで住むでありましょう。〔わたしたちは〕三つの明知(三明:三種類の超人的な能力、宿命通・天眼通・漏尽通)ある者として、煩悩なき者として、〔世に〕存しています」〔と〕。
これら、三十ばかりの長老比丘尼たちは、パターチャーラーの現前において、これら〔の詩偈〕を、他者に説き示した。
「かつて、わたしは、悪しき境遇の者として、また、寡婦として、子なき者として、〔世に〕存した。朋友たちや親族たちとは別れ別れとなり、〔十分な〕食や〔身に付ける〕ぼろ布には到達しなかった。
「鉢と棒を掴んで、家から家へと行乞しながら、しかして、寒さに〔悩まされ〕暑さに焼かれつつ、七年のあいだ、わたしは歩んだ。
「いっぽう、〔わたしは〕食べ物と飲み物を得る比丘尼を見て、近しく赴いて言った。「〔家から〕家なきへと、〔わたしは〕出家したのです」〔と〕。
「かのパターチャーラーは、慈しみによって、わたしを出家させた。それから、わたしを教え諭して、最高の義(勝義:涅槃の境地)へと駆り立てた。
「彼女の言葉を聞いて、わたしは、〔その〕教示を為した。貴婦(大姉)の教諭は、無駄ではない。〔わたしは〕三つの明知(三明:三種類の超人的な能力、宿命通・天眼通・漏尽通)ある者として、煩悩なき者として、〔世に〕存している。
チャンダーは〔語った〕。
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〔両の〕足を洗って、わたしは、まさに、諸々の水を為す(汚れを洗い流す)。しかして、足の水が高きから低きへと流れ来るのを見て、そののち、〔わたしは〕心を定めた――善き生まれの賢馬を〔調御する〕ように。
115
それから、わたしは、灯明[あかり]を掴んで、精舎に入った。臥〔所〕を調べて、寝床に近坐した。
116
それから、わたしは、針を掴んで、灯芯を引き下ろした。灯明の消え行くように、心の解脱が有った。
、〔彼女たちは〕闇の集塊[かたまり]を破った。
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かのパターチャーラー(人名)は、慈しみ〔の思い〕によって、わたしを〔僧団において〕出家させた。それから、わたしを教え諭して、最高の義(勝義:涅槃の境地)へと駆り立てた。