善財童子の訪問者と教え(華厳経入法界品)40
丗九番目、閻浮提の摩竭提国 願勇光明守護衆生夜神(男神)
開敷樹華夜神は同じ説法会座の願勇光明守護衆生夜神を訪ねるように勧め、善財はすぐにこの夜神のところにいきます。「爾時善財童子。往て願勇光明守護衆生夜天の所の詣でたり・・(願勇光明守護衆生夜神は)大衆の中に在して普照摩尼王蔵の獅子座に処して摩尼王網を以てその身を羅覆面し光明普く一切の法界を照らし一切の日月星宿の光明を以てその身となし、一切衆生の形類色像は悉く中において現ぜり・・」
「爾時善財、一心に彼の夜天を觀察し已りて世界の微塵に等しき菩薩の共法(ぐうほう、一切の法界と共同・一切の諸仏と共同・一切の菩薩と共同・一切の衆生と共同)を得たり。所謂、正念共法、十方三世一切佛を念ずるが故に。大慧共法、一切法海を分別了知するが
故に。諸趣共法、一切佛の法輪は不可壞なるが故に。覺悟共法、智は虚空の如く普く三世の一切方便海を照らすが故に。諸根共法、明淨慧を以て普く衆生一切根海を照らすが故に。淨心共法、菩薩道を修して一切智の無礙功徳莊嚴を得るが故に。境界共法、明淨の智慧は佛境を照らすが故に。隨順方便共法、一切智方便海を究竟して普く一切を照らすが故に。知義共法、一切法眞實性を知るが故に。法無畏共法、一切諸怨敵を壞散するが故に。清淨色身共法、其の所に随いて淨身を應現するが故に。諸力共法、薩婆若に於いて不退轉の故に。無畏共法、淨正直心如虚空故。精進共法、一切劫において菩薩行を行じて不退轉の故に・・・大悲共法、甘露の法を雨ふらして一切衆生を救う故に。・・・
爾時善財、如是等の菩薩共法に入りて善知識に於いて無量無邊の淨正直心を得、・・善男子よ、此法門は名て【應化に随いて衆生を覺悟し善根を長養す】 と名く」といい、最後に、願勇光明守護衆生夜神は前世は善伏という困苦の衆生の身代わりとなり助けた菩薩であったといいます。
これは菩薩五十二位の下から丗八番目、十地の下から八番目ということで不動地です。「華厳五十五所絵巻」にはここは「第八不動地」と書かれているとおもわれます。
サラリーマンをしていると必ず不祥事の一つや二つに当たります。以前の職場のことですが、近畿地方で大不祥事があり新聞にも出たことがありました。このときある人が一身にその責任を取って罰を受けました。その人は罪が他者にも及ぶことを恐れてか一切の申し開きをしませんでした。そして贖罪を終えて数年後にひっそりと亡くなりました。此の人の身の処し方をみて教えられるところがありました。
丗九番目、閻浮提の摩竭提国 願勇光明守護衆生夜神(男神)
開敷樹華夜神は同じ説法会座の願勇光明守護衆生夜神を訪ねるように勧め、善財はすぐにこの夜神のところにいきます。「爾時善財童子。往て願勇光明守護衆生夜天の所の詣でたり・・(願勇光明守護衆生夜神は)大衆の中に在して普照摩尼王蔵の獅子座に処して摩尼王網を以てその身を羅覆面し光明普く一切の法界を照らし一切の日月星宿の光明を以てその身となし、一切衆生の形類色像は悉く中において現ぜり・・」
「爾時善財、一心に彼の夜天を觀察し已りて世界の微塵に等しき菩薩の共法(ぐうほう、一切の法界と共同・一切の諸仏と共同・一切の菩薩と共同・一切の衆生と共同)を得たり。所謂、正念共法、十方三世一切佛を念ずるが故に。大慧共法、一切法海を分別了知するが
故に。諸趣共法、一切佛の法輪は不可壞なるが故に。覺悟共法、智は虚空の如く普く三世の一切方便海を照らすが故に。諸根共法、明淨慧を以て普く衆生一切根海を照らすが故に。淨心共法、菩薩道を修して一切智の無礙功徳莊嚴を得るが故に。境界共法、明淨の智慧は佛境を照らすが故に。隨順方便共法、一切智方便海を究竟して普く一切を照らすが故に。知義共法、一切法眞實性を知るが故に。法無畏共法、一切諸怨敵を壞散するが故に。清淨色身共法、其の所に随いて淨身を應現するが故に。諸力共法、薩婆若に於いて不退轉の故に。無畏共法、淨正直心如虚空故。精進共法、一切劫において菩薩行を行じて不退轉の故に・・・大悲共法、甘露の法を雨ふらして一切衆生を救う故に。・・・
爾時善財、如是等の菩薩共法に入りて善知識に於いて無量無邊の淨正直心を得、・・善男子よ、此法門は名て【應化に随いて衆生を覺悟し善根を長養す】 と名く」といい、最後に、願勇光明守護衆生夜神は前世は善伏という困苦の衆生の身代わりとなり助けた菩薩であったといいます。
これは菩薩五十二位の下から丗八番目、十地の下から八番目ということで不動地です。「華厳五十五所絵巻」にはここは「第八不動地」と書かれているとおもわれます。
サラリーマンをしていると必ず不祥事の一つや二つに当たります。以前の職場のことですが、近畿地方で大不祥事があり新聞にも出たことがありました。このときある人が一身にその責任を取って罰を受けました。その人は罪が他者にも及ぶことを恐れてか一切の申し開きをしませんでした。そして贖罪を終えて数年後にひっそりと亡くなりました。此の人の身の処し方をみて教えられるところがありました。