日々の恐怖 4月28日 感謝
数年前に、東京の某グランドホテルで客室係のバイトをしたときの話です。
ある日の早朝4時くらいに、姿見の鏡を持ってきてくださいとの電話が入りました。
こんな時間になんでだろうと思いつつ、倉庫から鏡を出し、その部屋に運びました。
部屋では、その日ホテルで結婚式を挙げるお嫁さんとお母さんがお待ちでした。
とても感じのいいお二人でした。
ちょっと衣装のチェックをしたかったからと聞き、合点がいきました。
お嫁さんはとても幸せそうで、それがひしひしと伝わってきました。
お嫁さんとお母さんのお二人だけのようでした。
姿見を部屋の壁際まで運び、少々のチップをいただいて部屋を出ました。
部屋を出てから、3部屋ほど進んだところで、突然、男の声で、
「 ありがとうございます。」
と感謝の声を聞きました。
私は、
“ えっ?”
と思い周りを見回したのですが、人の姿はまったくありません。
天井も見上げましたが、通気口などありません。
テレビの音かなと耳を済ませましたが、朝の4時くらいですし、廊下は暖房の音しか聞こえません。
それで、とにかく自分が立っている場所の部屋番号が203号室であることを確認しました。
少し気味は悪かったんですが、別に怖いという感情はありませんでした。
事務室に戻るエレベーターに乗っているときに、ふと思いつきました。
“ さっきのお嫁さんのお父さんかな・・・。”
お嫁さんとお母さんの二人だっただけで、勝手にお父さんが亡くなっている思い込みをしたのは失礼ですが、別に謎解きをしようとしてるわけではないのに、なんとなくそう思いました。
そのとき、少しいい気分になったのを覚えてます。
事務室に帰って、上司に一連の話をしました。
まじめに話を聞いていた上司は、ひとこと断言しました。
「 それ、お父さんの声じゃないね。」
「 えっ、どうしてですか?」
「 声聞いた203号室、昔、自殺があったんだよ、それ以上いえないけど・・。」
お嫁さんのお父さんではないとするんなら、いったい誰なのか、なぜに感謝の言葉だったのか、いまだにわかりません。
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